第69話 戦闘前に

 シャルロットと別れてから数十分後、ストライアー侯爵家の屋敷に招待されたフェリクスは、書斎にてシリウスと対面していた。

「どうやらアメリアの危機を救って貰ったみたいだね。ありがとう、感謝するよ。流石のあの子でも、暗殺者二人には勝てなかったはずだからね」

 僅か一時間前に路地裏で起こった件について、貴族街にいたシリウスが確度の高い情報を得ている。それは偶然ではあり得ない出来事ぁ。シリウスはこの状況を予想していたのだろう。

 娘の危機を知りながら敢えて敵を泳がせて待つなど、常人の思考ではない。笑顔の裏には一体どれだけの狂気が潜んでいるのか。

 フェリクスは顔をしかめつつ言葉を放った。

「なぜ暗殺を未然に防がなかったのですか?シリウス侯爵ならばそれが出来たはずです」

「どういうことかな?」

 シラをきるシリウスに、フェリクスは決定的な事実を突き付ける。

「この部屋に案内される途中、戦いに備える騎士や侯爵家の私兵を大勢見ました。シリウス侯爵は、御息女の命が狙われた事を理由に、裏社会の組織を一掃するおつもりですよね?既にこれだけの準備が出来ているのは、暗殺が起こることをあらかじめ知っていたから。私の推測は間違っているでしょうか?」

「ふむ―――。まあ、その通りだよ」

 あっさりと認める。

「暗殺が起きることは知っていたよ。そして、敢えてそれを止めないことで攻め込む口実を作ったのも事実だ。白仮面は弱者だがそれ故に狡猾でね、いつまでも生かしておくには危険な存在なんだ」

 白仮面、それはフェリクスも聞いたことがある名だ。大きく勢力を削られるまでは、裏社会を牛耳っていたと言っても過言ではない男である。

「なぜ白仮面だと断定できるのですか」

「逆に聞いてみよう。フェリクス殿は、どうやって私が犯人を断定したと思う?」

 質問を質問で返され、思わず黙り込むフェリクス。アメリアが暗殺者に襲われた直後の戦備えを見て、裏社会を潰すのだろうと予想を立てたが、具体的に潰す対象が誰なのかまでは分からない。唯一、これかと思えるのは―――

「かの男は二年前に、シリウス侯爵に勢力の大半を削られました。御息女を狙う動機があるからですか?」

「二十点、といったところかな」

「二十?」

「決して間違いではないし、むしろ事実の一部分ですらある。聞かれた直後にその回答が出てくるのは素晴らしいよ。でも、それでは私と視界を共有できない」

 誉められているが、言外にお前では足りないとも言われている。

「では正解は―――」

「それを知りたければ、フェリクス殿も殲滅部隊に加わるといい。きっと面白い情報がたくさん出てくるよ」

 いたずらっぽくウインクをするシリウス。壮年期真っ只中の男がやるには若すぎる仕草だが、彼の場合はなぜか違和感がない。

「私が、ですか?」

「そうだ。というより、私からお願いしたいくらいだね」

 シリウスが真剣な表情で語り始めた。

「白仮面を確実に殺す算段は立てているけれど、それで安心できるほどあの男の命は安くない。フェリクス殿に加わって貰えればそれが一番なんだ」

「その代わりに、これまでの種明かしをしていただけると?」

「そう約束しよう。ああそれと、参加してくれるのなら、フェリクス殿が背負っている金貨一千枚の借金を肩代わりしてあげてもいいよ」

「いえ。そちらの方は自分で何とかしますので」

「そうかい?」

(金貨一千枚?ふざけんなって、怖すぎだろ)

 貴族に、それもよりによってシリウスに大きな借りを作ってしまったら、見返りに一体何を要求されることになるのか。怖すぎて気軽に頼むわけにはいかない。

 ギャンブル狂、金に目がないフェリクスがそう思わされるほど、シリウスという男は恐ろしいのだ。その思考を紐解いて教えて貰えるのなら、金貨一千枚など笑って流せる。

「なら仕方ない。安心も出来たことだし、あまり深くは言わないでおくよ」

「ありがとうございます」

 フェリクスは何も悪くないが、立場の差を考えれば頭を下げるしかない。

「じゃあ頼んだよ」

「………分かりました」

 こうして、裏社会を殲滅するための戦いに、フェリクスが参加することになった。

 ―――シリウスがフェリクスを用いるという意味。優れた頭脳が絶対の武力を使うとどうなるかを、世界はこれから知ることになる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る