第81話 シャルロットの成長

 フェリクス達が正門前を騒がせてから数時間後。シャルロットたちは実験室で魔術の授業を受けていた。今は、ルークが板書した複数の魔方陣をノートに写しているところだ。


「さて」


 生徒たちのノートの取り具合を見て、ルークが説明を始める。


「前回までの授業では、魔力回路とは何か、またそれの組み上げ方の基礎を学んできたわけですが、今日からはさらに一段階難易度の上がる内容を勉強していくことになります」


 その言葉に、幾人かの生徒が思わずといった様子で身構える。


「そう固くなることはありませんよ。これまでの内容が理解出来ているなら問題ありませんから。それでは、今取ったノートと一緒に、テキストの二十八項を見てください」


 パラパラとページを捲る生徒たち。そこに書かれていたのは、複数の魔方陣を比較する図であった。


「開きましたか?開いた項には、水属性第一階梯魔術ネロウをはじめとした、基本的な魔術の魔方陣が並んでいると思います」


 さて、と一拍挟んでから、ルークはさらに言葉を紡いでいく。


「これらの魔方陣を見比べて、なにか気付く点はありませんか?周りと相談しても構いません。分かった人から手を挙げてください」


 一斉にノートや教科書を見始める生徒たち。それから十秒ほど経つと、ルークの難しいという前振りに反して幾つか手が上がった。


「はい、ではエリシアさん」


 そのなかから、お下げの女子生徒を指名するルーク。指された女子生徒は立ち上がって考えを述べた。


「ノートと教科書に書かれた魔方陣の構造に、共通する点が見られました」


「正解です。正解ですが、今日の授業内容的には、もう少し違った表現の仕方をしてほしかったですね」


「違う表現、ですか?」


「はい。なにか思い浮かびますか?」


「………いえ、分からないです」


 しばらく考え込んだあと、エリシアという女子生徒は渋々席に着いた。


「では、他に誰か分かる人はいませんか?」


 再びルークが生徒たちにそう聞くと、残った手は二つ。ルギウスとシャルロットだ。


「ルギウス君、説明してもらえますか?」


「はい」


 指されたルギウスは堂々と立ち上がり、シャルロットはムスッとして手を下ろす。そんな主を恍惚な表情で見つめるカトリーナはご愛敬。



「先程エリシアさんは魔方陣の構造について言及しましたが、正確には違います。いや、合ってはいるんですけど、構造が似ているのは魔方陣ではなく魔力回路の方です」


 そう。魔力回路に魔力を通したものを魔方陣と呼ぶのだから、順序が逆なのだ。この場合、似ているのは魔方陣ではなくその元となった魔力回路である。


 ルークが満足げに頷くのを見て、ルギウスは持論に確信を抱く。


「幾つかの魔方陣を見ると、ほとんど同じ構造の魔力回路で出来ているのが分かります。先生、そういうことですよね?」


「流石ですね。良い着眼点ですよ、ルギウス君。いやー、やっぱり今年のクラスは凄いですね。去年は一人も正解者が出なかったんですけど。あ、もしかしてシャルロットさんも同じ意見でした?」


「……はい」


「本当に素晴らしいですね!こんなクラスを持てるなんて、オーイオイオイッ。先生感動しますよぉ」


 オイオイと嘘泣きをするルーク。面白くもなんともない芸にクラスが白けると、今度は表情を固くして咳払いをした。全くもって忙しい講師である。


「ん"っん"ー!では仕切り直して、何故エリシアさんの意見が三角でルギウス君の意見が丸なのかを、先生がスペシャルに分かりやすく説明しましょう――と言いたいところですが、ついでにルギウス君。そこも説明できたりします?」


「……何故か、ですか」


「はい」


 再び指名されたルギウスは、今度は眉間にシワを寄せるほど深く考え込む。


「……魔力回路が似ている理由。どれかの魔術を流用した?いや、別の属性でそれが出来るのか?水を起こす魔力回路を火で使えるはずが無いし――」


「分かりませんか?」


「は、い。すみません。分からないです」


「謝ることではありませんよ。考えて、正解できればそれが一番ですが、間違えることも大切ですからね」


「……はい」


 ルギウスが悔しそうな顔をして座る。それを恍惚な表情で見つめるカトリーナもまた、ルークと似て忙しい生徒であるのかもしれない。


「では次にシャルロットさんにも聞いてみましょうか。シャルロットさんは、何故か分かりますか?」


「多分、ですけど」


 自信無さげにシャルロットがそう言うと、実験室がにわかにざわめいた。


 シャルロットは確かに優秀ではあるが、その成績ははあくまでルギウスの次点に留まっていた。最近急速に伸びつつあるとはいえ、クラスの認識としてはまだルギウスの方が上なのだ。


