第7話 シャルロット襲来

「いつまで人の昼食にたかるつもりだい?!この、させないっ!!」


「ぬぅ。お主、やるのう。名を名乗れぃ」


「ルークだよ!知ってるだろう!?」


「隙あり!!」


「なぁ!?僕のソテーが!!」


 金欠無能用務員が、ルークの皿からソテーを奪い取った。これで三品目の非行である。


「さぁて次はどれにしようかなぁ?」


 ニチャァ、と食事中に見たくもない笑みを御披露目するフェリクス。ここでも二度見の男は健在だ。勿論負の方向で。


「もうやらせなあああああああ!?」


 そして、またもや奪われたルークの昼食。これで四度目の非行である。


 ―――用務員としての仕事はサボるフェリクスだが、ルークの皿から料理を奪う技術は常に成長を続けている。現に、先程から一度として同じ戦法は使っていない。


 いくらルークとはいえ、それを相手にするのは不可能だった。


 そんな下らない、おまけに迷惑極まりない行為に及ぶ二人の周囲は意図的に避けられていた。


 のだが


「―――あなたたち、何時もこんなことしているの?」


 それを無視してツカツカと歩いてきたシャルロットが、あからさまに不快な表情を浮かべながらそう吐き捨てた。


 学院きっての悪役令嬢だ。突然現れるシャルロットほど恐ろしい現象はない。ルークは僅かに警戒しながら応答する。


「シャルロットさん。用があるなら少しだけ待っていてくれないかい?」


「この私を待たせるつもり?いい度胸してるわね」


「済まないね。今、フェリクスさんに皿を襲撃されていてね」


「ふぉふひふふぁへは。ふぁひはへは(そういう訳だ。諦めな)」


「私はね、口の中に食べ物が残っているのに喋れる人間が、この世で五番目に嫌いなのよ。クチャクチャ穢らわしい。死ねばいいわ」


「そうだよフェリクス。流石に行儀が―――ってあああああああ!?」


 今度こそルークは崩れ落ちた。なにせ、皿にはなにも残っていなかったから。一瞬視線を外した時に、フェリクスが容赦なくやったらしい。無能用務員が口一杯に食べ物を頬張っている時点で気づくべきだった。


「うるさいわね」


「だって、だって僕の昼食が」


「また買えばいいじゃない」


「うわぁーお。貴族思考」


「元はと言えばあなたのせいでしょうっ!」


「はは、もうフェリクスさんを怒る気も失せたよ。凄いね君は。あのシャルロットさんがツッコミ役に回るなんてさ」


 トボトボと立ち上がったルークが、財布の中を確認しながらカウンターに向かっていく。それを見送ったシャルロットが、振り返ってフェリクスを睨み付けた。


「いい大人のくせに他人の金をあてにして、恥ずかしいとは思わないの?」


「あいつは俺に借りがあるからな」


「誤魔化しは聞いてないわ。猿でももう少しまともな会話ができるわよ」


「俺は猿以下かよ。で、何の用だよ」


「あなたは敬語も使えないのね」


 その言葉を良いに来たわけではないということは、流石のフェリクスにも理解できた。でなければ、この選民意識が誰よりも高いご令嬢が、学院最下層の人間を訪ねるはずがないのだ。

 もっと重要な事のためにここまで足を運んだのだろう。


 それは、何かを言いたそうにして、しかし苦い表情で口をモゴモゴさせるシャルロットを見ればよく分かる。


「んだよ黙り込んで。一に罵倒、二に罵倒、三、四は無くて、五に罵倒か?今はその三くらいか?」


「私なら三と四も罵倒するわって、そうじゃなくてっ!」


「おお、いいボケ頂きました」


「あんまりふざけていると、お父様に言いつけるわよ!!」


「誠に申し訳ありませんでした。ほんの出来心だったのです。どうかその海よりも広いお心を以て、私めの罪をお許しください」


「キモ」


「え!?」


「ああもう会話が続かない!!」


 ダンッ!!

 苛立ちに任せて机を叩くシャルロット。「痛~っ」という呟きはご愛敬だ。


「いい!!一度しか言わないわよ!!」


「え、ああ、はい」


 シャルロットの気迫に押され、フェリクスが放心気味に首肯く。

 机を挟んだ両者。シャルロットは身を乗り出してフェリクスの耳元に顔を寄せると、周囲には聞こえない声で言葉を発した。


「私に魔術を教えてほしいのよ」


「ふぁぁ!?」


「なによ!?」


 耳を押さえて後ずさるフェリクス。相手はまだ十五歳の子供とはいえ、金髪美少女である。フェリクスがその耳ふーに反応しないはずがない。


「お前、耳に息吹き掛けんな!ぞわっとしたわ!」


「仕方無いでしょうっ!聞かれたく無かったんだから!!ほら見なさい!今日はいつもの三人も連れてきて無いわ!」


 話の内容は確かに死守できた。だが、叫んだことでその場の注目は浴びていることに、シャルロットは気付いていない。


「はぁ、はぁ。で、どうなの?受けるの?それとも受けるの?」


「拒否権が迷子なんだが」


「私が食い殺したわ」


「やべぇよやべぇよ」


 そうであるならば、フェリクスに残された選択肢は一つである。それすなわち―――


「悪いな、縦ロール」


「縦ロール!?」


 縦ロールと言われたシャルロットが、自分の髪の毛を気にしだす。それを見過ごすフェリクスではなかった。


「俺は断る!!」


 目にも止まらぬ速さで食堂を飛び出して行く無能用務員。どうやらシャルロットに魔術を教えたくないらしい。


「ちょっと!?」


 それに慌てるのはシャルロットだ。

 彼女は、王弟を父に持つ公爵令嬢である。フェリクスの雇用条件には当然色を付けるつもりでいたのだ。彼の魔術にはそれだけの価値がある。


 だが実際に恥を忍んで申し込んでみれば、話を交渉のテーブルに持って行く前に、一方的に断られてしまった。この事態は予想外だ。


「待ちなさいよ!!」


 風属性の魔術を体に纏うと、シャルロットはフェリクスを追って食堂を出ていった。




「あれ?」


 ルークが席に戻ってくると、そこには誰もいなかった。


「はぁ、ようやく落ち着いて食べられるよ」


 また奪われることを承知の上で、デザートを頼んだ甘党のルーク、暫し、至福の一時。

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