第33話 交わらない心

 二百人あまりの生徒を宿泊施設一階の広間に集めた後、エリュシエル達はその隣の部屋を仮の司令官室とし、そこに集まっていた。

 エリュシエル、モルドら階級の高い軍人が数人、加えてルークとフェリクスが重苦しい雰囲気で円卓を囲み、襲撃に関する情報を共有し見解を述べていく。

「襲撃を受けたのは五つの班でした。ルギウス様の班、シャルロット様の班、それから平民だけで構成された班が三つです。襲撃された班の護衛を勤めていた者からの報告をまとめますと、ルギウス様とシャルロット様の班は怪我人が多数出たのに対し、平民だけで構成された班の被害は軽微とのことです」

「何故軽く抑えられた?」

 エリュシエルが問うと、前に立ち説明をしていた軍人は答えた。

「それは推測の域を出ませんが、恐らく敵が襲撃を小規模で行ったからでしょう。襲われた班は五つで、うち二つは明らかに陽動で本気度が低く見えました」

「なるほど。だが、陽動にしてはいささか適当すぎないか?お前の報告が本当なら、敵はより多くの班を襲撃し、こちらの指揮系統を乱すべきだろう」

「確かにそうですね……なら陽動以外にも意味が……」

「まあ、それを考えるのは後だな。いまの私たちに必要なのはもう一度来るかもしれない襲撃に備えることだ。まずはこちらの防衛体制を万全にするのが最優先、敵の意図を推測するのはそれを整えてからでいい」

「了解しました。では議題を対暗殺者の防衛に切り替えましょう。皆さんも、それで構いませんか?」

 進行役を務める軍人が問うと、ほぼ全員が頷いた。が、ルークが真剣な表情で口を開く。

「エリュシエル様。私は講師としてこの場に参加している以上、まず生徒の安全を確実なものとしたいのです。そのうえで質問があるのですが、敵の意図を推測せずに防衛を行うのは少々危険ではありませんか?」

「私もそれには同意見だが、この状況は、それをするには時間も人員も足りないのだ。もし敵の狙いを外したら、我々は敵に裏をかかれながら、少ない人員で生徒を守らなければならなくなる。そのリスクを取るくらいなら、まずは堅実な防衛作戦を立て、その上でどのような場面でも柔軟に動けるよう備えておくべきだろう?」

「確かに、それが最善ですね。失礼いたしました」

「分かってもらえたようでよかった。 他に質問がある者はいるか?いなければ―――」



 エリュシエル中心に軍議は進み、その内容は一時間ほどで煮詰まった。

「というわけだ。ここさえ凌げれば、翌朝には攻勢に移れるだろう。皆の者、命に代えても生徒を守れ。いいな」

「「「はっ」」」

「これにて軍議は解散だ。配置に付け」

 軍人たちが俊敏な動作で持ち場に移動していく。その場に残ったのは、エリュシエル、ルーク、フェリクスの三名。彼らは微妙な雰囲気のなか、互いに顔を見合わせた。

「ルーク殿とフェリクスの二人は、我々の邪魔さえしなければ自由に動いてくれて構わない」

「いやぁ、荒事が得意とはいえ、まさか殺し合いに駆り出されるとは思いませんでしたよ」

 そこで言葉を切り、ルークの雰囲気がガラリと変わる。エリュシエルに十分だと判断された実力通りの威圧感がビリビリと空気を震わせた。

「僕は講師として生徒の安全を守りましょう。最善を尽くしますよ」

「本当に情けないことだが、我々だけでは安全とは言い切れんのだ。そうしてもらえると助かる」

「はい。それで――君はフェリクスさんでいいんだよね?なんだか、随分と雰囲気が変わっているけれど」

 普段から細い目をよりいっそう細めて、ルークはフェリクスを凝視した。

「ああ、俺がフェリクス=バートで間違いない」

「うわぁ、似合わないなその口調」

「ルーク殿はその男と親しいのか?」

 嫌悪感を滲ませて質問をするエリュシエル。『白氷』のフェリクス嫌いを感じ取ったルークは、僅かに首をかしげながら頷いた。

「ええ。フェリクスさんが用務員として学院に来た四年前から、友人として関わりを持っています。まあ、こんなフェリクスさんを見るのは初めてなんですけどね。エリュシエル様とも面識があるようだし、本当に君は何者なんだい?」

「俺はフェリクス=バートだ。他の何者でもない」

 固い口調。言葉の裏に隠された拒絶を感じて、ルークは追求をやめた。

「人には言いたくない過去の一つや二つはあるものだ。そこまで頑なになるなら聞かないよ。でもね――」

「でも、なんだ?」

「僕の生徒を悲しませるようなことをするのだけは、許すつもりは無いからね」

「そう、か」

 フェリクスは目を閉じて頷いた。この状況でルークが言う生徒とは、シャルロットの事だ。

「分かったかい?」

「さあな。俺は移動する。後はお前達で勝手にしろ」

 それ以上の会話を拒絶して、フェリクスは廊下の奥に消えていった。

 ルークは友人の背中を見送ると、エリュシエルに視線を戻す。マーレア最強は、フェリクスが消えていった方を睨み付けていた。


??


