第34話 白銀の世界の女王

「モルド様があそこまでやられるって、本当にただの暗殺者か?」

「エリュシエル様が仰られるには、一人図抜けた奴がいるらしいぞ」

「化物かよ。戦いたくないが、それでも少しだけ気になるな」

「まあ、気にはなるわな」

 明るく照らされた廊下を、二人組(ツーマンセル)で護衛が巡回する。

 熟練した軍人の二人組(ツーマンセル)は、攻守のバランスが優れた非常に強力な戦法だ。互いに背中を庇い合うことで攻撃に集中することができ、また状況によっては片方が防御に専念したりと、戦いの幅が広がるのだ。

 ――――生きてさえいれば。

「え?」

 長身の男が、突然倒れ込んだ相方に思わず間抜けな声を上げる。されど戸惑うのは一瞬。『白氷』直属の部下に抜擢されるほどの一流は、即座に剣を構え同時に魔術を―――

「ぐ、ぁ」

 その背後に揺らめく影。手刀が護衛の胸を貫いた。

「他愛ない」

 崩れ落ちる軍人を受け止め無音にて地面に下ろした暗殺者二人は、血に濡れた手はそのままに移動を開始する。照らされた廊下の影から影へ。完全に気配を断った闇が、少しずつ光を侵食していく。

 彼らは一度失敗した。完璧に見えた布陣は、『白氷』、『黒の右腕』、そして謎の男によって徹底的に破られた。ゆえに今度は僅かな油断も隙も慢心もなく、確実に殺していく。彼らは元より高い実力を有している。イレギュラーがその上を往くだけで、一流程度の相手であれば、闇に乗じて葬るくらい造作もないのだ。


??


 人知れず暗殺者が忍び寄る宿泊施設。そこかしこで戦闘が起こり護衛が倒されていき、また、そもそも侵入にすら気付けずに道を抜かれる護衛もいた。しかし、全員が全員殺られる訳ではなく、暗殺者を撃退した者もそれなりにいた。その者らの報告によって、ようやく全体が襲撃を知る。

「配置に付け!」「明かりを絶やすな!!」「生徒に付けた護衛の数は十分なのか!?」「北側を抜かれた!!」「三番隊が殺られた!増援を―――」「裏口はどうした!静かすぎるぞ!!」

 喧騒が増していく。生徒達はその音に恐怖心を抱くしかなく、そんな彼らを見て軍人も不安を抱えてしまう。

 完全なる悪循環。ポテンシャルを発揮できないままに、護衛が一人また一人と討ち取られていく。そして、その混乱に乗じて、更に別の暗殺者が忍び寄る。

 そんな戦場めいた宿泊施設。生徒を集めた大部屋に続く唯一の廊下にて。

「来たか」

 大部屋を守るように廊下の中央で仁王立つエリュシエル。その視線の先に、複数の暗殺者がいた。

「一、二、三、四、五、六。随分と少ないな。その程度の顔ぶれで私を突破するつもりか?」

 並の者では察知できない僅かな影の揺らめき。何処からともなく応答する声が響いた。

「貴様を殺すには十分だ。 殺れ」

 その指示と共に、弾丸のような速度で暗殺者たちがエリュシエルに迫る。狭い廊下の壁を蹴りながらの高速移動。着地点を悟らせない動きは、暗殺者の技術の高さを窺わせた。身のこなしの端々から伝わってくる強さは、明らかに先程の襲撃者より格上。エリュシエルはより厳しい局面を前に笑みを深め―――

 そして、白銀が世界を呑み込んだ。

 一瞬にして周囲の温度が氷点下を下回り、更に下がり続ける。暗殺者の吐息がこの季節ではあり得ない白に染まる。それだけではない。体が凍りつくほどの零度が充満していく。

「な、これは―――」

 生き延びた仲間の報告からエリュシエルの攻略法を得ていた暗殺者たち。味方一人を犠牲にして隙を生み出し、その一瞬を全員で攻める。その通りに作戦を組み、それ以上の詐術を織り混ぜた必殺で以て英雄を屠ろうとし、しかし全てが始まる前に覆された。下がり続ける気温は暗殺者に牙を剥き、既に体を動かすことも出来ず、魔力回路を組もうにもそれごと凍らされてしまう。

 一切合切が凍り付く世界に君臨する女王は、銀の髪をたなびかせ無防備に暗殺者へと歩を進める。

「どうした?これで終わりか?」

「ぎ、き、さまっ」

「口ほどにもないな」

 最早喋ることも儘ならない暗殺者。半ば氷像と化したそれを、エリュシエルは指先で優しく押した。力の方向に倒れる暗殺者が、地面と衝突して砕け散った。うら若い乙女の所業とは思えぬ圧倒的な状況。

 それを見て、暗殺者たちは己の敗北と死を悟った。

 一度目の襲撃では暗殺者に遅れを取ったエリュシエルだが、そもそも彼女の本領は対人戦ではない。天賦の才を持つ者すら遥か彼方に置き去るほど圧倒的な魔力量と魔力回路の構築技術を用いて、大規模破壊魔術を発動させ、敵『軍』を相手にするのが彼女の本来の戦い方だ。

 生徒を巻き込む危険を犯せなかったからこその力加減。その全てを発揮した時、エリュシエルの力は一軍に匹敵する。

 暗殺者達は確かに一流だ。しかし、職業柄どうしても修める技術は対人用のものになる。だからこそエリュシエルの強さを個人の枠に抑えられた先程の襲撃では有利に立てたが、ひと度『白氷』が本気になれば、個人の集まりなど容易く飲み込まれる。その結果がこれだ。

「だ、だがっ、われ、われだけ、ではない」

 その言葉を最後に、口を開いた形のまま体の芯まで凍り付く暗殺者。

「死んだか」

 暗殺者たちの絶命を確認したエリュシエルが魔術を解く。そして、もう一度同様の魔力回路を組み上げ始めた。魔術を解かれた暗殺者たちは、凍り付いたままバランスを崩し、地面に倒れて砕け散った。

「我々だけではない、か。それくらい分かっている。だからこそあの男に頼んだのだから」

 大部屋に至る最終関門であるこの場が守られても、他の場所に余裕がなければ意味がない。暗殺者のなかには、大部屋の壁をぶち抜く者もいるだろう。

 だが、動いてはならないエリュシエルは、絶対の安心感をもって大部屋の前に陣取り続ける。


??


 血、血、血。辺り一面に血肉が撒き散らされ、一流であったはずの軍人たちが無惨な死に様を晒している。

 エリュシエルがいる場所とは反対側、裏口が妙に静かなのは、圧倒的強者によって護衛が一方的に刈り取られているからであった。

「雑魚ばっかで話になんねぇ」

 暗殺者の風体でありながらその身に纏うのは武人の雰囲気。英雄の片腕であったモルドを一方的に倒した暗殺者が、地獄絵図の中心に立つ。

「まァ、仕事だからな。仕方ねえか」

 そして無造作に裏口へと歩みを進め―――その足が止まった。

 好戦的な笑みを浮かべる男の視線の先、裏口から出てきたのは、一振りの剣を携えたフェリクスであった。



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おはようございます!さあ今日も投稿しまくりますよ!(7~8話くらい)

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