第38話 襲撃が終わって
「何があった?」
シャルロット達に助けを乞われ、大部屋まで戻ってきたエリュシエル。室内の惨状を目の当たりにした彼女は、たまらず問いを発した。傍に控えるモルドが答える。
「暗殺者一人が壁を破って侵入、護衛四人を殺した後に逃走しました。一度目の襲撃で、俺と戦った相手です」
「生徒に被害は無いんだな?」
「ありません。ただ………」
「ただ、なんだ。時間が惜しい」
「一部の生徒が、シャルロット様方を暗殺者に差し出そうとしたために、平民階級と貴族階級の間で対立が目立っています」
モルドが視線で示した先では、二つの集団に分かれた生徒達が、剣呑な空気を発していた。
「あそこの集まりがそれか?」
「はい」
手の平の上に魔力回路を組み上げながら、エリュシエルは呆れた表情でため息をつく。
「穴は私の氷で塞いでおこう。大部屋も結界で補強しておく。後は私に任せて、お前は自分の持ち場に戻っていいぞ」
「了解しました」
モルドが大部屋を出て行く。エリュシエルはその背をちらりと見てから、部屋の真ん中に集まった生徒達の方へ向かった。
「あ、エリュシエル様」
貴族階級と平民階級。大部屋中央でピッタリきれいに分かれて睨み合う両陣営。そのうちの幾人かが、近付いてくるエリュシエルに気付いた。
エリュシエルが生徒達に責めるような視線を向ける。
「こんな時まで下らない対立を深めて、お前たちは死にたいのか?」
「で、でも―――」
平民階級の一人が反論を試みる。しかしそれは、白氷の一睨みで潰された。
「統率が乱れる。護衛の邪魔になるようなことはしてくれるな」
所詮、暗殺者に気圧されてシャルロット達を差し出そうとした程度の集まり。子供にすぎない彼らの心は弱く、先程の恐怖と同等の圧を纏うエリュシエルに釘を刺されれば、騒がしさは一気に冷めていった。
二つのグループは、互いに睨み合いながらも距離を取る。
「まったく、まとめ役の講師はどこに行ったんだ?」
再びため息をつくエリュシエル。
その役を担っていたルークは暗殺者を撃退した後に意識を失い、他の講師ではそもそもこうなった生徒達を落ち着かせられない。ルークのように生徒に寄り添う講師は少数派なのだが、彼女がそれを知る由はない。
「――――まあいい。総員、多少の混乱があったとは思うが、直ちに元の持ち場に戻れ。死亡、怪我の状況によって人数が足りなくなったところは、至急詳細を私に伝えるように。こちらで情報をまとめてから、改めて指示を出す」
動ける護衛がエリュシエルの指示通りに行動を開始する。護衛の数が足りなくなったところは別の場所から補填し、あるいは、間に合わせにしかならないが魔術によって通路ごと塞ぐなどして、乱れた現場は次第に安定を取り戻していった。
それと同時に襲撃も止み、ようやく宿泊施設に僅かばかりの平穏が訪れた。
⚪️
宿泊施設の一角に設けられた医療スペース。助かる見込みのある者だけが集められたそこに、応急処置を施されたルークと、彼の見舞いに来た生徒達の姿があった。
「先生、先程はありがとうございました。シュナウザー家の長男として、受けた分の恩は必ず返すと約束します」
まだ包帯の取れないルギウスが、カトリーナの肩を借りながら礼を述べる。シャルロットの取り巻きである少女に、プライドの高い高位貴族の少年。この課外活動を通して急激に距離を縮めた二人を見て、ルークは笑みを浮かべた。
「ルギウス君、先生は好きでやったんです。恩反しなんて要りませんよ」
「いやしかし―――」
「それなら、次の試験で一位でも取ってくださいよ。知ってます?学年トップの生徒を出した講師の研究室には、次の試験期間まで特別に研究費が支給されるんですよ」
「そ、そういうことなら」
優しく、されど金銭が絡んでマジになったルークに圧され、ルギウスは渋々頷いた。それを見てリオネルが要らぬ言葉を放つ。
「無事にここから脱出できたとしても、先生はこれからが大変だね。研究どころじゃないんじゃない?」
「まあ、そうですね」
リオネルの言葉に苦い表情で同意を示すルーク。今回の襲撃を通して、貴族と平民の間での対立構造が明確になってしまったのだ。この溝は容易くは埋まらない。日常に戻れたとしても、ルークは仲の修正に奔走することになる。
黙り込むルーク。嫌な空気を感じ取ったテッドが、無理矢理話題をねじ曲げようと試みる。
「そ、そんなことより、あの用務員はどこにいるんすかね?さっきから見当たらないっすけど」
