第71話 闇の世界での攻防1

 二百年強の歴史を持つ大国、マーレア。その王都マーレガリアは長い年月の間に拡張が繰り返され、今では世界有数の巨大都市と成っていた。

 しかし、都市とはただ広くすれば良いというものではない。広くしすぎれば光の当たらない場所も出来てしまう。一般人に身近なところでは路地裏などが正にそれだ。

 そんな路地裏でもより奥まった場所にある細道に、二人の男が立っていた。其処より先は闇の浅瀬、彼らは白仮面が敷いた警戒網の一つである。

「退屈だな。本当に来んのかよ?」

「さぁ?白仮面様が仰ったんだ。俺たちは従うしかねぇよ」

 気の引き締まらない声で立ち話に興じる二人。白仮面に言われてここにいるが、本当に戦うことになるとは思ってもいない顔だ。明らかに油断している。

 白仮面に古くから仕える人間であればこうはならないが、それも仕方のない話だろう。彼らが知っているのは、シリウスによって徹底的に叩き潰され、風前の灯火となった白仮面のみ。それ以前、裏社会を牛耳っていた頃の男を知らないのだ。

「なぁ、何か聞こえてこないか?」

 ぼーっと突っ立っていた男の一人が呟いた。

「はぁ?なにがだよ」

「ほら、耳澄ましてみろって。こう、ガシャンガシャンって音が響いてこないか?」

「おい、暇すぎて耳が馬鹿になったのか―――いや、聞こえるな」

 聞こえてくる。まだ微かに鼓膜を震わせる程度だが、確かにそれは狭い道を反響してここまで届いている。

 そして、男はその音に覚えがあった。次第に大きくなっていくガチャガチャと金属が擦れる音、規則正しい足音。『それ』を最後に聞いたのは今から数年前、まだ自分が傭兵として戦場を駆け回っていた頃で―――

「嘘だろ、おい」

 戦場に出たことがある者なら誰もが知っている。『それ』は、騎士団が進軍する音だ。

「て、敵襲ぅぅぅう!!!!」

 闇夜をつんざく大声が、静まり返っていた裏社会を叩き起こした。長い一夜が幕を開ける。


⚪️


「敵襲ぅぅぅう!!!!」

 その声が響いたと同時に動き出す者たちがいた。

 ―――シリウスの暗殺部隊だ。

 フェリクスは闇夜に溶け込む黒装束を纏い、屋根伝いに裏社会を進んでいく。ただ道を行くのではなく、壁を蹴り屋根を伝い、路地をショートカットしていく。

 六人で構成された暗殺部隊のほとんどが付いて来れない高速機動。それはシリウスの予想すら上回る速度を叩き出していた。

「随分と少ねぇな」

 ちらりとフェリクスは視線を下にやった。陽動というのなら最低でも百は欲しいところだが、眼下に見える騎士は全部で三十人ほど。これでは騒ぎを大きく出来ない。

「問題ありません。これもシリウス侯爵の作戦の一つですから」

 唯一フェリクスの速度に付いていけている執事姿の男が答えた。

「作戦だぁ?さっき聞いた話のなかに、それらしい情報は無かっただろ」

「あえてお伝えしませんでした。フェリクス殿は、あれをどう見ますか?」

「はぁ………こんなところでも俺を試すのか。まあいいけどよ」

 二度三度と壁を蹴り、縦横無尽に移動しながらフェリクスは思考する。答えにたどり着くまでは一瞬だった。

「どーせ、これも敵を惑わす策の一つなんだろ?敵はあからさまに少ない騎士団を見て、『まだ何かあるかもしれない』と思うだろうな」

「その通りでございます。実際のところは何もありませんが、それだけで敵の初動は遅くなるでしょう」

 無駄なところで敵に駒を使わせる。いかにもシリウスが考えそうなやり方である。フェリクスはため息を付いてから再び口を開いた。

「それで大丈夫なのかよ。俺たちが捕捉されれば全てが台無しになるんだぞ?」

「問題ありません。僅かでも騒ぎが起これば、我々はその裏をかいて敵に接近できる実力を有しているのですから」

「だといいけどな」

 後方、遅れている暗殺者たちに目を向けるフェリクス。確かに一流の腕は持っているようだが、それほど複雑な作戦をこなせるかと言われれば、いささか疑問が残るところだ。

 それでもフェリクスは速度を落とさない。これは命がけの戦いなのだ。足手まといにペースを合わせて自らを危険に晒せるほど、フェリクスはお人好しではない。

 それをする対象はこの世でたった一人。それは後ろにいる男たちではない。

「さて。これは面倒な戦いになりそうだな」

 突然足を止めたフェリクスが、面倒臭そうに呟いた。

 その視線の先には、対暗殺者用の仕掛けが無数に施された細道があった。フェリクスですら注視しなければ見付けられない魔術の数々。触れれば電流を流すものから真空の刃を飛ばすもの、はたまた爆発を起こすものまで、致死性の罠のオンパレードだ。

 フェリクスたちはまだ敵に気付かれていない。ということは、これはこの事態を想定した敵によって、予め用意されたものなのだろう。

 試しに他の道に逸れてみても結果は同じ。無数の罠がフェリクスたちをお出迎えする。

「これは………通るしかありませんね。フェリクス殿、解除は可能ですか?」

「時間が掛かるぞ。それと、解除したら俺たちの存在がバレるだろうな。この魔術はそういう類いのやつだ」

「そうですか。では二手に分かれましょう。フェリクス殿には罠の解除をお願いしてもいいですか?」

「構わねぇよ。ただ、これけっこう複雑だからよ。俺に釣られて出てきた敵は、あんたらで始末してくれ」

「勿論でございます。そのつもりで分散するのですから。では、私共はさっさく物陰に潜みますので、お好きなタイミングで解除を始めてください」

 そう言い残して闇に消えていく執事と、それに続く四人の暗殺者たち。

「これ、俺がいなかったらどうするつもりだったんだよ」

 きっと、それ用の作戦も立てていたのだろう。フェリクスはもう一度ため息をつきながらも、罠の解除に取り掛かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る