第70話

 コンコン。

 二人が会話を終えたタイミングを見計らっていたかのように、書斎の扉がノックされた。

「なにかな?」

「シリウス侯爵、出撃の準備が整いました」

 短い返答。その声は、フェリクスに依頼を持ってきた執事のもの。

「分かった。陽動部隊はもう出して構わないよ。本隊は様子見の後、相手の出方に応じて私の判断で動かそう」

「御意」

「ああ、それからもう一つ。急遽本隊にフェリクス殿が加わることになった。問題はないよね?」

「……直ちに調整して参ります」

「よろしく頼むよ」

 扉の向こうからサッと気配が消える。

「陽動部隊もいるのですか?」

「追い詰めたとはいえ、相手はあの白仮面だからね。用心するに越したことはないよ。ここに来るまでにフェリクス殿が見た騎士や私兵は、そのための駒というわけだ」

「では、本隊は?」

「予想は付いているだろう?暗殺部隊だよ」

 笑顔で、平然と自らの暗部を晒すシリウス。貴族ならば誰でも持っている懐刀だが、それを口にする者はいない。わざわざ暗殺者の存在を教える必要もないのに、今ここでそれを言う理由は一つ―――

「あの暗殺者三人を返り討ちにしたフェリクス殿なら、そこに加わっても遅れは取らないだろう?」

 ―――それをもとに、フェリクスに自分の方が上であることを知らしめるため。

(こいつ、どこまで知ってるんだ?)

 あの夜、フェリクスは誰にも見つかることなく暗殺者三人を殺したはずなのだ。周囲に人の気配は無かったし、仮に隠れていた者がいたとしても、『戻っていた』自分なら見つけられた。だというのに、シリウスは全てを知っているかのように話す。それが恐ろしい。

「おっとすまない。怖がらせるつもりはなかったんだ」

 その上、眉一つ動かさずに隠し切った動揺まで見抜かれている。一体どこまで見透かされているのか。対面する男の底知れなさに、フェリクスは言葉を失ってしまう。

「話を戻そうか。暗殺部隊はフェリクス殿を加えて六人。その任務は白仮面を殺すことだ」

「やはり陽動はそれを隠すためのものですか」

「そう。騎士と私兵が騒ぎを大きくして、白仮面の注目をそちらに集める手筈になっているんだ。その隙を暗殺部隊が突く」

「確かにそれなら私でも出来るでしょう」

「それならよかった。私の方で変装道具や認識阻害を扱う魔術師を用意させてもらったから、早速着替えてきてもらってもいいかな?」

「分かりました」

 そう答えてから、フェリクスは思い出したように口を開く。

「認識阻害であれば、私の方が上手く出来ると思います」

 それを聞いたシリウスが面白そうに笑みを深めた。


⚪️


 日が暮れてしばらくした時間帯。仕事帰りの男や飲んだくれで賑わう大通りに、六人の男たちの姿があった。

「ジャック!今日はお前の昇進祝いだからよ、好きな店選べや!」

「この間行った居酒屋なんかいいんじゃねえの?可愛い女の子いっぱいいたしよ」

「あそこはよかったなぁ。ケツデカイねーちゃんがたまんねぇよ。なぁジャック、あそこにしようぜ?」

「あのケツはやばかったよなぁ。掴み心地良さそうでよ」

「なんならこのまま娼館行っちまうか?」

「おいおい、ヤることしか考えてねぇのかよ!!」

 既にそれなりに酒を入っているのか、恥ずかしがる様子もなく下品な言葉を吐き散らかす男たち。この時間帯になると腐る程いる、典型的な酔っ払いだ。

 肩を組み、時に大声で歌を歌いながら、ゲラゲラと楽しそうに通りのど真ん中を歩く男たち。それと似た光景が至るところで繰り広げられる大通りが、突然緊張感に包まれた。

「そこを退け!」

 突如響き渡る怒声。人を従わせる圧を持ったそれは、貴族街がある方面から響いてきた。

「ん?なんだぁ?」

 通りに溢れる酔っ払い達が振り向く。それを追い払うように、大勢の騎士から成る隊列が進んで来る。

 殺気立った雰囲気、甲冑まで着込んだ完全装備。明らかにこれから戦いを始める格好だ。平和な大通りを我が物顔で行進しながら、騎士たちは路地裏へと向かっていった。

「お、おい見たかよ今の」

「ああ。戦争でも始めるのか?」

「ここは王都だぞ?どこに敵がいるってんだよ?」

「さぁ」

 あとに残された者たちが酒で回らなくなった頭で考える。が、そんな状態で考えても答えなど出てこない。面倒など知らぬとばかりに、酔っ払いたちはすぐに騒ぎ始めた。


 ―――その騒ぎに紛れて六人の男たちが姿を消したことに、誰一人として気付かなかった。

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