第25話 英雄を知るもの
課外学習先までの移動は、都市間を繋げる魔術鉄道によって行われる。シャルロットの四班を含めた複数の班は、エリュシエルの部下数名と共に目的地へと向かっていた。
「課外学習楽しみっすね」
「どこが楽しいんだか」
「リオネルは楽しみじゃないんすか?」
「さっきの説明聞いてなかったのかよ。これから向かうのはアルレガリア防衛要塞の跡地なんだけど」
アルレガリア防衛要塞とは、四年前の大戦で破棄された砦の名称だ。一度も突破されたことがなかった国防の要は、最初で最後の敗北の際に、徹底的に破壊され修復不可能になった。
現在は文化財的な意味合いを以て保存され、宿泊施設なども設けられているが、廃墟同然なことには変わりない。子供が純粋に楽しめる要素など皆無だ。
リオネルの意見は現実を捉えているだろう。
「確かにそうっすけど。でも、あの黒騎士様がマーレアを守り切った砦っすよ!?なにかこう、感慨深いものとかあるかもしれないっす!シャルロットさんもそう思うっすよね!」
「そうね。歴代最強とすら謡われた大将軍が亡くなった場所でもあるもの。何か感じるところはあるかもしれないわ」
「やっぱりそうっすよね!」
「他人が死んだ場所でなにかを感じるとか、本当に思ってんの?」
剣術、魔術、戦術、あらゆる要素で最強と言われた過去の英雄が、マーレアを守るために犠牲にした砦がアルレガリアだ。英雄と共に地に堕ちた要塞は、生徒たちにとって多少なりとも特別な場所である。だが、リオネルは例外なのか、つまらなさそうな顔で窓の外を眺めていた。
根っから意見を否定されたテッドは、向かいの席に座っていた軍人に助けを求める。
「軍人さん。護衛の人たちの中に、黒騎士様を知っている人っていないんすか?」
話し掛けられた軍人は、閉じていた目をゆっくりと開いた。そして、正面に座る四人の生徒を順番に眺め、その瞳がシャルロットを捉えるとハッと短く息を飲む。
「君は―――グラディウスの血筋か」
「え?」
見ず知らずの男にいきなり家柄を当てられたシャルロット。公爵家の娘として顔は広いが、ここまで知られているものかと驚きを露にした。
「ああ、驚かせて済まない。まあ君は有名だからな。それで、あの方を知っているかという質問だったかな?」
向かいの席に座るのは、黒髪で長身痩躯の男だ。一見して強そうな雰囲気はないが、見る者によっては研ぎ澄まされた雰囲気を感じ取るだろう。そして、魔術か武術、どちらの使い手かを悟らせない細い体躯は、実践では厄介の一言に尽きる。間違いなく手練れの部類。
「そうっす!さすがに百人もいれば、誰か一人くらいは会ったことのある人がいるっすよね!」
細身の男はゆっくりと口を開いた。
「会ったも何も、俺はあの方の古い部下だった。あの方が英雄と呼ばれる前、それこそ一兵卒だった頃から知っている」
「まじっすか!!」
「それは本当なの!?」
マーレア王国軍に興味があるらしいテッドと、意外にもシャルロットが食い付いた。いや、その二人の影に隠れて、エリナも耳をそばたててる。
「本当だ。あぁ、俺はモルドと言う。一応百人隊を率いる隊長をやっているが、まあ平民だ。気楽にしてくれ」
「あの黒騎士様の部下だったんすよね?!黒騎士様ってどんな人だったんすか!」
興奮を押さえきれずに質問するテッド。モルドと名乗った軍人は昔を思い出すような遠い目をすると、ことさらにゆっくりと語り始めた。
「マイペースな方だった。あぁ、この場合のマイペースというのは、動きが遅いというわけではない。本当に自分のペースで物事をこなす方だったんだ。誰も追い付けないほどの早さでな。今こうして思えば、あの方はずっと走り続けていたな。そうだ。あのときの話をしよう―――」
??
「―――と、少数の部下を連れて敵陣に切り込み、自らを囮にして敵軍の隊列を乱していたな。あの方の首を取れば、爵位すら手に入っただろうから、敵は必死になって、隊列を組むことすら忘れていた。無茶なことをする方だった。ああ、そろそろ時間だな」
四年という月日が過ぎ去っても色褪せない伝説を築いた英雄を、誰よりもより近くで見ていた男の話は、シャルロットたちの時間感覚を奪うほどの娯楽となった。
一体どれだけ話し込んでいたのか。早朝に鉄道に乗ったというのに、ふとテッドが外を見れば太陽は空高く上っていた。
「………ぁ…」
珍しく自主的に声を出すエリナ。窓越しに彼女の視線が見つめる先、遥か遠くに黒い塊が見えてきた。
「………アルレガリア」
モルドの呟きは微かに震えていた。彼にとってアルレガリアは、長い間支え続けた主が死んだ場所だ。
一拍二日の課外学習の舞台。
これからやってくる二日間の動乱をまだ知らない彼らは、それぞれの思いを胸に堕ちた要塞へと近付いていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます