第76話 呆気ない幕引き

「私たちにお任せを」

 屋根の上に身を潜めるフェリクスたちの下を通り過ぎる一瞬、騎士団の先頭に立つ男が小さく言葉を残した。

 音を消し、気配を絶ち、彼らは散開しながら先へ進み、大きく円を描くように屋敷を包囲していく。

「弓兵、魔術師、構え」

 敵の索敵範囲外で止まった陽動部隊の面々が一方的に殺意を練り上げ、そして――

「放て」

 直後、屋敷の護衛たちへと無数の矢と魔術が降り注いだ。が、相手もまた一流。彼らは範囲外から迫る殺意に気付き、即座に避けるなり防ぐなりして身を守る。

 そこからは混戦だ。陽動部隊はフェリクスたちを先へ進ませるためにあえて正面から突撃し、敵がそれを迎え撃つ。

「全員私に続け!」

「オラァァア!」

「死ねや!」

「お前が死ね!」

 それを上から見ていたフェリクスたちが動き出した。無音にて屋根から飛び降り、混戦のどさくさに紛れて一直線に屋敷へと走り出す。途中で何人かの護衛がそれに気付いたが、その誰一人として先頭を走る執事を止めることは出来なかった。

「扉を破壊してそのまま屋敷に入ります。戦闘の準備を」

 向かってきた敵を手刀で切り捨てた執事が、反対の手で魔力回路を組み上げながら短く言う。

「へぇ」

 後ろを走るフェリクスが目を細めた。執事が組んだ回路の内部は高質で、呪術的な構造は一切の無駄を排した上で複雑。詠唱による補助無しに組み上げるにはあまりに難度が高い代物である。それを敵を殺す片手間でやってのける技量は正に別格。

 魔力を得た回路が魔方陣となり、無数の真空波を射出した。金属製、魔術による加工も施されていた堅牢な扉が、一秒と経たずにズタズタに引き裂かれる。

(風属性第六階梯魔術 《嵐牙テンペスト》の改良番、か。この威力だと階梯は七に近い六だな)

 改めてフェリクスは感心する。第六階梯を無詠唱で放てるのなら、詠唱を使用すれば第七、もしかしたら第八階梯まで届くかもしれないのだ。その上、それだけの男が高い水準で武術まで修めている。

(シリウスの執事なんかに収まる器じゃねえ。武官になれば今すぐにでも出世できんだろ。ま、俺が知ったこっちゃねぇけど)

 思考を中断。破れた入り口を跨いで屋敷に踏み入る直前、フェリクスは意識を戦闘モードに切り換える。まずは屋敷全体を探知魔術に掛けて、白仮面が隠れた場所を探し出し――

「は?」

 立ち止まり、周囲を見渡すフェリクス。その様子に気付いた執事が問いかける。

「どうなさいましたか」

「いないぞ、誰も」

「それは誠ですか?」

「ああ。敵の隠蔽が俺の探知を上回ってるって可能性もあるけどな。なんも反応しねぇ」

 そう言いながらもう一度、今度は先ほど以上に慎重にフェリクスは探知の魔術を発動させるが、やはり結果は同じだった。それならばと試しに近くの部屋に入ってみるが、中はもぬけの殻である。

「やっぱり何もいねぇ」

「――警戒は怠らずに、全部屋の確認をしましょう」

 それから廊下の端から端、全部の部屋、階段の裏、屋根裏まで確認していったが、どこにも人影は見当たらなかった。争った形跡も見られない。

 屋敷内をくまなく捜索し終えたフェリクス達は、一度リビングらしき大部屋に戻った。

「見落としはなかったよな?」

「ええ。私も、私の部下も、仕掛けがあれば見落とすはずがありません。この屋敷は元から無人だったのでしょう」

「任務失敗じゃねぇか」

「ええ」

 執事たちに課された第一目標は白仮面の殺害なのだ。その対象に逃げられた時点で作戦は失敗となる。

 例え他の全てをクリア出来ていたとしても、肝心の白仮面を討たなければ意味がない。彼一人が生き延びてしまえば、場所が変わるだけでまた同じようなことが繰り返されるだろう。

「くそ、あーそういうことかよっ!あの罠もここを守る陣営も、全部俺たちを騙すためのものだったのかよ!」

 散々シリウスに振り回されてこの結果である。フェリクスは苛立たしげに近くの壁を殴る。

 白仮面がこの場所を厳重に守っていたからこそ、フェリクスたちは騙された。無数の罠も、一流の武人数十人からなる警備も、この場所でさえも、白仮面にとっては切り捨てられるものでしかなかったのだ。だがその守りの固さを見て、フェリクスたちは相手がこの場所を容易に捨てられないと勘違いしてしまった。

 その認識の差がこの結果を招いた。恐らく、白仮面は最初に陽動部隊が騒ぎ始めた時には、もう逃げ出していたのだろう。

「今から追い掛け――」

「恐らく無駄でしょう」

 これだけのことをする男だ。今から追い掛けて捕まえられるはずもない。

「ったく、落ち着け……ふぅ。なら仕方ねぇ。一応、机の中とかでも見とくか」

 白仮面に繋がる物は何一つ残っていないだろう。それでもフェリクスたちは屋敷中を調べ上げていく。

 それが、これだけ大きな作戦の、最後の作業だった。

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