第5話 決闘
ルークに連れられてフェリクスが向かった先は、第一体育館だ。普段なら部活の生徒で騒がしくなるその場所には今、五人しか人がいなかった。シャルロットとその取り巻き、そして虐めを受けている少女である。
「それで?何でこうなったんだよ」
「僕も止めに入ったんだけどね。流石にシャルロットさんをどうこうするのは無理だったよ」
「お前の言い訳は分かったから、訳を聞かせろって。俺を巻き込むんだからそれくらいしろよな?」
繰り返し事情説明を求められたルークは、苦々しい表情で語り始めた。
「事の原因は、魔術の実験の授業中に起こったんだ」
「お前の監督不十分じゃねぇか」
「取り敢えず最後まで聞いてくれないかい?」
ルークの弁解が続く。
「今日行われたのは、魔銅と結晶水を用いて低純度の魔石を生成する実験だったんだ。若干行程が複雑だけど、危険性はほとんど無いね―――生徒が指示に無い魔術を発動させなければ、だけど」
「やっぱりお前の監督不十分じゃねぇか」
「さ、最後まで聞かないとね」
苦し紛れの弁解がまだ続く。
「言うまでもないことだけど、授業で指定されていない魔術を使ったのはシャルロットさんで、それが暴走したことでエリナさんの教科書がダメになっちゃったんだ。エリナさんっていうのはあの子のことね」
「何であの馬鹿女は違う魔術使ったんだよ?」
「自分が優秀なところを示すためだと思うよ。彼女が明言した訳ではないけどね」
「へえー。お前の監督不十分じゃねぇか」
「ま、まだ話は終わってないからね?」
汗ダラダラのルークが何とか挽回を図ろうとする。
「その後が悲惨だったんだよ。日頃から好き勝手にするシャルロットさんは多くの生徒の反感を買っていてね、クラスメイトの半分程がエリナさんの肩を持ってしまったんだ。それに気を良くしないのが、貴族の子どもたち。シャルロットさん対エリナさんという分かりやすい対立構造が出来上がっちゃって、それに怒った取り巻きの三人がエリナさんに決闘を申込んで―――」
これ以上は言わずとも分かるだろう、とルークが目配せをする。フェリクスは呆れ混じりのため息をついた。
「結局お前の監督不十分じゃねぇか。てかなんだ、授業中に学級崩壊してんじゃねぇか」
「僕だって辛いんだよ!?知ってるかい!?シャルロットさんの父親はこの学院に多額の寄付をしていてね、学院長にも等しい発言権を持っているんだ!!しつこく注意したらクビにすると言われた僕の気持ちが分かるかい!?」
権力と善意の板挟みに遭っていたらしいルークの渾身の叫びに、世界が震えた―――なんてことは勿論あるわけもなく。
「煩いわね。クビにするわよ?」
ルークに掛けられた一声は、とどめを刺すものに他ならなかった。
「ほら、ね?これが僕の現状さ」
「俺、用務員で良かったわ。マジで良かったわ。つーか、それなら俺たち決闘止められなくね?」
「あ」
ルークが固まる。
ついでに、こちらに耳を傾けていた虐められっこ少女も固まる。
追い詰められたチワワのように震える彼女は、必死の表情でフェリクスを見たが、無能な用務員はゆっくりと首を横に振るだけだった。
講師よりさらに立場が弱いフェリクスは、長いものに積極的に巻かれていく主義だ。
「悪いな。これが宿め―――あっぢゃぁ!?」
「あなたも煩いのよ。見世物じゃないわ。とっとと消えなさい」
キメ顔でそれらしいことを言いかけたフェリクスに、罵倒と火矢をプレゼントするシャルロット。
どうやらケツを焼かれるのが宿命らしいフェリクスは、下品な悲鳴をあげてその場でのたうち回る。
「………僕は君じゃなくて良かったよ」
不憫な講師の言葉は無視された。
「これで決まりね。講師に止めてもらうことはあなたが提案したのよ、エリナ」
エリナというらしい虐められっこ少女が、半泣きで頷いた。あまりの恐怖に言葉は出てこないらしい。
「じゃあ始めましょう。前から気に入らなかったのよ、あなたのこと」
そう言い切ると、シャルロットは懐から高価な杖を取り出して構えた。
エリナも渋々立ち上り、シャルロットと相対する。
その様子を見て疑問を抱いたのは、ルークに火を消してもらって一息ついたフェリクスだった。
「あ?エリナとかいう女の子、杖持ってねえじゃんか」
