第36話 敗北

「一気に、上げる、ぜェ!!」

 爆速、前進、そして、接触。

 フェリクスは、暗殺者が間合いを詰めてきたことにすら、気付けなかった。

「ラァ!!」

 下から掬い上げるように蹴りが迫り、慌てて回避行動を取るフェリクス。避けた、そう確信した直後、グルンと蹴りの軌道がねじ曲がる。

「なっ!?」

 咄嗟に左腕で受けるフェリクス。たったの一撃で腕が軋みを上げた。

(重いッ)

 さっきまでとは桁違いの速度と威力。ここに来て隠してきた実力を解放した暗殺者は、確実にフェリクスの上を行っていた。

「止まってんな、よォ!!」

 そして、そんな必殺の威力を持った攻撃が、一度で止んでくれない。限界まで力を溜めたバネのように飛び出した暗殺者が、奇もてらいも無く体当たりを仕掛ける。

 これまで高度な駆け引きをしていたからこそ、フェリクスはそれに虚を突かれた。

「がッ」

「オラァ!」

 二人の体が体当たりで接触し、そのままフェリクスに取り付いた暗殺者が、勢いを殺さずに投げ技を放つ。投げ飛ばした先は宿泊施設の壁。空中でクルリと体の向きを入れ換えたフェリクスは柔らかく壁面に着地し、大きな溜めを作ってからもと来た方向へ身体を蹴り出し剣を振り被った。

「オォ!?」

「死ね!!」

 追撃せんとフェリクスを追っていた暗殺者が、ギリギリのところで斬撃を受け止める。

「まだ付いてくるかよッ」

 競り合い、そこから複数回剣と拳を交えてから距離を取る。力と速度で勝る暗殺者と、それを合理的な剣術で捌くフェリクス。戦いが長引く程に研ぎ澄まされていく両者は端から見たら拮抗していて―――

 されど、当の本人たちは、既に勝敗を予測していた。

 暗殺者が笑みと共に拳を放つ、フェリクスが無言で剣を閃かせる。

 戦いはさらに加速していく。


??


 視界に届く範囲の全てのものが、戦闘の煽りを受けて破壊し尽くされ、宿泊施設の壁も倒壊している。辺りは血生臭さに包まれており、そんな地獄に立つ者が二人。

「まさか、ここまでやるとはなァ」

 獰猛な笑みを深める暗殺者。漆黒の外套は幾重の攻防を経てボロボロになり、その奥から僅かに覗く素顔は血に塗れている。左腕は折れ、足も引きずっている状態。明らかに満身創痍、それでも目は死んでいない。

 暗殺者が向ける視線の先、フェリクスは、剣を杖代りにしてようやく立っているという様子であった。暗殺者以上の負傷は、その場に立っているだけで足元に血溜りができるほど。焦点の合わない視線を、何とか暗殺者に向けている。

「俺をここまで追い込んだのは、お前で三人目だ。誇っていいぜ」

「勝手に終わらせるな。気が早い」

 フェリクスが手元に魔力回路を組み上げた。死の一歩手前でありながら、その構造には僅かばかりの粗も無い。

 フェリクスが描いた魔力回路は、第六階梯光属性魔術ボルテックスを発動させるためのもの。軍用魔術に属する、高い殺傷能力を有する魔術だ。

 フェリクスの手の内で魔術の光が迸り、人間を十回殺しても有り余る雷撃が放たれた。

 周囲の瓦礫を砕き直進する雷光。石材すら貫通するそれを、暗殺者は感電する様子もなく素手で殴り散らした――――直後、その体がガクンと傾く。

「チィッ」

 地面がぬかるんで足を奪う。そこへ、上段からフェリクスの刃が振り下ろされた。瞬き一つ許されぬ刹那、暗殺者はぬかるみに突っ込んでいない方の足に重心を移し、それを軸足に一回転。斬撃を回避すると同時に、正面から踏み込んできたフェリクスの背後を取り、回転した勢いを殺さず拳を振り抜く。

 一瞬にして背中を取られたフェリクス。しかし彼もまた身体を回転させ、暗殺者とは反対方向から拳を迎え撃つ。

「ハッハァ!!」

 競り合うのは一瞬。押し負けたフェリクスがぐらつき、さらに勢い付いた暗殺者が連撃を繰り出す。

 骨折している左腕を度外視して繰り出される拳打の数々。それを捌いていくフェリクスの剣術や魔術の扱いは、一見完璧に見える。しかし、実際に攻撃している暗殺者は、既に気づいていた。

「お前、最後に戦ったの何時だよ?」

 英雄に比する実力者であるはずのフェリクスに見られる僅かなブレや動作の無駄。暗殺者はそれを、男が長い間戦いから身を引いていたがゆえのものだと考える。

「お前には関係な―――ッ!?」

 暗殺者の拳に反応しきれなかったフェリクスが、ガード越しに吹き飛ばされる。あまりにも段違いな威力。そして、

「オラァ!!」

 段違いの速度。

 吹き飛ばされるフェリクスに追い付いた暗殺者が、転がっていく無防備な体に蹴りを叩き込んだ。

「ぐっぁ」

 暗殺者とフェリクスでは、素の身体能力に差が有りすぎた。それを覆して戦うのが歴戦の魔術師というものだが、暗殺者から見てフェリクスの魔術は、何故か不馴れな様子を感じさせた。そう。まるで、初めて実戦に出たかのような―――

(いや、それは有り得ねェ。初陣にしちゃあ実戦慣れしすぎてやがる。こいつは、大勢殺してきた野郎だ。だが、だったらこの慣れてない感じは何なんだ?)


 初々しさ、手探りな感覚がどうしても抜けない。歴戦でありながら素人めいている。

 理解できない。―――それが、恐ろしい。

 無意識に恐怖した暗殺者が、フェリクスに止めを刺そうと渾身の力を込めた掌底を繰り出した。

「じゃあな、それなりに楽しかったぜェ!!」

 未だ体勢を立て直せていないフェリクスに、それを防ぐ手段はなく―――

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