第6話 決闘後

前書き)

魔力回路や魔方陣、詠唱など急に魔術関連の用語が出てきましたが、これらの説明はもう少し先で詳しく行いますので、気にせず読み進めてください。

――――――――――――――――――――




「―――ってそれ爆発したら体育館直すの俺だからな!?」

 魂を感じさせる絶叫を放ったフェリクス。その両手には、芸術的な美しさすら感じるほど緻密に組み上げられた魔方陣が光っていた。

「なによ、それっ」

 誰よりも先に我に返ったシャルロットが、二つの魔方陣に目を奪われる。

 学年トップクラスの成績優秀者であるシャルロットですら、フェリクスの魔方陣に込められた叡知を読み取ることはできない。

 完璧―――そんな言葉では生ぬるい。それは遠近感すら狂わせる圧倒的な技術だ。遠すぎて、一体どれだけ素晴らしいのかも理解できない領域にある。

 そして、それだけの絶技を見せた男というと――

「壊れてないよな?どこも壊れてないよな!?なぁルーク、俺ちゃんと未然に止めたよな!?」

「僕が見る限りはそうだったね。体育館は無事だよ。いやそれにしても、フェリクスさんの魔術はいつ見ても凄いね」

「よせよ、誉めたって何も出てこねぇからな?」

 最高にキモいにやけ面を浮かべていた。

 しかし、今この場でそれをからかうことができる者はいなかった。フェリクスの魔術はそれだけ異常なのだ。

 一通りふざけ倒したフェリクスは、一転して心配そうな顔でエリナを振り返った。

「おい、大丈夫かー?」

「…ぁ…り……」

「相っ変わらず聞こえねぇな。まあいいか。あー、エリナだっけか?怪我は無いよな?」

 こくり。

 その場に座り込んでしまったエリナは、ようやく助かった実感を得たのか、安心した表情でフェリクスを見上げる。

「最後のなんか相当危険だったんたが、無事ならいいか。帰る前に保健室は寄っとけよ?」

「…は……ぃ」

 フェリクスがエリナを落ち着かせる間、ルークは己の社会的生命と生徒とを天秤に掛け、クビになるのを承知でシャルロットたちと向き合っていた。

「シャルロットさん。僕も魔術師ですからね、決闘を以て優劣を付けたい、相手の主張を潰したいという気持ちは分かります」

「うるさいわね。クビにするわよ」

 普段ならここで引き下がるだろう。だが、事が事だ。ルークは困った笑みを浮かべながらも言葉を紡ぐ。

「すぐ終わりますから、真剣に話を聞いてください。いいですか?決闘をすること自体は反対しません。ですが、私怨で、それも一方的に相手を陥れるようなやり方はもっての他です」

「分かってるわよ………」

「そうよ!シャルロット様にお説教するなんて、あんた何様のつもりよ!」

「カトリーナさん。あなたもですよ?決闘の最後、あなたはエリナさんに魔術を撃ちましたね?」

「それがなによ!」

「魔術師は常人を遥かに越える力の持ち主です。故にその力の振るい方には細心の注意を払わなければならない。それはこの学院に入学して、まず始めに教わることですよね?そんな基本的なことすら忘れてしまったのですか?」

 シャルロットたちが固まった。だが、その言葉に最も驚いているのは、他でもないルーク自身だ。まさか自分が権力を相手にここまで言えるとは思っていなかったのだ。

「ふざけないで!シャルロット様をどこの家の令嬢だと思って―――」

「この件は上へ報告させてもらいます。何かしらの罰は与えられるでしょう。詳細は追って沙汰しますので、そのつもりでいてくださいね」

 細い瞳をなおさら細めて語るルークには、形容し難い威圧感のようなものがあった。シャルロットたちは押し黙る。

「お前なあ、それができるなら最初からやれよ」

「こういう状況にでもならない限り、貴族は僕たちの話なんてまともに聞いてくれないからね」

「オイ」

「ははは――――講師なんてこんなものさ」

 ルークの乾いた笑みが響き渡った。


⚪️


「結局、シャルロットさんは厳重注意で終わったよ。二人の決闘に割り込んで魔術を放ったカトリーナさんは、一週間の魔術封印が施されるみたいだけどね」

「へぇ、思ったより軽いんだな。ま、どーせ学院上層部が札束ビンタでもされたんだろ?そんなもんに使う金があるなら、少しくらい俺に分けて欲しいっつの」

「僕も同感だね。研究費用が全然足りてないんだよ」

「あーあ、それ美味そうだな」

 フェリクスとルークの二人は食堂で昼食を取っていた。

 ハーレブルク魔術学院は、貴族の子弟が生徒の大半を占める学院というだけあって食にもこだわりが強い。

 ルークが頼んだのは常設されているランチセットなのだが、それすら高級店とそう変わらないレベルだ。

 そしてそれとは対照的に、フェリクスは寂しく小さなパンを寂しくかじっている。

 食堂でそんなものを食べているのは当然フェリクスだけ。二度見を誘う男はここでも視線を集めていた。

「ふふ、また負けたのかい?」

「そうだよ!ああくそ、思い出すだけで腹が立つ!!あの時ダイヤの三が出てくれれば、今頃俺は金持ちだったんだぜ!?イカサマだろイカサマ!!」

「だから何時も言ってるだろう。ギャンブルなんかは余った金額の範囲でやるものだって。そんなことで生活に支障を出すべきじゃないよ」

「そんなことって何だよ。お前は分かってねーな」

 ダメ人間ここに極まれり。通り過ぎる生徒たちの彼を見る目は侮蔑に満ちている。

 その視線いつも通り、もう慣れたものだが、フェリクスはふと違和感を感じて周囲を見渡した。

「どうかしたのかい?」

「いや、いつもと視線の質が違うような気がするんだよな………」

「僕には視線の質なんて分からないけど、そうなのかい?」

「ああ。なんかこう、侮蔑に混じって疑いの視線を感じるんだよなあ」

「へえ」

「返事が適当だなおい」

「興味がないからね」

 その言葉にキレたフェリクスが、魔術を用いてルークの昼食を掠め取ろうと試みる。

 ―――そんな下らないことをする彼が、普段と異なる視線を集める理由。それはシャルロットにあった。

 先日の決闘騒ぎでフェリクスの本気の魔方陣を見た少女は、その実力を周囲に語ったのだ。だが、当然それを信じる者はいない。これはシャルロットが悪いのではなく、単にフェリクスの信用の問題だ。その疑いが視線に表れているのである。

 まあ、フェリクスはあまり気にしていないようだが。

「あぁ!?よりによってガーリックチキンを!?」

「はっはっは!美味ではないか!!」

 食堂で騒ぐ大人二人。迷惑の極みである。誰もが二人を避けて通る。しかしそこに近づく人影が一つ。

 シャルロットである。

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