それまでボーッとしていたシャルロットが、この話題に食いついた。
「きっと護衛の手伝いでもしてるのよ。まだ襲撃が止んだと決まった訳じゃないもの」
「案外、野たれ死んでたりして」
「そんなわけないじゃない!」
リオネルの言葉を否定するように叫ぶシャルロット。しかし、彼女自身もその可能性を否定できないでいた。先程見た暗殺者は、講師どころか護衛すら圧倒する実力者だったのだ。あのような相手が他にもいたとして、フェリクスが戦った時に無事でいられる保証はない。
「大体、シャルロットさんはなんでそんなにあの男に固執するわけ?別に放っておけばいいじゃん」
「あんたには関係ないでしょう!」
「ちょ、ちょっと二人とも。ここにはルーク先生以外の怪我人もいるんすよ」
「テッド君。先生はいいんですか?」
「え?あ、まあ、それは、あれっすよあれ」
テッドのいい加減な返答に小さな笑いが起こる。勢いを削がれたシャルロットは、いつも一言多いリオネルを睨み付け、しかしそれ以上は堪えてそっぽを向いた。
一度場が静まり返る。その静寂を破ったのは、全員の予想に反してエリナであった。
「…る…は………」
「ん?」
ルークの肩をツンツンしているため、言葉が向かう先は分かる。しかし、その内容までは流石に理解できない。ルークは困った顔でエリナを見返した。エリナも困った顔でルークを見つめる。
「ルーク先生は、あの人が心配じゃないんですか? エリナはそう聞いてるわ」
「はぇ~、シャルロットさん、今のが理解できるっすか?」
「たぶんよ。ちゃんとは分からないわ」
確認するようにエリナを見るシャルロット。無口な少女はブンブンと首を縦に振っていた。ルークが苦笑しつつ答える。
「まあ、心配と言えば心配ですけどね。フェリクスさんは、死んでも死ぬような人ではないですから」
⚪️
全体の指揮を取りつつ、死傷者数や討ち取った暗殺者の数を計算するエリュシエル。彼女は、新たに上がった報告を既存の数値に反映しつつ、裏口に向かっていた。
報告に上がった限りでは、最も死傷者の数が多かった場所。いざそこへたどり着くと、広がるのは想像以上の惨状。血肉が散乱し、壁は崩れ、辺り一面には魔術の爪痕が色濃く残っている。
「これは………何があった?」
流石の白氷も疑問を隠せない。
無数の護衛が無惨な死に様を晒している。その一人一人の顔を確認していくと、殺された者のほとんどが、戦場で名を馳せた猛者であった。
「やったのはあの暗殺者か?いや、流石にこれを一人でやるのは………」
最早暗殺者の枠を越えている。あの男の正体は何なのか、エリュシエルは思考の海に深く潜り―――
ガサッ。
すぐそばの茂みから聞こえた音に、思考を打ち切って警戒心を最大まで引き上げた。術者を守るように現れる無数の魔方陣。そのすべてが、音を鳴らした茂みに向かっている。
「誰だ?出てこい」
反応はなし。敵意有りと見なしたエリュシエルが、魔方陣の一つに触れた。途端、暴風が吹き荒れる。それは並の魔術師であれば容易に防げる程度の魔術に過ぎず、相手を殺すのではなく動かす事を目的としている。相手の出方に注意を払いながら次の魔方陣に触れるエリュシエル。その視界に見えたのは、
「なっ」
エリュシエルは固まってしまった。あり得ない。こんな光景が、あり得るはずはない。
「貴様、何をやっている!」
悲鳴にも聞こえる絶叫。この世の終わりのような表情で、女は茂みの下から見えたその男に駆け寄り、横たわる身体をそっと抱き起こした。
「おい、貴様ッ、ふざけるのも大概にしろ!その寝たふりを止めなければ―――」
間近から顔を覗き込み、狸寝入りしているわけではないと気付く。冷静になって見てみれば、男は全身傷だらけの血まみれであった。腹部には拳で貫かれたような痕まで確認できる。幸い呼吸はあるが、生きているのが不思議なほどの致命傷だ。
「誰か!誰かいないのか!くそ、まずは治療をしなければ」
エリュシエルは男に応急処置の魔術を施すと、傷だらけの身体をそっと背負う。その間、女の表情は怒りや憎しみに染まっていた。しかし男を助けようとする行動には過剰な気遣いが見られる。本人はその矛盾に気づいていないのか、はたまた意図的に無視しているのか、表情を変えることなく歩き出した。
「―――今の名はフェリクスと言ったか。勝手に死んでいなくなるなど、この私が許さんぞ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます