第46話 フェリクスの新しい日常

 その日の放課後、バイトがあるフェリクスは用務員の仕事を速攻で終わらせると、全速力でエリナの両親が経営する飲食店へ向かった。

 人通りの多い大通りを持ち前の体捌きで抜け、人々の喧騒から離れた、若干奥まった場所へ。そして、通い慣れた者でなければ迷いそうな複雑な道を迷いなく進んでいく。

 そのまま進むこと数分。僅かに影が差し、看板なども薄汚れた所に、目的の飲食店があった。フェリクスは入り口に吊るされた暖簾に付いた埃を払ってから中に入った。

「こんちはー」

「ったく、挨拶くらいまともにしろってんだ」

 厨房に立つ無愛想な店主が、ため息混じりにフェリクスの方を振り返る。食を扱うという仕事柄、不潔に見えない程度の身形はしているが、店の様相と同じくどこかしなびた雰囲気の男だ。よくよく見ればエリナに似て整った顔立ちをしているが、寂れた飲食店の店主の顔を確認するような人間はいない。

「今日も客が少ないっすねー」

「こんな店に来る酔狂な野郎は、常連くらいなもんだ」

「なんだぁ、俺たちは酔狂だってかぁ!」

「ぎゃははは!!昼間っから飲んだくれてんだから、違いねぇだろ!」

「おうおうそこのバイトの兄ちゃん、酒一本追加だ!」

 数人いる客の言動は荒っぽい。しかし、落ちぶれた人間特有の下品さは感じられない。この様子がこの店の普通なのか、店主は無表情で鍋をかき回している。

「へーいへい。あんたらこんな時間から飲みまくって、金無くなっても知らねえぞ?」

「おうおう兄ちゃん、聞けばデカイ借金こさえてここに泣きついたんだって?んなこと言われたって説得力ねぇよ!」

 痛いところを突かれたと苦笑いのフェリクスは、魔術仕掛けの冷蔵庫から冷酒を取り出すと、それを注文した客の机に持っていく。その酒を見た常連が驚いた顔をした。

「お?俺のいつものやつよく分かったな。まだ仕事始めて一週間ちょっとだろ?」

「二週間だっての。そんだけありゃあ、十分覚えられんだよ」

「へぇ、容量はいいんだなぁ」

「俺は天才だからな!」

「おいフェリクス!無駄口叩いてる暇があんなら、料理に使う野菜でも切ってろ!」

「ハハッ、ただいまァ!!」

 店主の怒声に肩を震わせて厨房へ向かっていくフェリクス。常連の男は、その後ろ姿の滑稽さを肴にして、冷酒に口をつけた。


 王都のど真ん中を突っ切る大通りを外れると、道は無数に枝分かれしていく。フェリクスの勤め先の飲食店は、そんな分かれた道の奥まった場所にあるため、その料理の上手さから知る人ぞ知る名店のような扱いを受けている。

 常連、または迷い込んだ者以外はほとんど誰も訪れない店だから、客同士は変な一体感を持っているし、店員と客の距離感も近い。ゆえに―――

「おおー!我らがお嬢様のお帰りだ!」

「エリナちゃーーん!こっちにお酒を運んでおくれー!」

「エーリーナッ!エーリーナッ!エーリーナッ!」

 まだ十五歳の子供とはいえ容姿に優れたエリナが帰ってくると、酒が回った状態の客が一斉に騒ぎ始める。当然それを目の前で聞かされる店主の機嫌は悪化し、それによって乱暴になっていく包丁捌きを目の前で見せられるフェリクスはビクビクし始める。エリナは何故かぺこぺこしながら奥の方へ引っ込んでいった。

「おいフェリクス」

「なな、何でしょうかっ」

「あいつら追い出せ。裏から新品の包丁取ってきてもいいからよ」

 無愛想な店主が、只でさえ目付きの悪い目をさらに細めて言う。野菜用の包丁で骨付き肉が両断された。

「いや駄目だろ!?ていうか、この店から常連がいなくなったら、どうやって経営していくつもりっすか!?」

「軍の奴らだって来るんだから平気だろ」

「目が据わってる………あぁエリナ、お前いいところに!ちょっと親父さん任せたぞ!俺フロア行ってくっから!!」

 面倒事を押し付けて自分はフロアに逃げていくフェリクス。己と同じような感性を持つ者との会話は楽しいものだ。フェリクスと常連たちは、すっかり打ち解けた様子でゲラゲラと笑い声をあげて談笑し始める。

 そのだらしない様からは、全く強者の風格を感じとることができない。店主はちらりとフェリクスを見て首を傾げた。

「なあエリナ。雇ったあとで今更だが、本当にあいつがお前を助けたのか?俺には強いようには見えないんだが」

「…の……は……」

「そうか。ならいいんだが」

 騒がしくも平和な日常。エリナは嬉しそうに微笑んで父親の手伝いを続ける。









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最強の暗殺者が転生したら経験値ボックスになった件~側にいるだけで味方が強化されるので、幼馴染みも冷遇される令嬢も最強になります。なお、主人公は最強です


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