第20話 シャルロットの成長

 魔術の授業で実験室に集まったルークのクラス。彼等は各班毎に別れて、指定された魔術を魔力回路の内を意識しながら発動させていた。

 生徒たちの様子を見回っていたルークが、これはという表情を浮かべてシャルロットの班で立ち止まる。

 彼の視線の先にあるのは、シャルロットが組み上げた魔力回路であった。

「………短い間に随分と腕を上げましたね」

「え、私ですか?」

「はい。とても素晴らしい回路です。これならば、二割五分ほど消費魔力を抑えることができるでしょう」

 ルークに誉められたシャルロットの顔に華が咲いた。純粋な喜びからくる笑顔、それはただひたすらに美しい。以前の彼女を知るクラスメイトはギャップに驚き目を奪われていた。

「一体何があったんだ?」

 静かに悔しさを噛み締めるのは、エリナに次いで魔術で好成績を残していた生徒、ルギウス=フォン=シュナイザーだ。

 エリナが持つ才能は、上位貴族の彼をして例外と思わせるほど高みにあった。誇りや矜持では覆せない現実を前に、諦めが着いた。

 だが、シャルロットは違う。彼にとってのシャルロットとは、凡人が努力を積んで秀才に至った存在だったのだ。

 才能、努力。双方共に負けているつもりはなかった。だからこそ、現状に理解が及ばない。

(何が彼女を変えた?)

 上位貴族であればこそ、そのプライドは人一倍強い。彼はそれを表に出さない強さを持っていたが、その分言い表せない感情が心の奥に沈澱していった。

 ルギウスがシャルロットの周囲を調べ、その裏にある超一流の魔術師の存在に気づくのは、もう少しあとのことである。




「最近のシャルロット様は凄いですわ!」

「そうかしら?」

「そうですわ!もう、取り巻きをしている私たちの鼻が高いというものです!」

 取り巻きをしている自覚はあるらしい三人衆は、今日も今日とてシャルロットに傾倒している。

 廊下のど真ん中であることなど思慮の外。生徒たちは迷惑そうな顔をしているが、お構いなしに興奮した様子のカトリーナがシャルロットに詰め寄った。

「ああ、どうしたらシャルロット様のようになれるのでしょうか」

「どっ、どうしたらって………別に私はそこまでじゃないわよ」

「そんなことはありませんわ!ねぇ皆さん!」

「そうですよ」

「私もそう思います」

 ヒルダとコーレリアもカトリーナに同意した。

 それほどに最近のシャルロットの成長は素晴らしいのだ。

 最近までのシャルロットの実力はエリナに大きく劣り、ルギウスにも及ばなかった。それが今や、エリナに迫る勢いで成長しているのだ。

 先程の授業でエリナは魔力消費を四割抑えた魔力回路を組み上げて見せたが、それは例外。その他に、シャルロットに勝るものを組み上げられた生徒はいなかった。

 ―――そして、シャルロットが注目を集めているのは、なにも魔術の腕前だけではない。

「あ~、私もシャルロット様みたいになれたらなぁ」

「そんな恥ずかしいことを大声で言うんじゃないわよ。あとカトリーナ、ここだと皆の邪魔になるわ」

 自分達が廊下を塞いでいることに気付き、シャルロットはスッと脇へずれた。当然取り巻き三人もそれに倣う。

「シャルロット様はお優しいのですね。あー、シャルロット様のようになれたら、素敵な殿方に出会えるのに」

「カトリーナはそのままで十分魅力的よ」

「ガフッ!?」

 獣のような声を上げて倒れ込むカトリーナ。慌てた様子でコーレリアが支えた。

 これだ。魔術の腕より、何よりも彼女が視線を集めているのは、この変化だ。

 以前の傍若無人な態度はすっかり鳴りを潜め、シャルロットは人が変わったように優しくなった。

 正確には『元に戻った』が正しいのだが、彼女がおかしくなったのは四年前に父親のエドモンドが豹変してから。それ以前のシャルロットは、社交界くらいでしか姿を現さなかったため、優しい頃を知る者はほぼいない。

 改心したシャルロットは、類い稀な美しさを持つ心優しき公爵令嬢だ。それも、世が世なら傾国すら為すであろう次元の、しかも限りなく純度の高い王族の血を引いた。

 注目されるなという方が、無理のある話だった。

 全てが上手く回り始めている。これまで何一つとしてプラスに恵まれなかったシャルロットは、人生で初めての高揚感に包まれていた。

 だからこそ、たった一つ残った汚点が少女の心に影を落とす。

 荒れ狂う感情に任せて傷つけてしまったエリナを、このままにしていいのかと。

(謝らなくちゃいけないのよね。謝って許されるかも分からないけれど………)

 今更ながら事の重大さに気づいたからこそ、シャルロットは謝罪に行くのを躊躇していた。やったのは彼女自身だが、許されないかもしれないと思うと恐怖心で決意が揺らいでしまう。

 人間は誰しもそういうものだ。自分が傷付くと分かってしまえば、例え自分に非があったとしても必要な道を避けて通ろうとする。

 それを踏み越えて行動を起こすことは、並大抵の意志ではできない。未熟な子供であるシャルロットには心の強さが足りていなかった。

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