第77話 答え合わせ

 白仮面討伐を目標とした襲撃から帰還したフェリクスは、ストライアー家の屋敷に戻っていた。

「無事に帰ってきたみたいで安心したよ」

 書斎の仕事机に座すシリウスは微笑みを浮かべる。対するフェリクスは睨み付けるような表情をしていた。

「一体どういうおつもりですか」

「どういう、とは?」

「惚けないでいただきたい。シリウス侯爵は、白仮面の殺害を確実なものとするために、私を暗殺部隊に入れたのでしょう?何故作戦の失敗を笑っていられるのですか」

「ふむ」

 シリウスは考え込んだまま。自分から依頼を受けたとは言え、これまで散々利用されてきたフェリクスは、流石に我慢の限界であった。

「アメリア様を襲った黒幕が白仮面であるという理由も、結局分かりませんでした。シリウス侯爵の目的はなんなのですか?それを教えていただかないと――」

「ふふ」

 フェリクスの手に力がこもるのを見て、あろうことかシリウスは笑い出した。

「――何がおかしいのですか」

「いや、申し訳ないね。やはり私の推測は正しかったのだと知って、安心してしまったんだ」

「推測?」

「いいや、何でもない。それで、フェリクス殿の質問に答えるのは構わないよ。ただ、その前に一つだけ聞きたいのだけど、大丈夫かな?」

「構いませんが」

「そう身構えないでくれたまえ。本当に簡単な質問をするだけなのだからね」

 相手は武を知らぬ優男。天地がひっくり返ってもフェリクスに勝てるはずはない。それなのにフェリクスは身構えていた。何故目の前の男がこれほど大きく見えるのか、ただ話しているだけなのに、真剣を、魔術を向けられるよりも緊張してしまうのか。

「私の目的、それから私が黒幕を白仮面だと断じた理由、本当に分からなかったのかな?」

「それは――」

 咄嗟に頭を回すフェリクス。思い浮かぶものはいくつかあったが、全て確証が持てず妄想の域を出ない。あれこれ思考を掘り下げているうちに時間だけが過ぎていく。

 それでも考え続け、二つの答えを見つけた。

「シャルロット様とアメリア様をくっつける事で、将来の派閥争いを無くそうとした」

「それから?」

「なんらかの方法で白仮面が動かざるを得ない状況を作り、報復で裏社会を潰そうとした」

「それから?」

(まだ、あるのかよ)

 一つの行動にもう一つの意味を持たせるだけでも秀才。白仮面という怪物を相手に、シリウスはどれだけの未来を思い描いていたのか。

 それをどれだけ考えても、シリウスに見えているものがフェリクスには見えない。そのまま数分が経過し、

「よかったよかった、どうやら本当に分からないようだね」

 時間切れ。フェリクスが顔を上げると、シリウスは満面の笑みを浮かべていた。

「……」

「なにも責めているわけではないんだ。そんな顔をしないでくれ。さあ、それじゃあ答え合わせといこうか」

 シリウスは、己と対等である相手への警戒心をフェリクスに向けつつ、答えを口にする。

「私の目的は五つ」

「いっ!?」

「一つはフェリクス殿の言った通り、穏健派と開戦派の争いを無くすこと。二つ目は、白仮面を殺すこと――なのだけれど、これに限っては端から失敗すると思っていたから、お祈り程度だね。三つ目はゴート侯爵を潰すこと。四つ目は裏社会勢力の一掃。そして五つ目が、裏社会の改築だよ。どうかな、少しは驚いてくれたかな?」

「……」

 言葉を失うとはまさにこのこと。フェリクスが必死になって探していた答えの上に、シリウスはさらに複数の答えを用意していたのだから。

「分からないという顔をしているね。それなら順番を追って話そうか。まずはフェリクス殿が私の依頼を受けてくれたところからだね。実を言うと、あの時点で今上げた五つの目的のうち、四つはほぼ確定で達成されていたんだ」

「それは、白仮面を殺すこと以外ですか」

「そうだね。で、何故フェリクス殿と私が手を組む事でそうなるかを語るために、まずは私とゴート侯爵の力関係を説明しなければならない。私とゴート侯爵が争っていたのは知っているね?」

「はい」

「で、その争いは数年前に一応の決着が付いた訳だけど、向こうはまだ諦めていなかった。虎視眈々と私を追い落とす瞬間を狙っていたんだ。さあ、彼の目線で考えてみようか。そんな時、相手に強力な武人が付いてしまったら、フェリクス殿ならどうするかな?」

「自分の陣営に組み込む……のは不可能だった。なら殺すしか……そういうことかっ!」

 フェリクスの中で点と点が繋がった。

 あのゴートが、シリウスのところにフェリクスが付くのを黙ってみているはずがない。しかし、彼が出せる報酬はシリウスが出せるそれには遠く及ばないため、買収は考えられない。ならば後は殺すしかないのだ。それが、あの暗殺者三人。

 そこで浮かぶ疑問として、何故白仮面とゴートが繋がったのかがあるが、当然シリウスは答えを用意している。

「白仮面とゴート侯爵が繋がった理由は簡単でね、それは私が彼らにとって共通の敵だったからだよ。ゴート侯爵は私を追い落としたい。白仮面も私を殺したい。しかし一人では勝てない。なら、手を組めばいい。そうだろう?」

「そう、ですね。シリウス侯爵を討った後も裏で関わりを持っていれば、白仮面は貴族に邪魔されることなく勢力図を広げられますし、ゴート侯爵も様々な支援を受けられます」

「そう。マーレガリアで生き残るためには、彼らはそうするしかなかったんだ。これが、私が白仮面が黒幕だと断じた理由だよ」

「それで、その後は……」

 舞台役者のように仰々しい手振りで解説を続けるシリウス。

「後は流れだね。アメリアを釣り餌にして暗殺を仕掛けさせ、その報復に裏社会を徹底的に潰す。違法な改築が繰り返されたあの区域は犯罪や他国の間者の温床でね、報復のどさくさに紛れて建物まで破壊させてもらったよ。あそこは国の管轄で建て直されるだろう」

 これでさらに二つの目的が達成された。後は白仮面を殺すこととゴート侯爵を潰すことのみ。

 フェリクスが今か今かと先を待っていると、部屋の隅で待機していた執事が数枚の書類を持ってシリウスの横に移動した。シリウスがその書類を受け取ってヒラヒラとフェリクスに見せ付ける。

「これは、白仮面の屋敷を調べ上げさせて見つけた契約書だ。ゴート侯爵と白仮面が結んだ条約について事細かに記されているよ。魔術による契約だからね、言い逃れは出来ないだろう」

 四つ目。そして最後の一つは、叶えばいいな程度の目的である。

「……そう、ですか」

 シリウスはフェリクスを動かしただけで、こんな大それた計画を成功させたのだ。誰も追い付けない、視点を共有できない。フェリクスですら足元にも及ばない。

「欲を言えば白仮面も殺しておきたかったけどね、まあ今回は諦めることにした。それよりも国内を固めるのが先だろう? と、これがフェリクス殿の欲した答えなわけだけれど、満足してくれたかな?」

「……感服致しました」

「ああ、すまない!一つだけ言い忘れていた」

 わざとらしくそう付け加えたシリウスを、まだあるのかと見つめるフェリクス。

「最後の目的を言い忘れていたよ。実は、今こうして答え合わせしたことにも一つ意味があるんだ」

 ゾワリ。フェリクスは寒気を覚えて目を見開く。

 陽気な声から、人好きのする笑顔から、フェリクスに向けられた視線から、

「ほら、私の言葉を聞いている間、フェリクス殿は終始驚いていただろう?それはつまり、私の思考に追い付けなかったということ」

 気付けば、一切の警戒心が無くなっていて。

「良かった。やはり、私は君より『上』にいたようだ。どうしてもこの格付けをしておきたかったんだ。英雄の片腕であったモルド殿に勝るフェリクス殿に知恵で負けてしまっては、私の存在価値がなくなるからね。互いに協力する以上、一方的に力を与える関係というのは不自然だろう?」

「っ」

「あはは、でも、フェリクス殿が味方で良かったと思っているんだ。それは嘘じゃないよ」

「そう、ですか」

 力では勝る。されど圧倒的格上である男を前に、フェリクスはただ頷くことしか出来なかった。

 

――――――――――――――――――――

と、これが一連の流れでした。

やべぇ。これどうやって勝つんだ?味方でよかったね!

次かそのつぎくらいで二章は終わります。

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