第2話 美人との遭遇
翌日、バイトの休み時間に「百花繚乱☆戦乱絵巻」について調べると、スマホ版も出ているようだった。時間泥棒タイプのゲームなので、寝そべりながらでも出来るスマホ版はてきめんに相性がいいだろう。すぐにダウンロードした。
インストールが終わるまでの間スマホ版の評判を調べると、どうやら既にリリースから結構経っているらしく、全盛期に比べてアクティブユーザーの数は激減しているらしい。噂ではサービス終了間際という話も出ているようだ。
何事も盛者必衰という事だろう。とはいえ、まさに昨日プレイして新しくスマホ版をインストールしようという俺にとっては悪い知らせである事には違いない。
なんとなく憂鬱な気持ちになりながら、いつものように心の籠もっていない「お疲れ様でした」を言ってバイト先を後にした。
そしてこれまたなんとなく、家に直帰する気にならなかった俺は、バイト先の裏通りで煙草を吸ってから帰る事にした。
ここは人も通らず、隠れて吸うにはうってつけの場所なのだ。実際、今まで何度も使っているが人に会った事はない。これからも会う事はない――はずだった。
だというのに、その女性はさも当然かのようにここを訪れた。それに留まらず、
「貴方もサボり?」
さも当然であるかのように俺にそう話しかけてきた。そして、俺の隣にかがみ込むと、その女性は、男でも吸うのを嫌がるほどに重たい煙草に火をつけた。
「いや、バイト終わりだけど……」
こういう時、コミュ力抜群のイケメンだったら気の利いた返事の一つも出来たのだろうが、ここのところ対人関係の冷え込んでいた俺はそう返すほかなかった。
いや、それは言い訳だろう。本当のところは、彼女が昨日俺がエディットしたキャラクターにあまりに似ていたから言葉を失っただけだ。
日本人離れしたスタイルに銀髪、琥珀色の瞳、おまけに泣きぼくろの位置まで一緒ときた。これを驚かずに何に驚けという話だ。挙動不審になっていないかが心配だ。
「そう。ここ、いいよね。あまり人が来ないし、サボるにはうってつけだわ」
俺の内心の慌て具合をよそに、女性は話し続ける。
「そうかもな……」
きっと彼女は自分だけの場所だと思っていたところに思いがけず人がいたので話しかけたのだろう。俺はそう決まりをつけ、「百花繚乱☆戦乱絵巻」を起動した。
「私、嫌な事があって、それから逃げるためにここに来たんだけど、貴方は?」
「……サボるために来たんじゃなかったのか」
「どっちも本当よ。サボりに来たっていうのも本当、嫌な事があったっていうのも本当」
チラリ、と彼女を横目に見る。やはり、似ている。スマホの画面上で「俺」を案内している「ノア」にそっくりだ。まるでゲームの中から現実世界に飛び出てきたようだった。
「私、捨てられたのよ。酷いよね。あれだけ好きだって言ってくれたのに、急に飽きちゃったみたい」
大方、彼氏にでもフラれたのだろう。それでヤケになってこんな人通りのない場所に来て煙草を吸っているのだろう。そう思い、俺は煙を吐き出しながら「ふうん」と言った。
「……ねえ、貴方さっきから話してるのにスマホばかり見てる。何やってるの?」
俺の反応が気に入らなかったようで、彼女はそう言って俺のプレイする「百花繚乱☆戦乱絵巻」を覗き込んできた。しかし、今はタイミングが悪い。よりによってヒロインとのデートイベント中を覗かれてしまった。
「あー、これはだな……」
妙にバツが悪くなった俺は言い訳がましい口調で説明をしようとした。が、
「それ、面白いの?」
何が彼女の興味を引いたのか、彼女はジッと画面を見たままそう言った。
「俺は好きだな」
「ふうん……私にも教えてよ」
そう言って彼女は俺に更に近づいてきた。瞬間、彼女から得も言われぬ甘い香りが漂った。
長い事忘れていた「女」を不意に感じた俺は不覚にもドギマギしながら、「どういうゲームなの?」と問いかける彼女に説明をする。
「簡単に言うと、戦国時代的な世界で天下統一を目指すゲームだな。とにかく、やれる事が多いから飽きにくいんだ」
「へえ……私にも出来るのよね?」
「スマホがあればな。けど、やってみてわかったけどこれはパソコンでやった方がいい。スマホだと画面が小さいから少しやりにくいんだ」
「なら、パソコンでやりたい。ちょうど今持ってるし」
「かなり時間泥棒だぞ? それに、ダウンロードに時間がかかる。それこそ誰かの家でもない限り面倒だ」
「じゃあ、貴方の家に連れていって」
「は?」
「なに、ダメなの?」
「ダメって事はないが……」
最近の子はそんな簡単に男の家に行くのか。いや、男にフラレて自棄にでもなっているのか。だとしたら、あまり突き放して犯罪に巻き込まれでもしたら目覚めが悪い。少々面倒だが、しょうがない。
「わかった。ちょっとだけだぞ?」
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