ハーレブルク魔術学院は六年制。毎年高難度な進級試験を突破してきた六年生は複雑な魔術を軽々と行使出来るが、反対に一年生は一般人に毛が生えた程度だ。
シャルロットたち二年生はそれなりに魔術を学んでいるが、まだ杖の補助を必要とするのが普通である。
しかし、シャルロットと向かい合うエリナは無手で構えていた。
「これがエリナさんが嫌われる原因だよ。彼女、とんでもなく優秀なんだ」
そう語るルークの手元で魔力回路が組み上がる。口では何だかんだ言いつつも、いざとなったら止めに入るつもりらしい。
「《光の精よ》」
シャルロットの不意打ち紛いの魔術が、決闘開始の合図となった。
決闘では、殺傷能力の高い魔術の使用は禁止されている。それに則ったシャルロットが放った魔術は、殺傷能力の高い火属性ではなく、威力を弱めた光属性であった。
どうやら縦ロールでも最低限の倫理観は持ち合わせているらしい―――そんなのは、魔術をよく知らぬ者が抱く感想だ。
「いやあ、やっぱりシャルロットさんエグいことするなあ」
不憫でも腐ってもハーレブルク魔術学院の講師がそう口にする。そして口には出さずとも、フェリクスも同じ感想を抱いていた。
確かに光属性の魔術は威力が低いものが大半だが、その反面『光』というだけあってとんでもなく速いのだ。
シャルロットが放った魔術は、十メトラ程の距離を僅か一秒で駆け抜けた。
「《…ひ……ぅ…さ…っ》」
「なんだよその詠唱」
詠唱とは、杖と同じく魔力回路の構築を補助するもの。それには魔術ごとに決められた文言があり、省略することは出来ても出鱈目な言葉では意味をなさないのが普通である。適当な言葉が魔術的効果を得るなど、余程才能に恵まれていなければ出来ることではない。
それが出来てしまうエリナは、余程の才能に恵まれているのだ。
エリナが組み上げた魔力回路の完成度は、杖を用いた上に規定通りの詠唱を行ったシャルロットよりも高かった。放たれた光の矢は一方的にシャルロットの魔術を打ち破り、勢いを緩めることなく宙を駆ける。
「このっ、《光の精よ!!》」
間一髪で迫り来る矢を回避したシャルロットは次なる矢を放つ。が、
「《………あ…ぅ》」
最早呟き同然の言葉すら魔術の補助に出来るらしいエリナが手をかざすと、その正面に一瞬で魔力回路組み上がり、次の瞬間には半透明の結界が出現した。シャルロットの矢は当然のように阻まれる。
それを見てよく思わないのが取り巻き三人だ。特に一人の少女は、酷い形相でエリナを睨み付けている。
成績優秀者であり慕う相手でもあるシャルロットが、ぱっとしない生徒に一方的にやられているのだ。それは許せないだろう。
「くっ、ああ鬱陶しい!!《風の精霊よ・我が背に翼を!!》」
風属性の魔術を唱えたシャルロットが加速する。が、それだけやってもエリナには届かない。
「《ご……ご…め……!》」
そして、謝罪魔術が炸裂する。
目で追うのも難しい速度でエリナの裏に回ろうとしたシャルロットに、正確無比に光属性の矢が撃ち込まれたのだ。
これで勝負は決した。誰もがそう思い―――
「よくもシャルロット様を!!《光の精霊よ・仇なす敵を射て!!》」
エリナを睨み付けていた少女が、決闘を終えて安心しきったエリナに向けて、魔術を発動させた。
それを視界の端で捉えたエリナが、恐怖のままに魔術を発動させる。
「エリナさん!」
ルークが放たれた矢を無詠唱の魔術で防ぐ。しかしエリナ自身が発動させた魔術は収まらない。
二、三文字ですら魔術の補助になるエリナ。その全力を込めた魔術は収まりが付かず、圧倒的な破壊力をその内に秘めながら膨張していく―――それをチャンスと思ったのか、シャルロットがエリナの後ろで魔力回路を組み上げ始めた。
「《炎の精霊よ・我が憎しみを以て―――》」
この二つの魔術の衝突だけは防がなければならない。これは単なる怪我では済まない。下手をすれば後遺症が残ってもおかしくない。ルークは二人を同時に鎮めようと魔術を発動させるが、一瞬、ほんの一瞬だけ間に合わなかった。
二人を中心に、周囲が力の奔流に飲み込まれ―――
「―――ってそれ爆発したら体育館直すの俺だからな!?」
その一声と共に、二人の魔術が霧散した。
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