第9話「お姉さんと一緒に寝る」


 ロフトに敷いてある布団の中に入り、少しを間を開ける。正直、綺麗なお姉さんと一緒に寝るのは緊張とドキドキでどうにかなりそうなのだが、隙を見せるわけにもいかない。


 ぎゅっと拳に力を入れて平然を装おうとしていると柊さんは寝返りを打って俺の方を見つめてきた。


「な、何でしょうか?」

「……かっこいいなと思っていて見つめていただけですよ?」

「か、かっこよくは……」

「私には、凄く誠実で真面目でカッコよく見えるんです」

「そ、そうですか……あり、がとうございます」


 優しい笑顔で微笑む彼女に俺は心底ドキッとした。


「……照れてる政宗君もかわいい。食べちゃいたいです」

「え」

「ほら、二の腕とかすっごく美味しそうだし……いっそのこと、本当に食べちゃ」

「こ、怖いですよ……」

「あははっ……半分冗談ですっ」


 いや、半分本気なのかよ。

 若干笑みが崩れたのが今になって怖く感じてくる。


 それにしても、どうして柊さんは俺の家にまでついてきたのか。隣で寝ているとそんな疑念に駆られた。耳元で囁くように話してくる彼女に俺は訊いてみることにする。


「あの、柊さん」

「はい?」

「どうして俺なんかの家まで……ついてくるんですか?」

「……いきなり、どうしたんですか?」

「や、その……気になったというか」

「……そうですね」


 背中側から聞こえてくる吐息。少しふぅと息を吐いて、続けた。


「私、昔から知ってるんです。政宗君の事」

「昔?」

「はい、知ってるんですよ。ずっと前から。初めて見たのは2年前……いや3年前だったかもしれません。仕事を退職して、ぼろぼろで、死のうかなと思っていたときに見たんです」

「そんなこと……」

「まぁ、一方的でしたけど私にとっては凄くいい出会いだったんですよ?」

「知らなかった、です」

「無理もないですけどね……。子供を助けていた姿を見て、そのとき心に来ました。世界にはこういう人もいるのだと。助ける前はめんどくさそうだったのに、すっごい笑顔で……」

「そんなことあったっけ……すみません」

「忘れるくらい当然のことなんですね」


 今度はいたずら声ではなかった。

 本心で言ってくれているそんな気がして嬉しくなる。


「——そんな政宗君のようになりたいと思いました。だから、今日まで生きていられるんです」

「なんか、そう言われると嬉しいですね……ちょっと気恥ずかしいと言うかなんというか……」

「恥ずかしがっていいんですよ?」

「……意地悪ですね、少しだけ」

「まぁ、少しSですから。でも、いいですよね、政宗君はMですもんね」

「うっ……どうしてそれを」


 確かに俺は少しMだ。

 そう言う系の同人誌も見るし、イラストも好きだし、シナリオも書く。

 でも、そんなこと口外したことなかったはずなのだが。


「——耳かきの時、すっごい気持ちよさそうでしたので。主導権握られた井川なのかと」

「あ……すみません」

「いえ、やっぱりそうとなれば私が変わった方がいいですねと思いまして。実はSなので、私が政宗君のリード持ちます」

「……お、お願いします」


 今度は意地悪だった。

 低めの声でふぅとと言息を駆けられて首がすくみ、そこを狙われた俺は柊さんに抱きしめられる。


「……あ、あのぶつかって」

「ぶつけてるんです」

「え」

「気持ちいんです。さきっぽが擦れて」

「ちょっ――さすがに!」

「冗談ですよ、半分だけ」

「半分はほんとなんですか⁉」

「あはははっ……面白いです」

「か、揶揄うのだけはっ……ほんとに。ていうか、柊さんって処女なんですかっ……ほんとに」

「はい。政宗君だからやってるんです。じゃなきゃ殺してます」

「うっ……怖いこと言わないでくださいよっ」

「大丈夫です。政宗君の事だったら何だって許せますよ?」

「な、なんだって」

「はい……子供だって今すぐにでも作ってもいいですよ?」

「……そ、それは早いですよ……さすがに…………」

「いずれ、ですね」


 優しい声にやられそうになりながら、胸の圧に追いやられそうになりながらも話していく。


 柔らかすぎて、本当にどうにかなってしまいそうだ。


「その、言いたいことがあるんです」

「な、なんですか?」

「これの結果で私の生き死にに関わることので心して聞いてください」

「え——生き死に⁉」

「はい。それじゃあ言いますね」


 驚く間もなく彼女は続けていく。

 あからさまにヤバい発言をスルーしていく柊さんの声には心底肝が冷えそうになった。


 しかし、予想とは違った。


「——好きです、政宗君。結婚を前提にお付き合いしてくれませんか?」

「あっ——⁉」

「驚いてますね……顔、赤いですよ?」

「ど、どうして見せてないのに」

「政宗君の事は全部知ってますから」


 いきなりの告白にびっくりした。

 これが生死にかかわること。

 ということは、つまり————俺がフッたら柊さんは死ぬつもりなのか⁉


 さすがにずるいぞ、それは!


「———で、でもそんな急に言われても決められないっていうか。なんというか」

「別に待ちますけど……言ってくれないと本当にどうにかなっちゃいますよ?」

「うぐっ」


 可愛いのは本当だし、付き合ってみたいことはみたい。

 でも、こんな簡単に決めていいのか……そこが引っ掛かる。


「——本心で」


 でも、確かに――――付き合ってみたいとは思っている。

 心の奥底で、こんな風に受け入れてくれる人と好きになれたら――なんて。

 コンビニの店員さんだった柊さんの事を普段から考えるほどに。


「————言ってください」


 それなら、本気で対峙してみるのもいいだろうか。

 初めてでもやれることはあるはずだ。


 俺なんかが彼女を幸せにすることだって。


 寝返りをうって柊さんの顔を見つめる。


「——っあ、あの」

「はい」

「俺も付き合いたいです」

「……よろしく、お願いしますっ」


 ぎゅっと抱きしめる。

 温かい身体を包み込んで、内側から優しい気持ちになっていく。


 どうしてか、この腕の中から離したくない。そんな不安と熱情に駆られながら俺たちはそっと目を閉じた。

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