第27話 男の内心
生徒たちの騒ぎを聞き付けた軍人たちが駆け付け、そこにいる怪しい風貌の男を取り囲む。これに慌てるのは、怪しい風貌の男ことフェリクスだ。
「ちょっ、ちょっと待てって!俺は怪しいもんじゃねぇ!」
「頭頂部から爪先まで怪しいだろう」
そう返したのは、複数の軍人を引き連れて現れたエリュシエルである。
「いや本当なんだって!あんた偉いんだろ?!こいつら収め―――」
「貴様!エリュシエル様になんという口の聞き方を!」
フェリクスの言葉の端を食うように、軍人の一人が剣を抜き放ち叫ぶ。
「ヒィィ!!嘘っ、嘘っす!この方がかの『白氷』だなんて知らなかったんすよ!」
「へりくだっても苛つく奴だなっ」
「理不尽っ!!」
睨み付ける軍人と、怯えるフェリクス。その構図を前にエリュシエルはため息をついた。春も半ばの時期だというのに、彼女のため息は白いモヤとなって空気に溶けていく。
「アイク、剣を収めろ」
「ですがっ」
「裁くのは、正当な手段でここに来たかを確かめてからでも遅くはない。この者が脇に抱えている封筒は、ハーレブルク学院長が重要書類を扱う際に使用するものだ」
「そうだったのですか。申し訳ありません」
エリュシエルに感心しながらフェリクスを睨み付けるという器用さを見せつつ下がるアイクという軍人。
エリュシエルの言葉を聞いた他の軍人も取り合えず剣を収めた。
「いやぁ、助かりました。本当に死ぬかと思いましたって」
「その割には余裕がありそうだがな」
「あり?そうっすかね?」
「その口調は俺のものっす!!」
「おぉ!?ってお前誰だよ!」
「テッドって言うっす!俺と被るんで、その口調は止めてほしいっす!」
それまでは遠巻きに事態を眺めていたテッドが、自らのアイデンティティをよりにもよって無能用務員に侵害され、割と本気で嫌な顔をして止めにかかる。
「ごめんっす!」
「だからやめろって言ってるんすよ!」
「あぁ、これマジでダメだったやつ?ぶちギレてんなって。悪かったって」
テッドのフェリクスに対する態度は最悪だが(一方的)、今の会話はそれなりに知り合った者同士の空気感を感じさせた。それを感じたエリュシエルは確信をもってフェリクスに質問をする。
「お前は学院の関係者か?」
「え?ああ、そうっ―――そうですね。一応こんなんでも用務員やってます」
そう答えた後に、敬語って慣れねぇな、とぼやくフェリクス。
「その言葉は信じよう。が、念のため幾つか確認をしなければならない。ついてきてもらうぞ」
「はいはい」
歩き出すエリュシエル。それに続くフェリクス。まるで連行される犯人みたいだ、とはその場の全員の内心である。
アイクなどが嬉々としてフェリクスの両側を塞ぎ、そうして用務員は兵舎に姿を消した。
「―――ほんっと、なんなのよ」
その一部始終を宿の窓から見ていたシャルロットが、頭を抱えて深刻な声を絞り出した。
??
兵舎の一室に連れてこられたフェリクスは、その内装を見て牢屋のようだと感想を抱く。
魔術で強化された壁、一枚の窓もない空間。おまけに、座らされた椅子の両隣を軍人に囲まれてしまっては、ろくに身動きもとれない。
「で、確認ってなんですかね?」
フェリクスから見て正面の椅子におしとやかに腰掛けるエリュシエル。彼女はフェリクスの左右を固める部下に視線をやった。
「お前達、少し外せ」
「何故ですか!?このような男と二人でいるなど危険です!」
「それは、私が負けるという解釈でいいか?」
「いえ、そういうわけではっ」
「ならば早急にこの場を去れ。二度は言わん。これは上官命令だ」
ヒューっと、フェリクスが下手くそな口笛を披露。エリュシエルの部下は、それに青筋を浮かべながらも退室していった。
向かい合う二人だけになった一室に、外からの声が室内に響いてくる。しかしそれは、エリュシエルが指先を振って魔術を発動させると完全に聞こえなくなった。
「うわぁお。完全に密室っすね。で、俺に聞きたいことって何です?」
エリュシエルはなにも答えずに―――視線に明確な殺意を込めた。
途端、室内の温度が急速に下がっていく。春も半ばを過ぎこれから夏に向かおうという季節だというのに、フェリクスの吐く息が白く染まる。
凍てつく静寂が空間を支配する。緊張すら感じさせない、一瞬の意識の狭間。
