第8話「お姉さんに耳かきされる」


 童貞にはあまりにも激しすぎた風呂から上がり、俺は頭を拭いてリビングのソファーに座っていた。


 冷たい牛乳で先程の記憶と、それのおかげでムクムクと上がってきた煩悩を頭を下獅子吼シェイクして吹き飛ばそうとしていたが中々なくらなかった。


 まぁ、それもそのはず。


 あの後、俺が浴槽にたまったお風呂に浸かっている隣でバスタオルの中で身体を洗っていたのだからな、柊さんは。体は休めたもんじゃなかった。胸が張り素懸想になったし、色々なところが色々な意味でヤバかった。


 さっきまで恥ずかしそうにしていたはずなのに、酒飲んだら急にビッチみたいになって俺はかなり驚いているのだ。


 いや、むしろここまで来たら逆に襲ってもいいんじゃないか? とさえ思ってしまう。しかし、そう簡単に襲うほど肝は据わっていない。


 なぜなら、


「童貞だもんな」


 そう呟くと——後ろから肩をガシッと掴まれて、耳元でこう囁かれた。


「童貞、なんですね」

「——ひゃ!?」

「っふふ……どうしたんですか、急に。変なこと口走ってましたよ。童貞の政宗君?」

「っ……す、すみません」


 面白そうに笑っている彼女の目の前で俺は顔を真っ赤にさせていた。

 見なくても分かる。顔がとても熱い。


「っていうか、ビックリするんで……急に話しかけてくるのはやめてくださいよ」

「ダメなんですか?」

「ダメっていうか、もっとゆっくりお願いしますっ」


 まったくだ。

 そう言って俺が後ろに振り向くとそこにいたのは下着姿の柊さんだった。つるりと艶のある肌に、花柄とリボンがついている水色のブラジャーとパンツ。少し濡れているさらりと長い髪がシャンプーのいい香りを辺りに振り撒いていた。


「ちょ――な、なんて格好で⁉」

「ん?」

「ん――じゃないですよ!! どうして下着でっ、ほ、ほら服着てくださいよ!」

「えぇ……分かりましたぁ」


 そこら辺に置いてあった大きめなTシャツを渡す。彼女は受け取ってバサりと羽織った。


 羽織られたところで俺は何を渡したかに気が付いたがしかし、時すでに遅く、柊さんは鼻に袖を近づけていた。


「……すんすんっ」

「あ、くさかったですかね?」

「汗臭い……かな?」

「そ、それならすぐ持ってくるので――」

「これでいいですよ?」


 走り出そうとすると腕をぎゅっと掴まれる。

 すると、彼女は変なことを言い出した。


「——え?」

「だから、私はこれでいいですよって言ってるんです」

「……く、臭いんじゃ?」

「むしろ、というか、これがいいですっ」


 さらにスンスンと鼻を動かして柊さんは匂いを嗅いだ。


「何言って……」

「だめですか? これも」

「え、いや……別に俺は良いけど、柊さんは嫌じゃ」

「嫌じゃないですよ?」


 まったく何も嫌がる素振りなくそう言って、結局俺は言い返せずに承諾することになった。まぁ、彼女がいいならいいし、下着姿でいられるよりかはましだろう。


 


 柊さんが髪を乾かすのを待つこと5分。奥の洗面台から帰ってきた。


「——そろそろ寝ますか?」

「あ、もういいのか?」

「はい。大丈夫ですよ、私は」

「っ……そうだなぁ。俺、耳かきしてからでもいいですか?」

「耳かきですか?」

「え、うん。一応、毎日してるから……」


 そう言うと少しだけ固まって、何かに気づいたのか「あっ」と声をあげる。


「どうした?」

「政宗君、私がやってあげましょうか?」

「え?」

「一人じゃなかなか取れないですよね? だから、私がやってあげますっ!」

「……いいのか? ほんとに」

「はい、嫌じゃなければ是非是非」

「……じゃあ、うん。お願いします」


 と言う流れで俺は柊さんに耳かきをやってもらうことになったのだだが……。

 この状況は一体何なんだよ⁉


「……あ、あのどうして生膝を」

「え、だってこれしかないので……あと膝枕がやっぱりやりやすいですし」

「そ、そうですけど……さすがに」

「さすがに?」

「や、やっぱり何でもないです。お願いします」


 生膝の感触とカリカリと耳を擽っていく梵天と指にくすぐったくなりながらも、俺は身を任せる。


 どうしてなのかは分からないが凄く気持ちよく、優しい手つきのそれに眠たくなって終わる頃には俺も半目の状態だった。


「ふぅ……」

「っ」

 

 最後は慣れた手つきで小指を突っ込まれてからの、息を吹きかけられる。

 ふつうにみていたら艶めかしい恰好のお姉さんに気持ちいご奉仕をされている図なのだが、この時だけはドキドキがなくただただ気持ち良かった。


「終わりましたよ」

「……めっちゃよかったです」

「いえいえ、なんか酔いも覚めてきたので……そろそろ寝ましょうか」

「そう、ですね」


 そう言って寝床に入る準備を始めたのだった。

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