第47話 不穏の影
放課後、シャルロットは三人の取り巻きを連れて、路地裏に近い道を歩いていた。実際には一般人に扮した騎士がすぐそばにいるのだが、それは割愛だ。
「シャルロット様……本当にこのような場所に、飲食店があるのですか?」
路地裏に程近い区画の汚さは貴族令嬢の限界を越える。カトリーナが嫌悪感も露に聞いた。
「あるわよ。その店はエリナのご両親が営んでいらっしゃるのだから、偏見はやめてちょうだい」
「それは分かっているのですが………」
きらびやかな世界に生きる彼女たちにとって、此処と汚さは地獄にも等しい。慣れたように歩くシャルロットが異常なのだ。流石のカトリーナたちも、主のこの一面だけは受け入れられない。
「まあ、実際に行ってみれば分かるわよ。客の品は無いけれど、エリナのお父様の腕は確かだったわ」
「まあ。専属のシェフにも勝るのですか?」
「うーん……美味しいの方向性が違うのよね。こう、庶民の味を極めたというか」
「庶民の味、ですか?」
「そうよ。食べてみれば分かるわ。そのために今日は貴女たちを連れてきたんだから、文句言ったら許さないわよ!」
「「「は、はぁ」」」
曖昧に頷くカトリーナたち。シャルロットのエリナ好きは、多少限度を超えていた。一ヶ月ほど前に治った傍若無人ぶりがエリナを肯定することに関しては発揮されるというのだから、本格的にヤバイだろう。
「そうそう、ここの角を曲がった先の奥の、あそこよ、あそこ!」
ようやく目的地に辿り着き、興奮混じりに飲食店を指差すシャルロット。カトリーナたちの目に飛び込んできたのは、目抜き通りであれば有り得ないほど汚い様相の飲食店。想像を越えるやばさに、彼女たちは目を剥いた。
「見た目で決め付けるのはよくないわ!偏見よ!!」
「そ、そうですわよねっ。エリナさんが住んでいるお家なのですから、きっと中は綺麗ですわ」
「き、客の品は無くとも、従業員は清潔で品行方正な方ですわよ」
「お料理のお味が確かであるなら、それほど素晴らしいことはありませんわ」
それぞれの言葉でシャルロットを持ち上げる取り巻き三人。シャルロットはその答えに満足して入り口を開け―――
「イッキ!イッキ!イッキ!イッキ―――ああぁ!こいつぶっ倒れやがった!!ぎゃはははは!!!」
「グレダぁ!テメェ、情けないことしてんじゃねぇぞー!」
「マーティスに賭けた奴の勝ちだな!!」
「しゃぁっ!!!」
「ちくしょう!この、早く次の賭け行こうぜ!!」
戸を開けた途端に漂う酒の匂い。大きなジョッキになみなみと入った酒をイッキ飲みする男。それを見て唾を飛ばしながら叫び散らす男たち。地獄の光景が広がっていた。
「………きゅう」
カトリーナが白目を剥いて倒れ込む。他の二人も肩を震わせて男たちの遊びに恐怖した。
「えっ、ちょっ」
何故こんな下品な笑い声が響いているのか。前に自分が訪れたときはもっとマシだったはずだと、シャルロットはその差に愕然とした。
「次の挑戦者は誰だぁ!?おお、アッシュが手をあげた!!これは凄まじい!!前回王者であるアッシュは、ジョッキ七杯を飲み干した記録を持っている!!さぁさぁ賭けろ賭けろぉ!!」
取り合えず、イッキ飲み対決を仕切りながら賭けの元締めをやっているフェリクスが悪いとだろうと当たりを付けたシャルロット。右手に複雑な魔力回路を組み上げると、それをフェリクスのアホ面目掛けて発動させた。
「ぎゃぁぁぁぁあ!!!?」
そう叫んで悶えているのは一瞬のこと。
「なにすんだよお前なぁ!?」
痛みから復帰したフェリクスがガバッと起き上がる。フェリクスだけでなく、他の叫んでいた男たちも困惑の目でシャルロットを見る。
「それはこっちの台詞よ!このお店に迷惑かけてんじゃないわよ!」
「はぁ!?ちゃんとおやじさんに許可貰ってるわアホ!!お前こそ、いきなり魔術ぶっぱなすのなんとかしろ!!このアンポンタン!」
「あ、アンポンタンですって!?」
己の仕事も忘れて怒鳴るフェリクス。カトリーナたちにこの店を紹介するという目的を忘れてフェリクスを睨み返すシャルロット。変に息ピッタリな二人に、周囲は目をしばたたかせる。
「そもそもなぁ、魔術は人に向けちゃ駄目だろうが!学院の規則だぞ!」
「あんたなら大丈夫よ!人は選んでるわ!!」
「あぁ!?」
「おいフェリクス!騒いでる暇があんなら、さっさと仕事しろってんだ!!」
「へいっ!!」
割り込んできた店主の声に即座に従うフェリクス。厨房から一部始終を見守っていたエリナが、クスクスと笑った。店主が眉を潜める。
「なんだお前、あんなの見てて面白いのか?」
「…にぎ……は……と…」
「賑やかなのはいいこと、ねえ。まあそれは確かだが、ただでさえ品に欠ける店だってのに、あの男は騒がしすぎる。軍の連中が来たときに、問題にならなければいいが」
「…へ……き……」
「本当に平気ならいいんだが………」
エリュシエルとフェリクスが知己であることを知らぬ店主は、疑問符を頭に浮かべるばかり。厨房に戻ってきてその話を聞いていたフェリクスは、適当に笑って誤魔化した。
「じゃあ俺、あいつらの注文取ってきますね」
あっちに行ったりこっちに行ったり。慌ただしく働くフェリクス。客として来たシャルロットは、掴みどころのない男を扱き使える機会に笑う。
「今日のおすすめってなにかしら?」
「日替わりじゃねえの?値段もそこそこで量あるし、サイドメニューを三品の中から選べるから、別の味も楽しめるしな。あとはあれな、この時期だとカーファの肉が旬だからいいかもなぁ」
「あら、意外とまともに働いてるのね」
「お前は俺をなんだと思ってんだ………」
「仕事をサボることに関しては一流の男ね」
「否定できねぇ」
「まあいいわ。それじゃあ………」
メニュー表とにらめっこして悩むシャルロット。取り巻き三人はシャルロットと同じものを頼むつもりでこの店に来たため、悩む必要がない。
「これなんてどうかしら?」
「ああー。ここだけの話な、今朝仕入れたほうれん草、ちょっとだけ傷んでたんだわ。頼むなら別の日にしとけって」
「そうなのね………」
まだ悩むシャルロット。早く次の仕事に取り掛かりたいフェリクスは、苛々しながらそれを待つ。
「じゃあ、取り合えずお水をいただこうかしら。まだ悩むわ」
「テメェなぁ!?」
「冗談よ。最初にあんたが言ったおすすめでいいわ」
フェリクスをからかって満足そうなシャルロット。取り巻きたちは、いつもより楽しそうな顔をする主を見て、主とフェリクスの仲を邪推していく。
―――課外学習を終えてようやく安定した日常。しかしそれは、薄氷の上に乗っかっているような不安定なものに過ぎなかった。
フェリクスが働く飲食店がある区画のさらに奥、スラム街の深部にて。
「ええ、ではその通りに」
「頼みましたよ」
執事のような格好をした男と怪しげな風体の男が、暗い笑みを浮かべてなにかを話し合っていた。
ー
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