 しかし今、彼女はクラスで唯一発言出来るだけの知識を持っている。それが信じられないのである。ルギウスは天才が努力した結果の傑物。凡才の身であるシャルロットでは、普通はどう頑張っても敵わないのだ。


 実際には、分野によって得意不得意などがあるのだが、それすら覆してしまうのがルギウスという才人。故にクラスメイトたちは驚愕する。


 そんな注目のなか、シャルロットはゆっくりと語り始めた。


「第一階梯をはじめとした基礎的な魔術は、魔導王がとある一つの魔術を改良して産み出したものです。例えば第一階梯の各属性魔術は、『生み出す』という効果を持つ魔術に、火を、水を、風を、という効果を後付けしたものです。そしてこの元となった魔術を、専門用語で起源魔術オリジンと言います。この起源魔術オリジンには複数種類があり、それを覚えているだけで様々な魔術の魔力回路に応用できるようになります。……先生が私たちに着目して欲しいと思ったのは、多分起源魔術オリジンについて、ですよね……。その、多分っ」


 尻すぼみになっていくシャルロットの主張。発言後、ルークを含め全員が黙り込んだことで、実験室は妙な沈黙に包まれる。


 もしかして自分は間違ったことを言ったのか。シャルロットの頬が羞恥で赤く染まっていき――


「素晴らしい!凄いですよシャルロットさん!!先生が説明しようとしていたことを、全部言ってくれましたね!!」


「え?」


 静寂を引き裂くように喜びの声を上げるルーク。シャルロットはポカンと口を開けた。他の生徒たちも、突然の事態に困惑している。


「完璧です!満点の解答です!いや百二十点ですよ!!本当に、講師人生の中でこんなに感動したのはいつぶりでしょうかね……。あ、シャルロットさんは座っていいですよ」


「え、あ、はい」


 まだ習ってない範囲のため、クラスメイトたちはシャルロットが言った内容の価値が分からない。ただルークの反応から、とてつもないことなのだということだけは判断できた。


 あのシャルロットが、である。己が凡才を努力で磨いてきたシャルロットが、天才かつ努力を惜しまないルギウスに勝ったのだ。


 学院に集う生徒は皆が一流。故にその凄さ、異常さを理解することができる。


「まじかよ」「ようやく私たちのシャルロット様が報われましたわ!!」「何言ってるか理解できたか?」「いやまったく」「流石はシャルロット様ですわ!!」「凄いな」「凄いですわ!美しさが迸ってますわ!!後光で目が焼かれそうですわ!!」


 若干三名が興奮しているのはご愛敬。中でも一名カトリーナが奇声を上げているのは通報案件ごあいきょう


 ―――そしてさらに驚くべきは、驚愕が一つでは終わらないこと。


「しかしシャルロットさん。どうやってそこまで理解できたんですか?結構複雑な内容だと思いますけど」


 ルークが興味本位でそう質問をすると、シャルロットは当たり前のように自然に答えた。


「この間第五階梯の魔術の練習を始めた時に、『起源魔術オリジン』の復習をしたんです」


「ご、五ですか!?四ではなく!?」


「あっ」


 言ってから、不味いと口を塞ぐシャルロット。しかしもう遅かった。


 クラスメイトたちが言葉を失う。なにせ、ルギウスですらまだ第四階梯魔術を学んでいる最中なのだ。魔術はそれほどに奥が深い。



 ――天才たちの常識を越えた速度で成長していく凡人シャルロット


 生徒たちは考える。一体どんな方法でシャルロットは成績を上げているのだろうか?そして、それは自分達にも出来ることなのだろうか、と。


 そうしてシャルロットの周辺を調べ上げて行き着くのは、一人の冴えない用務員だ。いや、もう冴えないとも無能とも言えない。彼は、先の裏社会殲滅に参加して誰よりも戦果を上げ、その結果穏健派全員から騎士爵へ推薦されているのだから―――



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