第23話 英雄

 二週間という時間は、シャルロットにとってはあっという間だった。

 早朝は魔術訓練、日中は授業、隙間時間を見つけては復習をし、夕方から夜に掛けては翌日の予習を行う。

 まれにカトリーナ達と出掛けることもあったが、その時もシャルロットは手帳を持ち歩いていた。

 無駄の少ない生活。少女にとっては、人生で最も成長できた二週間と言ってもいいだろう。

 ―――それでもまだ、彼女は第四階梯魔術には届いていない。


 課外学習当日。

「班長さんは自分の班員が揃っているかを確認して、先生に報告してくださいねー!!」

 二年生の集合場所に選ばれたグラウンドは、歩くことすら困難な混雑で混沌としていた。騒がしさも半端なものではなく、ルークが声を張り上げてようやく全体に指示が行き渡るほど。

「四班はここよ!」

 班長になってしまったシャルロットが、班員を集めようと声を張り上げる。その周囲には自然と無人の空間ができていた。当然だ。相手はあのシャルロットである。

 テッド、リオネル、エリナの三名がシャルロットの班員なのだが、誰一人としてシャルロットのもとに集まっていなかった。

 若干苛立ちの表情を浮かべながらも、シャルロットは周囲を見渡していく。そしてまず一人目を見つけた。

「――――やっと遠足っすよね。あのシャルロットさんと同じ班っすから、俺すげぇ楽しみなんすよ」

「いいよなぁ、お前は。俺なんて見てみろよあれ。全員―――」

 班員の一人であり、副班長という責任ある立場でもあるテッドは、友人と立ち話をしていた。それを見たシャルロットが堪らず声を荒らげる。

「テッド!!話すのは後にして一度集まりなさい!」

「え?―――あぁ、すみませんっす!」

 集まらない班員に腹を立て始めたシャルロット。テッドは慌てて友人のもとを離れ、彼女のそばに移動した。

「テッド。あなたどこかでリオネルとエリナを見なかったかしら?」

「…………ぁ」

「エリナちゃんは知らないっすけど、リオネルなら見たっす。場所も覚えてるっすよ」

「あらそう?それなら丁度良いわ。私はエリナを探すから、あなたはさっさとリオネルを連れてきなさい」

「アイアイサーッス!!」

「……ぅ…」

 シャルロット様のご命令とあっては断れない。テッドは己の班長に敬礼をすると、サッと反転して人混みに突っ込んでいった。

 その背中を見送りながら、ため息をつくシャルロット。そこへ飛び込む人影が一つ。

「シャルロット様~っ!!」

「今度は何よ――って、カトリーナ。どうしたのよ?」

 人混みを突っ切ってシャルロットに抱きついてきたのは、取り巻き三人衆の一人、カトリーナであった。彼女は涙を流してシャルロットにすがり付く。

「シャルロット様と同じ班になれないなんて、私はもう駄目ですわ!!」

「貴女は班長に迷惑を掛けていないで、さっさと戻りなさい!!」

「大丈夫ですわ。わたくしの班は既に点呼を終えていますの」

「そういう問題じゃないでしょう!」

 人のことを言えた柄ではないが、シャルロットはあまりに勝手が過ぎるカトリーナにため息を隠せなかった。

 だが、今日のカトリーナは何を言っても全く引いてくれない。シャルロットは説得を諦め、エリナを探すことにする。

 それからしばらく。カトリーナがルギウスに引き摺られて帰っていくなどの事件があったが、未だにエリナを見つけられないシャルロット。そんな彼女のもとにテッドが戻ってきた。その隣には赤毛の少年がいる。

「リオネルを連れてきたっすよ!」

「よくやったわ!こんな人混みの中でよく見つけられたわね」

「この赤毛が目立つっすからね」

「………人を目印みたいに言うな」

「だってそうじゃないっすか」

「………ぁ……の」

 テッドにワシャワシャと頭を掻き回されたリオネルは、鬱陶しそうにその手を振り払った。全体的にマイナスオーラの迸る、どことなく卑屈そうな生徒だ。

「そんな話も後!早くエリナを探すわよ!」

「……ぅう………」

「じゃあ、俺探してくるっす!」

 言うが早いが、テッドは再び人混みの中に飛び込んでいった。シャルロットも周囲をよく見渡して綺麗な鳶色の髪が見えないかを確認していくが、なかなか最後の一人が見当たらない。

