第35話 闇夜に舞う二つ星
「嬉しいねえ。お前みたいなデケェのがいるなんてよ」
暗殺者の格好をした武人が笑う。彼が言うデカイは、身体的特徴を指した言葉ではない。フェリクスの体躯は平均的。であればその言葉の本意は、存在感、強さにこそあった。
「俺も嬉しいぞ」
清廉な笑みを浮かべるフェリクスが、緩慢な動作で剣を抜き放った。月光を反射して輝く剣身、稀に見る業物である。そして笑顔の男の雰囲気は全くそれに劣っていない。
暗殺者が求めるのは心身を充足させてくれる闘争であり、フェリクスという存在は血で血を洗う死闘を予感させた。
依頼を受けた暗殺者と、生徒を守るために戦うフェリクス。互いに意思は明確。であればこれ以上言葉を交わす必要はなく、戦闘は唐突に始まりを告げる。
暗殺者がフェリクスを討たんと一歩を踏み出した。何気ない動作。道行く一般人の歩みと大差ないその自然な踏み込みで―――石畳が砕けた。
そして、破片が飛び散るより速く、暗殺者が彼我の間合いを蹂躙する。次の瞬間には暗殺者がフェリクスの目の前にいた。それはあまりにも常識外れの超加速。零から百に上がるまでの時間が短すぎる。
度肝を抜く暇すら与えない加速から先制打を放つのが、この暗殺者の必殺の型である。この戦法の前に敗れた達人は数知れず。それは今回も変わらない。フェリクスの懐に潜り込んだ暗殺者が、音を置き去る速度で拳を打ち込んだ。
速度、角度、タイミング、全てが完璧。回避は間に合わない。
それなのに、
火花が炸裂し、爆音が轟く。
フェリクスの剣が暗殺者の拳を受け止めていた。そして、受け止めた瞬間に剣身を傾けて暗殺者の拳を外側に滑らせ、即座に敵の首筋目掛け二の刃を放つ。
「オォ!?」
迫る死の一閃。暗殺者は外側に向く力に逆らわずその方向へ体を捻り、回し蹴りを敢行。つま先で剣の腹を叩き窮地を脱する。
落ち着いたところでフェリクスを視界に捉え―――視界いっぱいに拳が映る。
暗殺者は咄嗟に顔を横に反らした。その直後、彼の顔の真横をフェリクスの拳がぶち抜く。拳の端が僅かに掠めただけで頬肉が弾け飛ぶ威力。直撃は死を意味する。
大きく後退しながら、暗殺者は笑った。
(やっべ、コイツ本物じゃんかよ)
「つええ、けどッ!俺も負けてねぇな!!」
笑って、後退からの前進、そのまま拳を振り抜いた。タイムラグ無しにそれができるのは天性の才能だろう。体のバネがあまりにも優れ過ぎている。
「ぐっ」
再び拳を剣で受け流そうとしたフェリクスが、今度は威力に押し負けて大きくよろめいた。
「まだまだ行くぜェ!!」
初撃でフェリクスの体勢を崩し、そこからは圧巻の手数。体のバネを存分に活用した攻撃は、圧倒的な速度と重さを備えており、繰り出される無数の拳打はその全てが必殺である。フェリクスは受け流すこともできずに、一つしのぐ度にバランスを崩していく。
「貰ったァ!!」
数十の攻防の果て、フェリクスが致命的な隙を晒した。そこへ絶対の一撃が叩き込まれる。
―――だが、忘れてはならない。体術と剣術で応戦しているフェリクスだが、彼は同時に魔術師でもあるのだ。
体勢を崩しながらも、フェリクスが魔力回路が組み上げる。集中を切らせば即死という接近戦の最中、出来上がった魔力回路は平時の完成度を上回っていた。
この局面で普段のピークを越えてくる。フェリクスは間違いなく怪物であり、
「シャラくせぇ!!」
ぬかるんだ地面を無理矢理踏み込み、虚空から打ち出された無数の炎弾を回避してフェリクスの懐に立ち入る暗殺者もまた、怪物である。
迫る暗殺者。魔術で時間を稼いだフェリクスは既に体勢を立て直しており―――
次の瞬間、両者の中央で拳と剣が衝突する。人間同士の戦闘が奏でたとは思えぬ爆音が、その場を越えて施設中に響き渡った。
(コイツ、マジでつええ)
暗殺者は驚愕した。
力と速度で己が勝っているのにも関わらず、互いの攻撃は中央で拮抗している。タイミングをずらされたのだ。拳に最も威力が乗る瞬間を外すタイミングで、フェリクスは剣を一閃させた。
あの一瞬のうちにそれを実行に移せる技量は恐ろしく、さらに魔術も体術も使えるとなれば、その実力は名だたる英雄と比しても目劣りしないだろう。一つでも悪手を打てば、その瞬間に自分が負ける。
(この男、強いな)
フェリクスもまた、目の前の暗殺者の実力に驚いていた。
負けるはずはない。その前提が覆されるほどの使い手。暗殺者であることが不思議なほどだ。
フェリクスと暗殺者は、自然に距離を取った。間合いを仕切り直したところで、暗殺者が口を開く。
「アンタ、『白氷』より強いんじゃねェの?」
「それはない。戦略的価値を考えれば、どちらが強いかなど一目瞭然だろう」
「寒いこと言うなって。俺ァ、戦争の話してんじゃねぇのよ」
ゆらりと動く暗殺者。ゆったりした動作に惑わされそうになるが、それは高速の世界で行われている。フェリクスとて気を抜けば殺される間合いだ。
「悪いな。戦場は知らないんだ」
「へぇ。そうかね?」
意味ありげに笑みを深める暗殺者。
「何が言いたい?」
「いやあ、なに。俺ァ黒騎士っつう化け物と何度か戦ったことがあるんだが―――」
ゆらりと動いていた暗殺者が止まった。
「お前、全く同じ戦い方すんのな?だが、その割りには顔も体格も声も黒騎士とは合致しねぇ。実際に戦ったからこそ、お前が黒騎士じゃねぇって分かるんだよなぁ。お前、誰だよ?」
フェリクスは微動だにしない。一切の隙無く剣を構え、暗殺者を正面に見据えている。
「揺さぶるつもりなら止めておけ。時間の無駄だぞ。お前たちは一秒も無駄にはできないんだろう?」
「そうなんだけどよォ、あー、もう暗殺とかどうでもいいわ」
「―――」
暗殺者が戦闘の構えを変えた。瞬間、雰囲気が爆発する。明らかにさっきまでとは違う強さ、ここからが暗殺者の全力。
「何よりもお前が気になんだわ。ちょいと本気出すけどよォ、簡単に死んでくれるなよ?」
フェリクスの頬に、一筋の汗が垂れた。
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