第21話 シャルロットの悩み

 早朝の学院。シャルロットとフェリクスにとってここ数日で日課となった魔術訓練は、今日もひっそりと行われていた。

 フェリクスが誰の目にも映らない場所でシャルロットに技術を伝えるのは、自らの実力を隠蔽するためか。

 フェリクスの魔術が日の目を浴びれば、彼は仕事も名誉も女も金も、何もかも好きなだけ手にできるに違いない。しかし、彼はこんな場所で燻ることを選んでいる。

 シャルロットは目の前の男の瞳をぼんやりと見つめた。黒く、何処までも落ちていくような深みがある。これほどの引力がある瞳に、なぜ誰も気が付かないのか。それが不思議でならない。

「おい、魔力回路が滅茶苦茶になってんぞ」

「え?あぁ、そうね」

 慌てて魔力回路を組み直すシャルロット。フェリクスは完成したそれの内側に意識を向けると、微妙な表情で頷いた。

「まあ及第点だな」

「結構良くできたじゃない」

「結構良くできた、じゃあ駄目なんだよ。いいか?本番で練習以上の成果を発揮できると思うな。人間はそんな便利な生き物じゃねえし、お前なんて特にそうだろ?絶対本番に弱いタイプだろ?」

「うぐっ」

「練習の百パーセントは、本番の七十パーセントだ。それくらいのつもりでいないとな」

「分かったわよ!」

 叫び、しかしフェリクスの言葉に納得はしているのか、集中を取り戻すシャルロット。再び魔力回路を組み上げ始める。

 最近はずっとこの繰り返しであった。特定の魔術を練習するのではなく、フェリクスが出す指示通りにひたすら魔力回路だけを組み続ける。それが授業での結果に繋がっているのだ。

「おい、だから魔力回路がグチャグチャになってるって」

「え?」

 シャルロットは手元の魔力回路を、内側まで解析してみた。確かにフェリクスが言った通り、普段は平坦に作れている道が凸凹になっている。

「おかしいわね」

「おかしいのはお前だよ。ここ最近なんか考え込んでるみたいだけどよ、悩み事でもあんのか?」

「……悩み事、なのかしらね」

 エリナの事を思い浮かべ、シャルロットは表情を暗くした。

「ま、言いたくないなら聞かないけどな。魔術は悪い意味で精神状態に左右されるから、気持ちの整理くらいしとけよ」

「………なんで良い方向にはいかないのよ」

「魔術は技術だぞ?技術ってのはそれをどれだけ知ってるか、あとはどれだけ慣れてるか。多少の上下はあっても、精神状態で大幅に強くなるようなもんじゃねぇ。数学の公式を覚えてないのに、ハイになってるからってテストで満点取れるかよ?」

「夢がないのね」

「だからこそ練習で結果を出しとくんだよ」

「分かったわよ。ところで、あなたってやっぱり教えるのが上手いのね。今の数学の例えは、さっき言っていた練習と本番の事でしょう?」

「まあな」

「講師でもやればいいじゃない。用務員ではなくて」

 シャルロットの言葉に、フェリクスは心底面倒くさそうな顔をした。

「いや流石に無理だろ。めんどいし、魔術を教えることは出来ても、生徒のお悩み相談なんてできないからな」

「それって今の私の事を言ってるのかしら?」

「ま、そうだな。試しに言ってみるか?解決できるかは分かんないけど」

 冗談半分でそう言ったフェリクスは、シャルロットが暗い顔で口を閉したのを見て顔をしかめる。少女の抱えた問題はそれほど大きいものなのかと、フェリクスは声をかけようとした。だが、それより先にシャルロットが口を開く。

「ねぇ。馬鹿にしないで聞いてくれる?」

「んだよ」

「その……」

 自分の恥を晒す恐怖心、羞恥。様々な感情で顔を真っ赤に染めたシャルロットは、何度も躊躇した後にようやく言葉を発した。

「私が虐めてた、エリナのことよ」



 その日の放課後。ルークは生徒のいなくなった教室で、翌日に配るプリントの整理をしていた。そんな時だ。廊下から、こちらに向かって走ってくる足音が響いた。相当速い。

 若干警戒しながら扉を見つめるルーク。右手には発動待機状態の魔術を忍ばせる。

「おいルーク!」

 はたして姿を現したのは、長い距離を走ってきたのか服装が乱れたフェリクスであった。

 ルークは笑みを絶やさずに言った。

「お金なら貸さないよ?」

「酷いな!?第一声がそれかよ!つーか、俺お前に金を無心したことなんてねぇだろ……五回くらいしか。って、今はんなことはどうでもいいんだよ」

「ははは。それで、何の用だい?」

 相当な距離を走ってきたというのに全く息があがっていないフェリクスは、一つ間を置くとはっきりと言った。

「二週間後に、一泊二日の課外学習があったろ?」

「確かにあるけど、それがどうかしたのかい?」

 生徒の事など気にしたことがないフェリクスの口からその言葉が出てきたことにルークは内心で驚く。そして、次にフェリクスの口から発せられた言葉が、更にルークを驚かせた。

「なに、簡単な話だ。シャルロットとエリナを同じ班にしてほしいんだよ」

 その一言で、ルークはすべてを悟った。

 シャルロットの、授業の成績から生活態度までの全ての変化が、この男に起因しているのだと。

「いいよ。というより、僕もそうしようと思っていたところなんだ」

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