「リオネルも探しなさいよ!」

「いや、探すも何もなくない?そこにいるじゃん」

「え?」

 混乱するシャルロット。リオネルが指差した先、すぐ近くに、確かにエリナがいた。

「え?あれ?」

 ずっと皆の側に立っていたエリナは、申し訳なさそうに俯いていた。

「エリナ、いたならいたって言いなさいよっ」

「……ぁう……」

 エリナなりにアピールはしていたのだ。二百人に迫る人混みの中でその声は掻き消されていたが。

 怒声に怯えて肩を縮めるエリナ。誰も言うことを聞かない苛立ちを向ける先が分からなくなったシャルロットは、取り合えずリオネルに当たった。

「いたって知っていたなら、なんでもっと早く教えないのよ!」

「だって聞かれてなかったし」

「ああもう!!!」

 出だしから不安な四班であった。



「はぁ、はぁ、っ、はぁ!ルーク先生!四班揃いましたっ」

「し、シャルロットさん?」

 異常に疲れた様子のシャルロットを見て、ルークは素っ頓狂な声をあげた。

「大丈夫ですから、気にしないでください」

 全体をまとめるルークには、シャルロット一人に構っている時間はない。それを察した彼女は、報告を済ませるとさっさと戻ってしまった。

「何かあったのかな?」

 エリナ関連で問題が起きたわけではないようだが、シャルロットの班が気になって仕方がない様子のルーク。しかし、大事になっていないならそこに割く時間は無い。

 ルークは意識を切りかえると、他クラスの担任と状況確認をしてから、整列を終えた生徒達の前に立った。

「それでは皆さん、これから課外学習先への移動を始めます。一泊二日ということで――――」

 生徒にとってはありがたくもなんともない注意事項の数々を、淡々と述べていくルーク。眠気に負けて落ちていく生徒が多数出るほど長々と語られたそれは、一泊二日だからこその内容だ。

 だが、その注意事項も十分もすれば終わった。途端に騒がしさを増していく現金な生徒たちに苦笑しつつも、ルークはもう一つ残った伝達事項を伝えていく。

「先生、実はまだ伝えることを残しているので、まだ私語はしないでくださいね!」

 ようやく面倒な話から解放されたと思った生徒達からブーイングが上がる。だがそれは、次にルークが放った一言によって歓喜の叫び声に変わった。

「例年通り、この課外学習には王国軍からの護衛が同行します。今回の方々は凄いですよ。今から皆さんの前に来ていただくので、失礼の無いようにしてくださいね―――では、どうぞ!」

 紹介を受けて生徒達の前に出てきたのは、総勢百人からなるマーレア王国軍の精鋭だった。

 魔術師のローブを羽織った彼らは、一人一人が一騎当千の猛者である。ローブに付けられた階級章は彼らが軍で上位に位置する者であることを示し、その身に纏うオーラとでも呼ぶべき存在感は息苦しさすら感じるほど。

 しかし、生徒達の注目を引いたのは、その軍人達ではなかった。魔術のみならず武術をも修めた正真正銘の強者が百人もいながら、輝くのはたったの一人。隊列の先頭に立つ銀髪の乙女を見て、その圧倒的な存在感に呑まれて、生徒たちは言葉を失った。

「マーレア王国軍第三魔術師団長、エリュシエル=フォン=リンドブルムだ。七魔導の『白氷』と自己紹介した方が、諸君らには馴染みがあるだろうな」

 七魔道。現在は空席が多く二人しかいない魔術師の頂点、その一人であった。

 軍人の一人一人が圧倒的な存在感を放つ。仮に第二学年の成績上位者全員を合わせたところで、その力は軍人一人にすら遠く及ばないだろう。


 極まった猛者の群れ。しかし、それだけの軍人が百人も揃っていながら、場の支配者は彼らではなかった。

「マーレア王国軍第四魔術師団長、エリュシエル=フォン=リンドブルムだ。七魔導の『白氷』と自己紹介した方が、諸君らには馴染みがあるだろうな」

 白銀の長髪を風にたなびかせながら、凍てつく美貌の乙女が美しい口許から言の葉を紡いだ。

 静かに、されど芯に突き刺さるような鋭利さを伴って語られた言葉は、冷たく生徒たちに響き渡る。

 ただ立っているだけで軍人百人の存在感を消し飛ばしたエリュシエル。彼女こそが、マーレア王国軍最強の一角、七魔導の『白氷』である。

 四年前の戦争で『魔女』と『黒騎士』が亡くなった後、マーレア王国軍最強の英雄と目される人物だ。

 生徒たちの目を焼き尽くす恒星が如き煌めき。研ぎ澄まされたエリュシエルの声が浸透する。

「此度の課外学習には我々が護衛として同行することになった。もう分かるだろうが、こちらの代表はこのわたしだ。短い時間になるが、よろしく頼む」

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