第44話 名演技
昼休みの中庭。一番人気が高い木陰のスポットに腰を下ろしたシャルロットたちは、それぞれの昼食を広げ始めた。
エリナから弁当を受けとるフェリクス。それを真横から見るシャルロットが、鋭い口調で問いかける。
「で、なんでエリナがあんたの弁当を持って来ることになってるのよ!」
「あ?別になんだってよくね?」
「良くないわよ!」
顔を赤くして吠えるシャルロット。よほど気に食わないのか、手には魔力回路が組み上げられていた。
「いやぁ、んなこと言われてもなー。意外と説明すんのが怠いっつーか、長くなるっつーか」
「い、い、か、らッ、説明しなさいよっ!!」
「分かった、分かったって!だからその魔術発動させるな!!」
フェリクスは慌てた様子で口を開き―――
「あの、二人はどういう関係なんすか?」
それをテッドの至極真っ当な疑問が遮った。フェリクスとシャルロットが固まり、同時にテッドを振り返る。
「ていうか、そもそもあんたは一体なんなんすか?俺は覚えてるっすからね。あんたが襲撃犯たちを一方的に倒してたところ」
「げっ」
質問をしたテッドやその隣のリオネルがフェリクスを見る目には、疑問と僅かな恐怖が浮かんでいた。
それは当然の反応だろう。彼らからしたら圧倒的な力を持つ襲撃犯は恐怖の対象でしかなく、それを一方的に殲滅した男の素性が知れていないのだから。
「誰って言われてもなぁ」
「ずっと無能用務員だって言われてたじゃないっすか。流石に、あんなの見せられたあとじゃ信頼できないっすけど」
「まあ、そうだよなぁ」
「煮え切らない態度ってことは、やましいことでもあるんじゃないの?」
リオネルの鋭い指摘に、苦い顔をするフェリクス。そのまま数秒が経過して、いよいよフェリクスの立つ瀬が無くなり始めた時―――
「この男は私の魔術の家庭教師よっ」
シャルロットが堂々と嘘をついた。貴族令嬢として社交界を幾度も経験した少女の渾身の演技は、同じく社交界を知るルギウスから見ても、疑う余地なく完璧に映る。公爵家の長男ですら騙されたのだ。いわんやテッドがその演技を見破れるはずがない。
「家庭教師、っすか?」
案の定、騙されていた。
「そうよ!最近、私の成績が著しく上がっているでしょう?それはこの男の教えよ!」
「へぇーー。それなら、まあ、そうなんすかね?強いのにも一応の説明がつくっすよ」
「そうでしょう?」
きっぱりと言い切って胸を張るシャルロット。その裏でホッとするフェリクス。しかし、一人だけ演技を信じていない者がいた。
「じゃあ、この場で何かやってみてよ」
ニヤニヤしながら顎をしゃくるリオネル。その意地の悪さには、シャルロットの取り巻きたちも顔をしかめる。しかし、追い詰められたはずのシャルロットとフェリクスは、いたって平然としていた。だって、そうだろう。やればいいのだから。
「んじゃ、ちょこっとだけな」
軽い一声と共に、フェリクスの手元で魔力回路が組み上がる。何気ない、それこそ日常の一部を切り取ったような所作に匂い立つ、圧倒的な魔術の実力。形を成していくそれは、以前の授業で見本となった魔力回路と全く同じ構造をしている。完成を待たずして、ルギウスが驚愕に目を剥いた。
「あれを作ったのはあなただったのですか!」
「流石はシュナウザーだな、気付くの早ぇ」
「え?あれってなんすか?敬語まで使って、ルギウス君はどうして驚いてるっすか?」
「君は………本当に能天気だね。いつだかの授業を思い出しなよ。この構造に見覚えないの?」
「え?………あっ、あっ!あーー!!」
リオネルに言われてようやく思い出したのか、テッドは今日一番の声を上げて驚いた。中庭全体に響くその声によって周囲の注目が一点に向かうが、フェリクスは視線が集まる前に魔力回路を消し去ってそれ以上の混乱を防いだ。その手際の良さもやはり一流の域を越えており、ルギウスたちはもはや声すら出せなくなる。
「ま、こんなもんだ。内緒にしといてくれよ?こいつに教えてんのだって、特別な事情があるからなんだ」
ちゃっかりシャルロットの芝居に乗って、それっぽい雰囲気を出すフェリクス。見窄らしい格好をしているため、最高に似合っていない。
「いいや、これは秘するべき技術じゃないだろう!公表してこそ価値がある!」
「ルギウス。私はこの男を表に出すつもりはないわ」
「何故?!これだけの技術があれば、どれだけ魔術に革命を起こせるか。それが分からない君じゃないだろう!」
ルギウスの熱弁。しかしシャルロットには取りつく島もない。
「いやぁ。魔術の発展とか興味ねぇしな。富も名誉もなんか合わねぇっつうか」
加えて、フェリクスも乗り気ではないため、ルギウスは勢いを削がれる。それでも諦めずに言葉を紡ごうとするが、
「まあ、課外学習であれだけ暴れちまったからなぁ。上ではそれなりに知られてんじゃねえの?本当に必要になったら、お前が言わなくても勝手に引っ張り出されんだろ」
フェリクスにそう言われては、完全に黙るしかなかった。
「そういうことよ。カトリーナたちも、テッドもリオネルもいいわね。この件を口外したら、グラディウス家がただじゃおかないわ」
「公爵家が動くって、なんなんすか本当に………」
勿論全て嘘なのだが、シャルロットの迫真の演技に全員が騙されている。難しい話を聞かされたエリナに至っては、考えることを放棄して昼御飯を食べ始めていた。
「ま、そういうこった。お前たちに伝えたのは、何でかを問い詰められたのと、あとは今後の人間関係のためだからな。本当に言うんじゃねえぞ?」
理論は穴だらけ。突っ込もうと思えば、いくらでも粗がある。しかし、シャルロットの演技力とフェリクスが見せた魔術に圧倒され、ルギウスたちはなにも言えずにただ頷いた。いいや、頷かされた。
そして極めつけは、
「いやぁ。丸く収まったみたいで良かったわぁ」
「収まってないわよ。あんたは、まだエリナに弁当を持って来させた理由を説明してないじゃないの!」
「げっ!」
事前の打ち合わせもなくもう一芝居。これで話題すら切り替わり、ルギウスたちの頭から疑問点は抜け落ちてしまった。
「―――それには深い訳があってだな?!今から説明するからその魔術を消せ!」
そうして語られる、この二週間の間にフェリクスに降り掛かった災難。そして女神との出会い。もう一人の当事者であるエリナは、知らん顔でご飯を食べ続けている。
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