第7話「お姉さんとお風呂に入る」
座して待つことものの十数分。
さすがに一時間くらいかかるだろうとテレビでアニメを見始めていた途中で、柊さんが料理を盛りつけた皿を食卓に並べ始めた。
「はぁい、できましたよ~~」
「うぉ……早いですねっ」
「えぇ、これでも料理に自信はありますからねっ!」
前に掛けていたエプロンを外して、俺の隣に座った。
今日の夜ご飯は親子丼だった。
いやしかし、普通に驚いた。よくもまぁ俺の家の置物になっているなんにもない冷蔵庫からこんな美味しそうなものを作り出したのか。
綺麗な卵とじが鶏もも肉に美しくかかっていて、まず見た目から評価が高い。加えて鼻腔を刺激するかつおだしと醤油のいい匂い。
こんなもの、食べなくても分かる。美味しいやつやん。ってやつだ。
「めっちゃうまそうですよ、ほんと。いっつもこういうの作ってるんですか?」
「え、まぁ……仕事退職してからはけっこう作ってましたからね。こうやって振舞うことが出来て幸せですよ」
「退職してたんですか……あ、ごめんなさい、急にこんなこと」
「いえ、大丈夫ですよ。でも、せっかく作った料理が冷めちゃうのでそれは後で話しましょうっ」
「あ、あぁ! さっそくいただきます!」
「はい、どうぞっ」
ニコッとはにかんだ柊さんを見て、俺は手を合わせてすぐにご飯をバクバクとかけこんだ。
「んっ~~~~~」
感想など言わずもがな。
旨い。
この二文字意外に言い合わせる言葉はないほどだった。
「おいしそうで何よりですっ」
「これはっ……んん……最っ高ですよ!」
目を見て言うと彼女は少し視線を逸らす。
「えへへ、そこまで言われると照れちゃいますねぇ」
そんな照れる顔も最高で、俺は史上最高のおかずを前にご飯をバクバクと食べていく。
「うまっ」
「あ、あの政宗君」
「ん?」
「ほっぺたにご飯粒がついてますよ——っ」
そう言って柊さんは少し近づき、耳元で「——っと」と呟きながら右手で頬についていたご飯粒を取った。
「っあ、ありがとうございます」
「いえいえ……んっ」
「え、そ、それは俺の——」
「あれ、食べちゃったらまずかったですか?」
「そ、そういうことじゃないけど……でもか、かん、間接キス……」
「……あ」
ボっと頬が赤くなる。
ほんのり桃色だった柊さんが今度はリンゴのような熟した赤色に変わっていた。
「……ま、まぁあれですよ? 大丈夫ですって、俺気にしませんし」
「そ、そうですね……」
少し照れながらも庇うように言うと彼女もこくりと頷いて食事を続けた。
————と可愛く照れる柊さんに騙されていた。
というよりは、原因はあくまで俺にあるのだが、それにしてもこんなのは聞いていない!
『あの、お酒飲んでもいいですかね?』
『いいですよ~~』
となんとなく飲みたくなっていっぱいだけコップに注いだのだが、柊さんが俺のコップを間違えて一気飲みしてしまったのだ。
なぜか気づいても吐き出すことなく飲んでしまったおかげで違う意味で頬を真っ赤にさせてしまい、べろべろになった彼女をソファーで寝かせ、一人で風呂に入ろうとしていたら、なぜかいきなり入ってきたのだ。
――そして、現在。
「ちょ、あの……柊さんそれはさすがにっ——」
「んと、だめですか? 私、その……疲れてる政宗君の身体を癒してあげようと」
「え、いやす⁉」
「はい、癒しますよぉ……背中も洗ってあげますし」
「い、いやさすがに! ま、まだ俺たち付き合ってない……」
「じゃあ、付き合っちゃいますかぁ」
「な、何言ってるんですか!」
「いいから、ほらっ——体洗いますよぉ……」
しかし、生憎と逃げ場はなかった。
風呂場に入口は一つだけ、そこからバスタオル一枚捲いて入ってきた柊さんに半ば強引に座らせられた俺は黙って身体を洗ってもらうことにした。
「っ大きいですね、背中ぁ」
「そ、そうですかね……割と細身だって言われますけど」
「背が高いからじゃないですか? ふぅ――」
「ちょっ⁉ な、何するんですか⁉」
「ほら、感度もいいですし」
「……な、何を確認して」
「えへへ……重要事項ですよ?」
笑顔で何を言いやがるんだ、このお姉さんは。
ただ、柊さんの洗い方はとても気持ち良く優しいものだった。ふわりとマシュマロのような柔らかい手でびっしりと広範囲にボディーソープを占め込ませていく。
まるでそう言うお店のような手つきで俺は気が気ではなかった。
「緊張してますねぇ」
「あ、当たり前じゃないですか! こんな女性とお風呂なんて考えたことっ」
「……なら、私が初めてですか?」
「え、まぁ……そうですけど」
「ほんとですかぁ……それは、良かったですっ!」
「いや、こっちは気が気じゃ」
「いいからほぉーら」
今度はくるっと回した両手が胸元に回り、お腹、首、肩とぐるぐると円を描いていく。
「うっ」
「どぉーですかぁ?」
艶めかしい声が耳元に響いて、肩がびくりと強張った。
というのも、手を前に回しているためか——柊さんの胸が俺の背中に当たっていた。バスタオル越しに感じる何とも言えない感触に言葉が出ない。
「ど、どうもっ——」
「ありがとう?」
「ちがっ——⁉」
「ふぅ~~、いいから黙っていてくださいっ」
「うぐっ……」
始まったお風呂地獄。
結局解放されたのはそれから数十分後で、上がる頃には俺は頭の中真っ白だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます