第13話 ホワイトOFホワイト

「ふぅ、逃げ出せた逃げ出せた」

 修理しなけれびならない場所があるのは事実だ。フェリクスは魔術によって破壊されたフェンスを慣れた手つきで修理しながら、ホッと一息ついていた。

「そもそも、ルークの奴何してくれてんだよ。魔力回路を残したらああなるに決まってんだろうが。いやまぁ?自分の作品が誉められるのは嬉しいかもしれないけどぉ?」

 ニヤニヤと笑みを浮かべ、大きな声で独り言をし、フェンスを直す不健康な青年。これほど気色悪い光景はない。

 彼が学院を騒がせている魔力回路の作者だと知ったら、今彼に冷たい目を向けている生徒達は何を思うだろうか?

 どちらにせよ、基本的に修繕には大した魔術を使用しないため、作業を見ているくらいでは気付けないが。

 そもそも誰も彼の手元なんか注目しないが。

 そんな彼に熱い視線を向ける変り者が一人。

 ストーカー、ではなくシャルロットである。

 フェリクスの視界の端に、廊下の角からこちらを見てくる少女の姿が映った。

 本人は隠れているつもりなのだろうが、右の縦ロールやスカートや顔の右半分や右腕や、ようは右半身が見えている。全く隠れられていない。

(頭隠して尻隠さず。いや、縦ロール隠さずか?ん?髪の毛って頭の一部だよな?あ?まあいいか)

 そんな下らないことを考えながらも、シャルロットを見た途端に、フェリクスの表情は苦虫を噛んだように歪んだ。だが、それをお構いなしに突き進んでくるのがシャルロットという少女だ。

 ツカツカと歩いてきた縦ロールは、あくまで平静を装ってフェリクスに近付いた。フェリクスに気付かれていたことには、全く気づいていないようだ。

「あら、偶然ね」

「こんな偶然あってたまるかよ」

 フェリクスは寝転がったまま応答しているが、それは公的な場であれば即座に首とお別れすることになる無礼にあたる。

 しかし、シャルロットはなんら気にすることなく、フェンスに視線を釘付けにした。

「何しに来たんだよ。言っとくけどな、お前に魔術を教える気はねぇからな」

「そんなの知ってるわよ。だから勝手に見るわ」

 シャルロットはフェリクスの上を跨いでフェンスの前まで移動し、たった今完成したばかりの魔方陣を観察する。

「やっぱり昨日のあれはあなただったのね」

「あぁ?そうだよ」

「今のは独り言よ。集中したいから話し掛けないで」

「おいテメェ、んなっ」

 反論しようとしたフェリクスは、だが、シャルロットを下から見上げて言葉を失った。

 そこにいたのは、人を傷つけることしか知らない御令嬢ではなかった。

 魔術の深奥を目の当たりにし、それを我が物とするために知恵を振り絞る魔術師。それもまた、シャルロットの一面なのだ。

 いつになく真剣な顔で、なにかを呟いては手帳に文字や記号を殴り書きしていく。鬼気迫る様子で目の前の知識を吸収しようとする様は、勤勉と称することもできるのになぜか陰りを感じさせて―――

 否。

 断ッじて否!!

 シャルロットへの興味が薄いフェリクスが、彼女のそんな顔を見たところで黙り込むはずがない。むしろ隙を見つけたとばかりにからかうだろう。

 ならば、彼が気を取られたものは一体何なのか。

「白、か」

 彼が気を取られたのは、下から見上げた時に見えたシャルロットの下着であった。そう、俗に言うパンツである。

 だがッ、だが一度待って欲しい。ここで彼は責められるべきだろうか、いいやそんなことはない。(反語)

 こればかりは仕方がないのだ。これはフェリクスが悪いのではなく、男をこういうものとして設計した神に罪がある。

 十五歳のシャルロットの身体は女として成熟する過程にあり、子供ゆえの愛らしさと成熟した色香が同居し完璧に調和した姿は、その世代に数人いるかどうかという神秘的な美貌に満ちている。

 夕焼けを落とし込んだような紅い瞳、スッと高く通った鼻筋、その下にあるふっくらした唇。黙っていれば傾国の美少女―――それがシャルロットという少女なのだ。

 そんな女の子の柔らかい生足が、そしてパンツが目の前にあるのだ。見るなという方が無理な話だろう。

「へえー、黒とかはきそうなもんだけど、意外と白なんだな」

「ここが二つ前の回路と繋が―――っ!?」

 冷静に、されど狂ったように魔方陣の解析をしていたシャルロットが、機械のように固まった。

 フェリクスの言葉は続く。

「でもあれだな。白だとガキっぽいな。ああ、まだガキだった――――っぶな!?」

 フェリクスは、己の急所目掛けて振り下ろされた足を、その場を転がって慌てて回避した。そして内股になって立ち上がる。

「なにすんだよ!!」

「そ、そそ、しょれはこっちの台詞だわ!!《この変態!》」

 片手でスカートをおさえ、涙目でフェリクスを指差すシャルロット。そのフェリクスに向けられた指先に魔力回路が形成される。

 怒りのパワーからか、シャルロットは相手に魔術の種類を悟らせない『詠唱崩し』に成功し、さらに魔力回路の質も一段階上がっていた。

 放たれた光の矢をヌルリと回避したフェリクスに、更なる魔術が迫る。

「このっ!《当たれ!》《貫け!》《死ね!》」

「連続詠唱!?嘘だろお前!」

 続けて放たれた三本の矢もヌルヌルと回避したフェリクスは、これは堪らないと風の魔術を発動すると、さらに速度を上げて逃走を開始した。

「待ちなさい!!」

「ちょ、待てって!!学院内暴力!!殺傷事件になるぞ?!」

「そんなの知らないわ!!私の下着を見ておいて生きて返すわけないじゃない!」

「しょうがねぇだろ!!お前見た目は可愛いんだから!」

「っ!?―――っ!!もう殺す!絶対に殺すわ!!」

 突然の言葉。その恥ずかしさから頬を赤くしたシャルロットが、複数の魔術を展開させた。

 いい白だったなぁ。

 背後から迫る魔術を見て、フェリクスはそう思った。

 それから数時間後。

「くそっ、くそっ、なんだってんだよ」

 シャルロットが壊した学院の設備は、全てフェリクスが直すことになった。当たり前である。

 現在時刻は午後九時過ぎ。研究好きの変人講師以外は既に帰った学院で、フェリクスは壊れた場所を直して回っていた。

「あれ?まだいたのかい?」

「ああ、ルークか。お前こそこんな時間までどうしたんだよ」

「僕は、君の魔力回路の保管場所について学院長と相談していてね。いやあ、本当に疲れたよ」

 そう言って苦笑するルークは、本当に疲労が溜まっている様子だ。

「自業自得だな」

「それを言うなら君もだね」

「うっせ」

 普段の五倍ほどの作業効率で魔力回路を組み上げていくフェリクス。それでも魔術の精度は落ちていない。

「それにしても面白かったよ。まさかあのシャルロットさんと鬼ごっこする人が現れるなんてね。職員室はその話題で持ちきりだったんだよ?」

「ああ、そうだな。いい白だと思うよ」

「白?」

「ああ、白だ」

 首を傾げるルークと、首肯くフェリクス。微妙に噛み合っていない悪友二人は、作業が終わるまでひたすら喋り倒していた。

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