フェリクスがふと気が付いた時、彼の周囲に複数の魔方陣が展開されていた。呪術的な紋様を描く魔力回路が伝える魔力は、一秒毎にその強さを増していく。
魔力回路を組み上げる速度、その内部構造と紋様の描き方、そして魔力を流す技術は、フェリクスが普段見せるそれよりも遥かに優れていた。
それだけの絶技を見せたエリュシエルは、平然とした表情に確かな殺気を漂わせながら、無機質な声を発した。
「ふざけた真似は止せ。なんのつもりだ?」
「なんのつもりって、そりゃこっちの台詞で―――」
音もなく魔術が射出される。フェリクスの頬を薄く裂いたのは、氷の刃であった。
「猿真似はやめろ。次はない」
最終勧告。エリュシエルの殺気が強まり―――それを吹き飛ばすほどの存在感が、フェリクスから迸る。
男の口調が変わる。
「次は。次は、ね。俺を脅すにしては生半可な魔術だな」
「鈍った貴様を殺すには十分だろう。現に反応できていなかった」
「いや全くその通りだ。痛いところを突いてくる。くく、流石は『白氷』といったところか。消去法の一番手は伊達ではないな」
男の貌からあらゆる感情が抜け落ちていた。人らしい色が無くなり、無機質な瞳がエリュシエルを射抜く。
情の欠片も含まない冷徹な視線。そこに本当に何も含まれていないことを知り、エリュシエルの表情が微かに歪んだ。それは本人すら気付かない一瞬のこと。次の瞬間にはもとに戻っている。
「汚い身形でよくもそのような大口が叩けるな。殺されたいのか?」
「お前がその気なら俺は既に死んでいる。それが答えだろう? それで、何のつもりで人払いをした?」
「私から伝えるべき言葉などあるものか。貴様の意図はなんだ?なぜここに来た?それを聞かせろ」
「さあな。それこそお前の知るところではない」
「貴様っ!!」
堪えきれない怒りを全身に纏って立ち上がるエリュシエル。その右手に空気が歪むほどの魔力が宿る。
憎悪などという言葉では言い表せないほどのどす黒い感情が、エリュシエルの表情を歪めていた。この世のすべてを呪ってもまだ足りない。それほどの殺意を込めて彼女はフェリクスを睨み付ける。
フェリクスはそれを受け流して立ち上がると、部屋で唯一の扉へと歩き出した。その背中はエリュシエルの感情を受けても、なにも感じていない。
「それが用件なら俺に答える筋合いはない。俺もお前に語る言葉など持ち合わせていないからな。他に無いならもう行くぞ」
「貴様、何故貴様がっ!!」
抑えきれない感情が叫びとなり、彼女の魔方陣が甲高い音を立てて目映い光を発した。だが、その美しい光景とは裏腹に、そこに込められた力が為すのは人殺しだ。
フェリクスに向けられた殺意が熟成する。魔術は発動の瞬間を迎え、氷の剣を射出した。
「悪いな」
そのすべてを魔術で撃ち落としたフェリクスが、僅かに振り返り、
「死に際は自分で定めているつもりだ」
その言葉を残して、部屋を後にした。
残されたエリュシエルは、フェリクスが去っていった扉を見つめ、茫然自失して膝から崩れ落ちた。
「―――何故、貴様なのだ。よりによって、なぜ貴様があの子に近付く?」
〇
兵舎の廊下を進むフェリクス。その表情はとっくにもとに戻り、ヘラヘラとしていた。軍人の神経を逆撫でしながら、ひたすら害をもたらして歩いていく。
「ちょっと!!」
そんな彼に声をかける少女が一人。自慢の縦ロールを振り乱して廊下の反対側から走ってきたのはシャルロットだ。
少女はフェリクスの前で止まると、早速お怒りの声をあげる。
「あんた何やらかしたのよ!!」
「まだなにもやらかしてねぇよ!!」
「まだって、何かするつもりなのね。ってそれより、そもそも何で来たのよ?」
「俺が来ちゃ駄目なのかよ?」
「猿でも分かるようなこと聞かないでちょうだい」
「だよなぁ、来てもいいよな、俺」
「耳が腐り落ちたのね。逆よ」
「はぁ!?おま、お前なぁ!!」
「当たり前じゃない」
シャルロットはそう言って不快感を露にしながらも、その芯には隠しようもない喜色が見えていた。彼女はそれを隠すようにくるりと体の向きを変え、さっさと歩き出す。
「まあでも、折角来たなら私に魔術でも教えなさいよ」
「ヘイヘイ」
面倒臭そうに返事をするフェリクス。彼のシャルロットに向けた視線が、一瞬揺れ動いた。
前を歩く少女はそれに気付かない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます