第10話 背徳の勇士

 

 建設会社の倉庫から、徒歩数分の距離にある公園で車を停めた。

「——着きました。すみません」

 電話で受け応えし、秘書官は倉庫に向かった。

 那智と羽月は公園で待つ事にした。

「尽くす背中が痛々しいですね。付き従う者に、首を懸けるが主の礼儀。まぁまぁの器は、あるのでしょうが……」

 穏やかな表情の那智だが、瞳と言い方にはドス黒い棘がある。

「みたいだな。何かありゃ、捨て駒にする老害(上層部)に、少しは見習って欲しいな」

 言いながら、マルボロブラックメンソールにジッポで火を点けた。風下なので、那智に煙は掛からない。

 平静な様子の羽月だが、脳裏には背徳の記憶が浮かんでいた。

 今から十年と少し前——。

 羽月は学徒兵として、二度目の戦場に行った。

 その戦場で罪を犯した。

 発覚すれば死刑になる大罪だ。

 二千三十年、中東——。

「学徒兵諸君! 明日、六時に特攻作戦を決行する。君達は、戦局を変えた英霊となる! 誇り高き死を、私達は、君達の家族は、否……全ての人類が讃えるだろう! 勇士諸君、健闘を祈る。各自、志願書を書いて置くように——。以上、解散!」

 大袈裟に言い、挙手注目の敬礼して指揮官は下がった。

 基地の一角に集められた学徒兵は、機械の様な無表情と無感情な威勢ある声を揃えて「了解っ‼︎」と告げて敬礼した。

 バラバラになった後に、学徒兵は小言を漏らしたり、無言で俯き画像を眺める。友達と抱き合うという、其々が思い思いの行動を取った。

 人目に付かない場所を選び、羽月と伊吹は地べたに腰を下ろした。

 当時、二人の身長は一緒だった。

「デスハラきた。補給兵が全滅した責任戦に指揮官が負けりゃぁ……。何で俺達が責任取らされんだよっ」

 悲痛な胸中を伊吹は嘆く。

 この時、伊吹の髪色は今より暗い茶髪、ピアスはなかった。

「戦闘要員じゃねぇから狙ったんだろうな。生身じゃドラキュラどころか、ヒューマロイドになっていない軍人にも勝てないしな」

 他の学徒兵と違い、羽月は平然としている。

 通常、学徒兵は戦闘要員ではない。学徒兵は、自衛隊と同じ後方支援が任務だった。

「明日は、覚醒剤盛られた酒かぁ……。血、飲ませてヒューマロイドにする敵側を、悪く言えねぇな……」

「動きが読みやすいドローンや機械に頼って、火器と弾薬の無駄使い。もっと効率よく勝つ方法があんのにな……」

 羽月は冷淡に盲点を指摘した。

 当時、羽月の髪型は今程長くなかった。

「……年収一千万どころか、月二十万で死ねかよっ」

 嘆き、伊吹はやり切れない思いを込めた拳を地面にぶつけた。

 羽月が意味有り気に、フッと笑みを漏らす。

「死ぬのは、一人で充分だろ」

「えっ⁉︎ 何か手ぇあんの?」

「——大人しく、言う通りにしとけ」

 羽月は伊吹の肩に腕を掛け、耳元で囁いた。

 羽月と伊吹の付き合いは長い。お互い十一歳で入校した。その時から寮は同室で、クラスも同じで何時も一緒に行動していた。

 だが、伊吹の体には察したように恐怖が走った。

 誰よりも理解し合っている筈なのに……。得体の知れない恐怖を羽月に見る……。

「本田指揮官、内密に相談がしたいと、総指揮官が呼んでいます」

 羽月は、他に人がいない事を確認し、先程演説をしていた指揮官を呼び出した。

 灯りを失った真っ暗な瓦礫だらけの路地裏を、ライトを持つ羽月に付いて、本田指揮官は歩いて行く。

「あのビルの二階で、お待ちです」

 殆どの窓ガラスが割れ、半壊したビルの一部屋に淡い灯りが点いている。そこを羽月は指差し、後ろに下がった。

「分かった——」

 本田指揮官が一歩踏み出した瞬間だった。

 首の頸動脈に、ナイフが突き刺さる。

 振り返り、不気味な笑みを向ける羽月を視界に捉え、本田指揮官は絶命した。

「ちゃちな仕掛けにかかってくれて、ありがてぇな」

 言いながら、羽月は装備の手袋を装着し、ワイヤーの付いたナイフを回収する。

 羽月は、指揮官の足が当たった瞬間に、ナイフが刺さるように仕掛けていた。狙い通りの結果になった。

「身内だから、信用してたんじゃね?」

 指差した部屋から出てきた伊吹が、軽々しく言葉を漏らす。

「バカか。殺そうとする奴は誰でも敵だ」

 吐き捨てた羽月は、指揮官の右手に指揮官のナイフを握らせ、血溜まりに置いた。

 指揮官のスマートフォンを取り、左手の指を使って指紋認証を解除させる。

 大本営に、失態の詫びと特攻の中止に指揮の交代と、羽月が考えた打開策をメールした。

 伊吹と目が合う。

 羽月は、悪戯っぽくニッと口端を上げ、伊吹の肩を掴んだ。

「よう、共犯者——」

「えぇっ」

 わざと羽月は悪意のある言い方をした。

「……大丈夫だよ。友達、裏切る訳ねぇじゃん」

 一瞬、驚いた伊吹だが、安心した様な笑みを浮かべた。

 共犯者になれた事を、喜んでいるようだった。

 上官殺害は、軍規により死刑となる大罪だ。

 この暗殺は、羽月の工作により自死となる。

 羽月の策略により、翌朝の特攻作戦は中止、戦局は好転していく——。

 三カ月後、停戦合意が成立した。

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