第43話 学院再開
閑話終わり、二章の始まりです。
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「こうやって教壇に立つのは二週間ぶりですね。先生、皆さんに会えない悲しさで、一日3食とデザートしか食べられませんでしたし、ついでに夜しか眠れませんでしたよ」
貴族の派閥争いが少しはマシになり、ようやく再開された学院。その初日、生徒たちの前に立ったルークは、特徴的な細目をさらに細めてそう言った。
普段はふざけている講師が絞り出すような声を出し、細めた目に複雑な感情を押し留める様子を見て、生徒たちは言葉に詰まり―――
「ってそれ、健康だし何なら贅沢してるじゃないっすか!」
二週間ぶりでも鋭さを保つテッドの突っ込みが炸裂。途端に笑いが巻き起こった。
「はい。それはもう快眠でした」
初日の空気作り。クラスが軽い笑いに包まれるが、その雰囲気は以前と比較すると固い。
課外学習で襲撃に遭った際、平民階級の生徒が中心になってシャルロットたちを差し出そうとする事態が発生した。それによって生まれた溝が、元々あった貴族と平民間の対立を確実な派閥争いに発展させてしまったのだ。
「はーい、皆さん静かにしてくださいね。今日の伝達事項は―――」
その対立構造は根深く、ルークが口を挟んだ程度で改善されるものではない。己の力不足を感じながらも、ルークはホームルームを進めていつくのだった。
シャルロットたちを発端として広がった対立。しかし、当の本人たちがその争いに首を突っ込むことは無かった。むしろその逆、シャルロットは件の襲撃以降、エリナと一緒にいるところをよく見られるようになった。
「ああシャルロット様、やっと授業が終わりましたわ!」
昼休みに入り、己の主に飛び付くカトリーナ。シャルロットはそれを慣れた様子で引き剥がすと、カトリーナをルギウスの方へ押し退ける。
「ちょっと。あなたがカトリーナの世話係じゃないの」
「なんでその役が僕なのか、軽く一時間ほど討論したいところだ」
「いやよ。面倒だもの。それにカトリーナは満更でもないみたいよ?」
「え?」
顔を赤くしてルギウスの傍に佇むカトリーナ。その姿は、数秒前の奇行にさえ目を瞑れば、なんとかギリギリかわいいと思える。
課外学習の際、二人は同じ班に所属していた。そのせいで、ルギウスが命を狙われたときにカトリーナにも危険が迫ったのだが、彼女は自らの安全よりも班員を優先して戦ったルギウスに惚れてしまったようだ。
「えぇ………」
割りとマジな顔で困るルギウス。それを見て、テッドと共に歩いてきたリオネルが皮肉の笑みを浮かべた。
「何事も完璧主義なルギウス君なら、もちろん恋愛も上手くやるんだよね」
「君の皮肉がこれほど突き刺さったのは始めてだよ!」
「でもお似合いっすね」
「テッド君は一度その口を閉じようか!?」
大貴族の息子が、平民も含めた輪の中でいじられ役に回っている。
それを見れば、この者らが対立に首を突っ込むつもりがないことなど、一目瞭然だ。
袖口をツンツンと引っ張られたシャルロットが後ろを振り返ると、なぜか二つの弁当箱を持ったエリナがいた。
「…そ……な……ぃ…」
「あぁー、そうね。皆、ここで話してないでそろそろ中庭に行くわよ」
「分かりましたわ!」
「私もシャルロット様に同行致しますわ!」
「それなら私もですわ!」
「うわ、なんか増えたっすよ!?」
カトリーナ、そしてさらに加わる二人の女子生徒。シャルロットの取り巻き三人衆ここに集結。以前は集まるだけで恐れられた彼女らだが、シャルロットが改心した今では笑いの種になるばかりだ。
「僕も行こうかな―――って、カトリーナさんはちょっと離れてくれないか!?」
「嫌ですわ」
「賑やかで楽しいっすね」
ワイワイガヤガヤ。階級も関係なく談笑する彼らは、騒がしいまま中庭に向かって行く。
教室を出てしばらく。昼休みの人混みを避けるように校舎の影を歩く一行。シャルロットは、ふと思い出したようにエリナに質問をした。
「そういえば、なんで弁当二つも持ってるのよ」
「確かに。言われてみればそうっすね」
全員が、そういえばそうだと頷いてエリナを見る。
「…あぅ…………」
「あぅじゃ分からないわよ」
シャルロットが理解できないそれは、言葉ではなく単なる呻き声だろう。エリナは視線から守るように弁当箱を胸に抱き、恥ずかしそうに俯いた。やがてポツポツと言葉をこぼしていく。
「…ぉ…あ……ん」
「お母さんが?」
「…も……ぃ……て…」
「持って行けって?なんでよ。一つでいいじゃない」
プルプル。小さく首を横に振るエリナ。しかし、目の前の華奢な少女が弁当を二つも平らげるとは思えず、シャルロットは首を傾げた。
「…あ…そ……あ…」
「あそこ、あれ………」
エリナが指差した先は、ようやく見えてきた中庭だ。キャッキャウフフ、ガヤガヤ。カップルや仲の良いグループばかりが集まった中庭に一人、しなびたナスみたいな男がいた。その異物感ゆえに、その場の全員が二度見している。
「なんであんたがここにいるのよ!?」
それが誰であるのかなんて考えるまでもない。シャルロットは脊椎反射で叫んでいた。
「あ?」
のそっと動く影。その男はシャルロットの声に反応して立ち上がると―――突然全力ダッシュ。
「な、なんすかあれ!?」
「い、嫌ですわルギウス様!」
「カトリーナ、僕を前に押し出すな!」
「な、名前を呼んで頂けましたわ!」
「そんなことどうでもいいだろう!?」
それぞれ騒ぎ始める一行。その元凶である男は、シャルロットを通りすぎてエリナの前で立ち止まると、
「お待ちしておりました女神様ァァア!!」
完璧な土下座をかましたのであった。
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