第14話
「へえ。そこは強めに魔力を通すのね。その二つ先の魔力回路はどうやって組み上げるのよ?」
「うるせぇな。消えてくれないなら、せめて黙っててくれ。気が散って作業に集中できないだろうが」
シャルロットの下着が白であることが判明したあの日から二日が経過し、その間にフェリクスの生活に一つだけ大きな変化が訪れた。
そう。
扉やその他の設備を直す際に、シャルロットが同伴―――というより一方的についてくるようになったのだ。
教えてもらえないなら勝手に見て学ぶ、とは一昨日の彼女の言葉だ。
それ以来フェリクスは、魔力回路を組み上げる度にシャルロットに付きまとわれていた。
「あー。あー?ったく、これ誰かが勝手に回路弄っただろ。グチャグチャになってんじゃんかよ」
ため息混じりの愚痴をこぼすフェリクス。その横から顔を寄せたシャルロットが扉を覗き見た。
「確かに酷いことになってるわね。いつもこんなになってるのかしら?」
「しれっと会話しようとすんなよ」
「私だって好きでしている訳ではないわ。あなたの魔術を近くで見るために、人間関係を円滑にしているのよ」
「円滑じゃねぇけどな!?」
都合の悪い言葉は完全無視。シャルロットは真剣な眼差しを扉の魔力回路に向けた。
「早く直しなさいよ」
「ああサボりてぇ」
「もしそんなことをしたら、私がお父様に言い付けてやるわ」
「そうかよ。つーか、そもそもだ。何でそんなに強くなろうとしてんだよ。お前は十分優秀だってルークから聞いてるぞ?」
フェリクスとしては、シャルロットを追い返す口実にでもなればいいなという程度の、軽い台詞だった。
しかし、口に出す側と受け取る側の価値観が同じとは限らない。
シャルロットは真剣な―――だがどこか影を感じさせる表情を浮かべると、静かに言葉を吐いた。
「お父様に追い付くためよ」
「―――お父様に、ねぇ。ありゃ英雄だろ?普通に考えて、『天輪』に追い付くなんて無理じゃねぇの?」
四年前、マーレアの将軍『黒騎士』が終止符を打った戦争があった。
その戦場で数多の敵兵を殺し、『天輪』の二つ名を得るに至ったエドモンド=フォン=グラディウスは、魔術師としてはこの国で五指に入る単独戦闘能力を持つ。
英雄はあらゆる部分で常人を凌駕している。同じ人間でありながら、最早生き物としての格が違うのだ。
それを目指すシャルロットの現在は、どれだけ多目に見てもせいぜい秀才止まりだ。所詮は凡人が努力で手を伸ばせる程度の実力を持っているに過ぎない。
そして、彼女は天才ではない。例え天地がひっくり返っても、エリナのようにはなれないだろう。
「へぇ、まあ頑張ってくれよ」
「あら、馬鹿にしないのね」
「やめとけとは思うけどな」
「何でよ」
作業に集中していたフェリクスは、顔だけをシャルロットに向けた。そこにあるのは普段通りのおちゃらけた笑顔である。
そして、放たれた言葉もそれ相応にふざけていた。
「お前じゃ無理だからな」
「結局馬鹿にするのねっ!」
「そりゃあ、まだ白いパンツ穿いてるような子供が英雄とか………プププッ。わら、笑い話にもなんねぇって!」
「あ、あんたねぇ!!」
シャルロットは気付いていない。ふざけた笑みを浮かべるフェリクスが、魔力回路を解析しやすいように組み替えていることを。彼からすれば、規格化された扉ですら容易にアレンジを加えられるのだ。
からかうような声が廊下に響き渡る。だが、それを言うフェリクスの目は、全く笑っていなかった。
それから数日間、シャルロットは毎日のようにフェリクスを探し回っては魔力回路を観察するという生活を続けた。
取り巻き三人に何を言われようと、周囲にどんな噂をされようと関係なく自分の道を邁進する。
それがフェリクスの何を動かしたのか、それとも全く別の理由からか、彼は解析しやすい難度の魔力回路ばかりを組むようになる。
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