 ルークとエリュシエルのもとを離れたフェリクスは、その足で広間横に設けられた治療スペースに向かった。

 夜の闇が辺りを包み込む。護衛が巡回するだけで生徒達の姿も音もない廊下に浮かぶフェリクスの姿は、どこか不安定に映った。

 患者を刺激しないよう、そっと仕切りをくぐるフェリクス。その視界にベッドで横たわる生徒の姿が入ってくる。

 普段、誰よりも高貴さを纏うルギウスは、意識を失って苦悶の声を漏らしていた。

 魔術によって一命は取り止めたが、体に巻かれた包帯は血が滲んでおり、また全身に脂汗が浮かぶ様は安全とは言い切れない。

「誰っすか、ってあんたは」

 ルギウスの見舞いに来ていたらしいシャルロットの班員たちとシャルロットの取り巻き三人が、振り返ってフェリクスを見る。護衛として付いてきたらしいモルドも一緒だ。

 フェリクスは全員に一礼すると、ルギウスの側まで歩く。そして、血で滲む包帯を外して、いつの間に用意していたのか新しいものに巻き直していく。その間、フェリクスの視線は傷口に固定されていた。

「………あなたも見舞いに来たのね?」

 シャルロットが、恐怖や期待に揺れる声で問う。普段通りに戻ってくれ。そんな願望も混ざっていた。

「はい。ルギウス様の怪我の様子を確認しに参りました」

「そ、そうなのね。それなら、いいわっ」

「シャルロット様?」

 ルギウスの手を優しく握っていたカトリーナが、シャルロットの異変に気づいた。おかしい。全てがおかしい。

 確かにシャルロットには弱い一面があるが、こうも分かりやすく取り乱すものなのか。

 シャルロットをこうさせた原因は、状況からしてフェリクス以外には有り得ない。両者の間にどのような関係があるのかは分からない。しかしカトリーナは、尊敬する主を傷付ける者を許すことができなかった。

「あんた、どういうつもりかしら?シャルロット様を傷つけてただで済むと―――」

「大きな声は敵に居場所を伝えてしまいます。お静かになさってください」

「なっ」

 フェリクスがカトリーナの言葉をバッサリと切り捨てる。その間も、彼は変わらずにルギウスの包帯を入念に巻き直していた。鋭い視線を傷口に固定したまま。

 その様子を、というよりフェリクスがここにやって来た時からずっとその姿を視線で追っていたシャルロットは、怖くなった。見舞いとは観察をすることだろうか?こんな風に、穴が空くほどに容態を確かめることを指す言葉だったか?

「あなた、何してるのよ」

「見舞いで御座います。流石に見知った人が倒れれば心配にもなりますからね。シャルロット様もお気をつけください」

 何かが違う。普段の面影を一つも感じさせないフェリクスに、シャルロットはひたすら置いていかれる感覚を覚える。綺麗な笑顔が気持ち悪い。

 包帯を巻き終えたフェリクスがスッと立ち上がる。

「それでは、俺は配置に戻ります。シャルロット様も早めにお戻り下さい。広間を離れていては、護衛をするのも大変ですから」

 その言葉を残して仕切りの外に出ていってしまった。無能用務員と蔑まれていた男の豹変に、誰もが言葉を失っていた。それからしばらく、フェリクスの足音が聞こえなくなるとモルドが呟いた。

「あの方は、ルギウス様の怪我の様子を確認しに来られたのだろう。夜が明けるまで、我々は暗殺者を相手に防衛戦をすることになる。ルギウス様の怪我から、相手がどのような魔術を扱うのかを導き出そうとなさったのだと思う」

「……ぃや、……そんなの、そんなあいつは知らないっ」

 家族を失い、父が豹変し、シャルロットは四年間を孤独の中で過ごした。それ以前の幸せを知っていたからこそ、四年という月日は少女を歪ませ、狂わせ、絶望に叩き落とすには十分過ぎる地獄となった。

 そんな少女が、一度救われた。ふざけた態度を取るフェリクスが何を意図していたのかは、シャルロットも分からない。だが、対等に接してくれて、自分をちゃんと気にかけてくれて、いけないことは駄目だと諭してくれて、魔術まで教えてくれるフェリクスに、シャルロットは救われていたのだ。そのフェリクスが変わってしまった。いいや、違う。元々そういった面があったのだろう。それが、今回の襲撃で出てきてしまった。

(なんで、何で私ばっかり。やだ、一人にしないで)

 心の痛みに耐えきれず、シャルロットはエリナに寄り掛かってただ泣き叫んだ。

 泣いている声を聞いた彼が戻ってきてくれることを祈って。


??


 暗い廊下にシャルロットの痛ましい声が響く。僅かな照明に照らされた廊下を歩く男の顔は、影になって窺えない。

 不意に男が立ち止まる。

「本当に俺は度し難い。そんな資格があるものか」

 暫し迷い、しかしそれを振り切って、今度こそ男は歩き出した。

 時は近い。




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