第24話 

 これから課外学習に向かう二年生の校舎はもぬけの殻になっていた。無人ゆえに、英雄の登場に一拍遅れて沸き上がる生徒達の声が、校舎の中までよく響く。

 二年生校舎の屋上のフェンスを点検していたフェリクスは、一度休憩を挟んで貯水タンクに寄り掛かった。

 普段立ち入りを禁じられているそこには、貯水タンクの他には何もない。誰にも見られない屋上で、フェリクスは一人言葉をこぼす。

「学院も上手いことを考える」

 ―――その声は、エリュシエルのそれよりも冷たい。暖かさはなく、それは虚無を漂わせていた。

「ハーレブルクの生徒はマーレアの次代を担う人材。当然課外学習などの機会には、様々な勢力から狙われることになる。そのための護衛に、まさかエリュシエルを付けるとはな。ああ、刺激になるだろう。アレを見た若者は、まず間違いなく英雄の熱に狂わされる。より魔術を磨こうとするだろうな」

 四年前の大戦で戦死した『魔女』と『黒騎士』は、どちらも七魔導にその名を刻んでいたマーレア王国最強の一角であり、その二人こそが当時の最強を巡って競い合っていた。

 現在の最強と名高いエリュシエルは彼らより一段も二段も劣る。それほどの逸材を一度に二人も失ったマーレア王国は、四年前の大戦の傷を今に残したままであり、今この瞬間こそが他国からすれば二度と訪れないかもしれない攻め時なのだ。

 だからこそ、それに対抗できる優秀な人材を育てるために、エリュシエルが送られてきた。

 憧れは人の将来を容易にねじ曲げる。そして、誰よりも人を惹き付ける輝きに満ちた存在を、民衆は英雄と呼ぶのだ。

 必ずエリュシエルの存在に触発され、魔術に傾倒する生徒が現れるだろう。

 そうすれば、遅咲きであった才能は早く頭角を現すことになる。

「まあ、俺の関わるところではないか」

 貯水タンクの影で男の表情は見えない。ただ、無を湛える声だけが響いていた。

 トントン。

 屋上に唯一付けられた扉がノックされる。

 その瞬間、屋上を満たしていた虚ろな雰囲気がなくなり、間抜けな顔をしたフェリクスが貯水タンクの影からノソノソと出てくる。

「あーい、誰ですか?俺今仕事で忙しいんですけど」

「ここにいたんですか。探しましたよ」

 扉を開けて現れたのは男性講師であった。 

「探したって、またどっか壊れたとかですかね?俺、休憩したいんですけど」

「学院長からフェリクスさん宛の手紙を渡されただけなので、私にもよくわかりません。はいこれ。私は確かに渡しましたからね」

 急ぎの用事でもあるのか、フェリクスに手紙を渡すとすぐに、男性講師は来た道を戻っていった。

「魔導書かよこれ」

 フェリクスの魔力に反応した時のみ開封できるようになった封筒を開き、彼は中身を取り出す。紙面には何も書かれていなかった――――否、こちらも彼の魔力に反応すると、自然と文字が浮かび上がってくる。

 それに目を通したフェリクスは、ゆっくりと天を仰いだ。

「はぁ。分かったよ。俺も行けば良いんだろっ」

 そう投げ遣りに言葉を吐くと、一日分の着替えを用意するために自宅に戻っていくフェリクスであった。

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