第82話 強すぎることの危険性

 数日後。まだ日も上り切らない早朝、フェリクスは泊めてもらっているエリナ家の裏庭で剣を振っていた。


「フッ」


 常人より遥かに恵まれた肉体を持つフェリクス。その身体は柔軟かつ強靭。それでいて全身がバネ仕掛け。才能に任せて剣を振るうだけでも一流の武人に並ぶほど。越すことも不可能ではないだろう。


「ハッ」


 多くの天才はそこで満足する。適当な力任せの剣で有象無象を退けられるのだから、後から学ぶ必要がないのだ。


 しかしフェリクスは違った。己が肉体に天賦の才が宿っているのを知った上であらゆる知識をかき集め、その中から必要なものだけを吸収した。


 そうして試行錯誤の末に完成したのは、一切の無駄を廃した無機質な剣技だ。


 最上に近い肉体と、最上の更にその先を極めた技術。故にフェリクスの剣技は速い。速すぎる。どれくらい速いのかと言えば――


「あ、やべっ。またやっちまった」


 剣速に耐えきれずに、鍛えられた鋼鉄の剣が"歪む"ほど。


「あー、ったく、これだからやなんだよ安物は」


 振るうだけで剣身を歪める武人が一体どこにいるというのだろうか。魔術でなら剣などいくらでも壊せるが、生身でそれを為すのは人間の所業ではない。


 そして、フェリクスが怪物足る所以はそれだけではなく。


 剣を持っていない方の手に精密な魔力回路が組み上がると、歪んでいた剣が元通りになる。


 そう。フェリクスは魔術まで修めているのだ。


 近距離戦闘で無類の強さを発揮しながら、遠距離での魔術戦も超一流。どちらか一方を極めた者が英雄とされるならば、両方極めたフェリクスを世界はなんと呼ぶのだろうか。


「さて、こんなもんか」


 朝の修練を終えたフェリクスは、魔術で身だしなみを整えてからエリナ家へ戻った。


「ん?」


 フェリクスが店の入り口から中を見ると、いつも通り店主が開店の準備をしているほか、何故か学生服を着たエリナがフロアの椅子に座っているのが確認できた。


 フェリクスに気付いたエリナが立ち上がる。


「…た……も……ぃ…」


「は?何だって?」


 こうして支度をして待っているのだから、自分に用があるらしいことは分かる。が、その意図を知るにはエリナの言葉は虫食い状態すぎた。


「…わ……し………ぃ…」


「いや、余計に分かんねえんだけど」


「……あぅ」


 身振り手振り、必死に意思を伝えようとするエリナだが、どうやっても届かないと悟るとムッとした顔をして手に魔力を宿す。


『学院、私も一緒に行きたい』


 魔力が動いて文字を形作った。


「いや、まだ授業は始まらないだろ。早すぎじゃね?」


 フルフル。エリナはさらに文字を綴る。


『朝の練習。シャルロットちゃんと一緒にやってるやつ』


「あー、それか」


 寝ぼけ眼を制服の袖で擦りながら返答を待つエリナ。これにフェリクスは苦い顔をしていた。


「……だ……め…?」


「なあ、こう言うと差別してるみたいになるかもしれねえけど、エリナがこれ以上学ぶ必要があんのか?」


「………?」


 言葉の意図が分からず、首をかしげるエリナ。フェリクスは真剣な表情で、一語一句言い聞かせるようにゆっくりと続ける。


「お前のその才能は、神に愛されてるってレベルなんだよ。分かるか?ちょっとの練習とあとは感覚だけで、ルギウスとシャルロットより強いんだからな。相当だ」


 誉めちぎられて恥ずかしそうにきょろきょろと視線を外すエリナ。二人の会話を聞いていた店主が、外野から声を挟んでくる。


「そんな才能なら、なおさら伸ばしてやるべきなんじゃないのか?エリナが望んでることなら俺からも重ねて頼みたいんだが」


「そういう問題じゃないんですよ」


「ならどういう問題なんだ?」


「エリナの才能はハッキリ言って異常なレベルなんです。このままでも危ないのに、これ以上磨いたら確実に軍に目を付けられますよ」


 フェリクスの言葉に宿る本気度を感じ、店主は真剣に口を開く。


「そうすると、どうなる」


「戦争に強制参加させられるだけならまだ御の字です。最悪――」


 ここから先はエリナに聞かせられる内容ではない。こっくりこっくり船を漕いでいるエリナから離れ、フェリクスは厨房に入ってから小声で続きを述べた。


「――最悪、人体実験の道具にさせられるか、もしくは才能を繋ぐために無理矢理多くの子を生まされます。だから、俺としては教えたくありません」


「そう、か。なら仕方ないな」


「まあ、そういった危険を回避する方法もあるんですけど」


「それは?」


「いや、」


 エリナに後ろ楯を付けてしまえば良い。例えば、そう。エリュシエルかシリウスのような、大きな権力を持つ貴族なんかの。


 ただ、どちらも頼み込んで借りを一つ作るには、あまりに怖すぎる人選であった。フェリクスは笑って曖昧にごまかす。


「何とか出来そうになったら言いますよ。それまでは連れていくべきじゃないです」


「そうか。分かった」


 神妙な面持ちで頷く店主。フェリクスは申し訳なさそうな顔で礼をしてから、エリナにも簡単に説明をしようとして―――


「寝てるのかよ」


 眠気に負けてテーブルに突っ伏しているエリナを見て、思わず笑ってしまった。





 

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