第26話 まさかの登場
防衛要塞アルレガリアに到着した二学年の生徒たちは、あまりの光景に言葉を失っていた。
戦前には見上げるほど高く聳え立っていたであろう城壁は跡形もなく崩れており、僅かに残る瓦礫の砕け、焼け焦げている様は、当時の悲惨さを物語る。
魔術で強化された城壁でこの有様だ。戦争に巻き込まれた人間がどうなったかなど、考えるまでもなく理解できる。
そんな光景が、城壁の内部にも広がっていた。
―――戦争には金が掛かる。人手もいる。そして人が集まれば食料などの物資が必要になり、そのための物流は大きな流れとなる。遠い昔に駐屯地に選ばれた時から、アルレガリアはそうして発展を遂げ、王都に比肩する都市となったのだ。
だが、その栄光は時代の流れに押し潰された。崩れた城壁から窺える内部。家屋は打ち壊され、大通りの石畳は割れ、人の気配がなくなった都市は、植物に飲み込まれつつある。
たった四年前の栄光が見る影もない。
「まずはこの先にある宿泊施設に向かい、荷物などを預けます。皆さん、護衛の方々から離れないようにして、先生についてきてくださいね。あ、あと建物にも近づいちゃいけませんよ?万が一崩れたら下敷きになっちゃいますからね」
ルークの指示を聞いても、ほとんどの生徒は我を失って周囲を見渡していた。
そして、それは生徒に限った話ではない。
「―――黒騎士様」
アルレガリアは黒騎士の棺でもある。モルドは守れなかった主を思い、静かに心を震わせる。
モルドの他にも、アルレガリア防衛戦に参加していた軍人達が、それぞれの思いを胸に廃墟を眺めていた。
「戦争って、こんなになっちゃうんすね」
「だから言っただろ。楽しくなんかないってさ」
後頭部で手を組みながら、特に関心も示さずに歩いていくリオネル。彼の目は冷めていた。
「リオネルは何も思わないっすか?」
「愚かだとは思うけどね」
「愚かっすか」
リオネルの言葉は、適当なようで的を射ている。考えさせられることの多さに、テッドはうまく言葉を出せなかった。
「テッド、リオネル、エリナ。遅れない内に行くわよ。後でまた戻ってくるんだから」
「そうっすね」
「僕は最初からそのつもりだけど」
なにかと一言多いリオネルにシャルロットは苛立ちを覚える。が、彼女はそれを抑え込むと、未だに壊れた街並みから視線を外さないエリナに、そっと声をかけた。
「エリナ、行くわよ」
声を掛けられたエリナが、一瞬ビクリとして視線をシャルロットに向ける。
「…も……し……」
「後でまた来るのだから、もう少しもなにもないわ。さっきルーク先生が言っていたでしょう?」
「……わ………た」
「分かったなら行くわよ」
「……………っ」
普段滅多に通じない意思が伝わって、どことなく上機嫌なエリナ。シャルロットはその様子を申し訳なさそうに見つめる。
最近まで虐めていた相手が、意思疎通できただけで喜んでくれる。それはシャルロットにとってもうれしいことではあるが、エリナが優しすぎるからこそ対照的に自分の汚い部分が浮き彫りになり、罪悪感が沸き上がってくるのだ。
きっとその感情は、許しを得るまで収まらないのだろう。いいや、例え許しを得たとしても、忘れることはないに違いない。
「ねぇ、エリナ………」
「………?」
「………いや、何でもないわ」
シャルロットは謝ろうと声を掛けるも、肝心な決意は呆気なく消えてしまった。このまま時間が解決するのを待てばいいのだと、彼女のなかで悪魔が囁く。
「………早く行きましょう」
情けない顔を見られないよう、誰よりも早く歩き出すシャルロット。その背中を見て、テッドは首をかしげた。
「さっさと謝ればいいのにって思うっすよ。リオネルもそう思うっすよね」
「僕はどっちでもいいけど」
「何でっすか!?」
「だって関係ないじゃん」
「同じ班のメンバーっすよ!よくそんなことが言えるっすね!」
「僕は君の感覚が理解できないけどね。そもそもいじめたのが原因だろ?なのに簡単に許されると思ってるシャルロットさんはおかしいし、普通に接してるエリナも変だよ。僕から言わせればね」
先頭を歩くシャルロットと、その後ろを歩くエリナの肩が震えた。
「まあ、関係ないけど」
どこまでも冷めた態度のリオネル。彼はぎこちない距離感の女子二人を、本当にどうでも良さそうに見つめていた。
〇
それからアルレガリアの宿泊施設で部屋番号などを確認したシャルロットたちは、一旦与えられた部屋に移動していた。
時刻は午後六時時過ぎ。これから遅めの昼食を取り、その後夕方までアルレガリア内部を回っていく予定だ。
「あ、ぁの、エリナっ」
「………?」
今回の課外学習の班は、男子二人女子二人になるよう組まれており、その部屋割りは同じ班の同性と同室になるように決められていた。
幸か不幸かエリナと同じ部屋になってしまったシャルロットは、エリナのような声で話し掛ける。
「その、さっきの話しなのだけれど…………」
逃げていても結果は変わらない。せっかくの課外学習なのだから、今のうちに謝ってしまおう。そう心に決めて、今度こそエリナに謝罪をしようとシャルロットは言葉を発した。
緊張した雰囲気を感じ取り、エリナは挙動不審になって周囲を見回し始める。
「……ぁ……」
丁度シャルロットが口を開いた瞬間、エリナの視線が窓の外に止まり、そして外から生徒たちの叫び声が聞こえていた。
『何であんたがここにいるんだよ!!』『うそでしょ?!どうしているのよ!』
(今度はなによ!!)
たったの一声で雰囲気を壊され、シャルロットは苛立ちも隠さず外を睨み付ける。
「え?」
そして、言葉を失った。
なぜなら、そこにいるはずのない姿を認めてしまったから。
ぼさぼさで伸び放題の黒髪。元の顔立ちは悪くないのだろうが、そのすべてをぶち壊すほど不健康な身形。
―――フェリクス=バート。
ハーレブルク魔術学院の用務員が、アルレガリアに来ていた。
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