第75話 援軍
「やはり、ここに来るまでの道のりの全てが、設計図と異なっていましたね」
百年ほど昔、この区画が開発された当時の設計図の写しと周囲の光景とを見比べて、執事は微かに眉をひそめた。
「当たり前だろ。裏社会の奴らは金も権力も持ってんだ。テメェの城を弄らないわけがない」
設計図通りのままでは、王族や貴族に容易く攻め込まれてしまう。白仮面が、それ以前の闇の王達が幅を利かせられた理由の一端は、裏社会を迷路のように作り替えたことにある。これでは容易に兵を送れぬし、裏社会というだけあって改築も困難を極める。結果、彼らは国家の毒でありながら無視されたのだ。シリウスが本気になるまで。
それから数分後。移動を終えた一行は、眼下に広がる小さな屋敷に目をやった。
「あれで間違い無いでしょう」
迷路の奥、不自然にぽっかりと空いた空間。屋敷の門前には多くの剣士が構えており、死角からは僅かに暗殺者の気配もする。これほどの警備がなされた場所に、まさかなにもないとは思えない。
「で、どうすんだよ。見た感じ魔術の罠はねぇ。正面から突っ込むのか?」
「罠が無い、ですと?」
「ああいうのは対象を選ばずに発動すんだよ。こんだけ人がいる場所に設置したら、間違いで護衛を殺しちまうだろ。侯爵家の執事なら、それくらい知っとけ」
執事は無茶な要求に苦笑いを浮かべた。きつく言ってくるが、それはあくまでフェリクス目線での話なのだ。魔術を極めた先でようやく見えてくるものを見ろと言われても、どうしようもない。
「本当なら、ここで二手に分かれる予定だったのです。私の部下四人が護衛の注意を引き、その間に私とフェリクス殿で白仮面を討つ。ですが、この状況では無理ですね」
逃げ回るだけでいいとはいえ、暗殺者一人で数十人の気を引くのは無理がある。
「どーすんだよ」
ならば強行突破をすればどうなるか―――それも無理がある。フェリクスと執事が個の力で護衛をぶち抜き屋敷に侵入しても、待っているのは完全なる包囲網だ。表には多くの護衛、そして目の前には白仮面と凄腕の魔術師。磨り潰されて終わりだろう。
それを瞬時に悟ったフェリクスが、苦い表情で呟いた。執事も暗殺者も顔をしかめる。
「護衛を全滅させるのにも時間と体力が必要ですからね。白仮面には逃げられるでしょうし、最悪消耗したこちらが殺される可能性もあります」
「そもそも敵魔術師の実力が未知数なんだよなぁ。これ、どうしようもなくね?どうしてシリウス侯爵はこの作戦を決行なさったんだ?」
「それは分かりません。ですが、我々という駒をここに指した時点で、確実に勝てる要素があったのは間違いありません」
「どうして言い切れるんだよ?」
「シリウス侯爵ですから」
平時のフェリクスに勝るとも劣らない力を持つ執事が、一切の躊躇いも見せずに言い切る。その意味を推し量って、フェリクスは仕方なく納得した。
「ハッキリ言って、この状況を打開する策はねぇ。あんたもそれは分かるよな?」
「勿論です」
「ならどうするかだが―――ん?」
フェリクスは突然会話を中断して後方を振り返った。執事も同様の動きを見せる。
「執事長、フェリクス殿?」
釣られて振り返る刀使い。その視界に映ったのは――――
「あれは、陽動部隊か?」
実物を見ても疑問符を浮かべる刀使いだが、これは仕方がない。後方からやって来た彼らは、全員が音の出る鎧を脱ぎ捨て、隠密行動を取っているのだ。それも、フェリクスと執事でようやく気付ける練度まで仕上がった隠密である。
今、このタイミングで彼らがやって来た意味は勿論、
「これに乗じろってことだろうな」
「ええ。そうでしょうね」
フェリクスと執事の存在感が徐々に膨れ上がっていく。その視線が捉えるのは小さな屋敷、その中にいるであろう白仮面と魔術師である。
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