第15話 お礼

 シャルロットがフェリクスに付きまとうようになってから、一週間ほどが経過した。

 気付かれないように、少しずつ魔力回路の難度をあげていくフェリクス。それを解析し、自らの技術にしていくシャルロット。

 両者の間に指導的な会話があったわけではない。まして、シャルロットには導かれている自覚すらない。

 だが、この一週間は間違いなく少女の実力を高めていた。

 元々、この四年間を孤独で、つまり学院で教わる基礎以外は独学で学んできたシャルロットだ。歩む道先さえ示して貰えれば、吸収は人より早い。それだけの才は、辛うじて有しているのだ。


「―――では、これまで説明した事を応用して、魔力回路を組み上げてみましょうか」

 魔術を交えた実験を行うため、ルークの受け持つ生徒たちは実験室で授業を受けていた。

 今から行う実験は、火属性第二階梯魔術ファイアバレットの発動だ。それ自体は大して難しくもないのだが、ルークは《ファイアバレット》を発動する際の消費魔力量を、通常の九割にまで落とすよう生徒に指示した。

 それなりの魔術師にとっては、全く難しくない注文だろう。だが、生徒の大半は半人前とすら言えないひよっこだ。

 当然、その新しい試みは大きな壁となって、彼らの前に立ち塞がる。

「先生ぇ!いきなり一割減らすとか無理ですよ」

「そうっすよ!俺たちそんなにすごくないっす!」

「インプットばかりが勉強ではありませんよ。蓄えた知識を吐き出すことが重要なのです。先生、皆さんができたかどうかは然程気にしません」

 ルークは笑顔で反論を説き伏せる。

 そして、それからさらに笑みを深めると、生徒たちに言葉を発した。

「とはいえ、流石にできると思いますよ。今回もとある人に協力を要請してましてね」

「またあの人っすか!?」

 テッドが椅子から飛び上がって食いついた。他の生徒たちも、瞳を輝かせてルークの言葉を待つ。

「はい」

「まじっすか!!」

「またあの魔力回路を見られるのかよ!」

「すごいわっ」

 途端に騒がしくなる実験室。エリナも笑みを浮かべながらソワソワしており、口には出さないが興奮している。

「シャルロット様?」

 そんな興奮からは程遠い緊張した様子のシャルロットに、取り巻きの一人が声をかけた。

「平気よ。少し考え事をしていただけだわ」

「それなら良いのですが。体調が優れないようでしたら、すぐに仰ってくださいね」

「わかったわ」

(今日はちゃんとできるかしら)

 二年生でトップクラスに優秀なシャルロットは、魔力回路の難しさをよく理解している。そてその認識はこの一週間でさらに強まっている。

 はたして訓練の成果を出すことができるのか。

 求められる結果と過ぎていく時間。未熟な少女に背負わせるにはあまりに大きな負担が、彼女のなかにマイナス思考を産み出していた。

「さぁ、次はシャルロット様の順番ですわよ」

 声を掛けられても、シャルロットは真剣な視線を手帳に向けたまま反応しない。集中するあまり、外界からの音を無意識下で遮断している。

「シャルロット様?」

「やはり体調が優れないのですか?」

「―――ぇっ?あぁ、大丈夫よ」

 肩を叩かれてようやく我に返ったシャルロットは、《炎弾(ファイアバレット)》の発動式が記された紙に視線を落とした。

 発動するだけなら複雑な公式は無い。ただ、今回は魔力回路の改良が必要で、それが課題の難易度を著しく跳ね上げている。シャルロットは周囲の失敗を嘆く声を意識から切り離し、魔力回路を編んでいく。無心で魔術と向き合い、自然と浮かぶのはフェリクスが見せた魔力回路だ。一切の無駄なく洗練されたその形。

(できたっ!!)

 時間感覚が飛ぶほどの集中。シャルロットがふと気付けば、既に魔力回路まで組み終えた後だった。魔方陣が完成している。

 各班の様子を見回っていたルークが、シャルロットの班の前に差し掛かり、丁度完成したばかりの魔方陣に目を向けた。

「よくできてますね」

「本当ですかっ!」

「はい。実際に発動させてみれば分かると思いますが、これなら魔力を二割ほど節約できるでしょう」

 ハーレブルクは魔術学院の最高峰。並みの学院を出た凡百の魔術師は、そもそも魔力回路の改良を挟むほどの実力もない。それを考えれば、シャルロットの魔方陣の完成度は同世代では破格と言える。

「ふふ、ふふふっ。私だってやればできるのよ」

 シャルロットは笑いながらそう呟いた。それは意図したものではなく、喜びが令嬢としての仮面を破って無意識に現れたもの。だが、だからこそ、その笑顔は何よりも純粋に少女を輝かせた。

 シャルロットを嫌っている生徒ですら、その笑みに見惚れてしまっていた。

??

 後日。

「あ?んだよこれ」

 フェリクスが扉を修理するために実験室に赴くと、ドアノブにフェリクス宛と書かれた紙袋が吊るされていた。

 中に入っていたのは宝石の類いであった。直接現金を渡すのは何となく失礼で、かといって菓子類などは食べればなくなってしまう。そういう意味で、宝石はそのまま取っておくこともでき、換金することもできる万能な贈り物だろう。これの送り主は、それなりに真剣な意志でフェリクスへの贈り物を選んだらしい。

 そして、こういう発想が沸くのは、それなりに富んだ者に限られる。

 フェリクスはすぐに送り主にあたりを付けた。

「はぁ。そんなことのために扉壊すなっての。直すの俺だからな」

 扉を直す彼の横顔は、僅かに笑っているように見えた。

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