第9話 盲目の善意と慧眼の不信感

赤坂見附駅を降りた米田秘書官は、地下鉄の階段を上がり辺りを見回すと、スマートフォンから電話をかけた。

「はい、シルバーのBMWです」

 自身が所有している車の運転席で、那智は電話に出た。

 車を見付けた米田秘書官が歩み寄ると、那智は降りて車の後部座席を開けた。

 車に乗り込んだ米田秘書官は、顔色が悪く焦りが見える。

「——色々と申し訳ない。大変なんだ! 匿い以外にも、犯罪に加担した事になっている! ドラキュラから巨額報酬の金塊を……」

「二十億は嘘です、二億円ですよ。ああいう人は、何でも大袈裟に言いますから」

 秘書官が言い終える前に、那智は言葉を発した。

 驚きに口を開け、秘書官はバックミラー越しに那智を見た。

「……何で、知っている?」

「大臣の机に、盗聴器を仕掛けましたから」

 秘書官の隣に座っている羽月が口を開いた。

 羽月は、上着の内ポケットからUSBを出し、秘書官に見せた。

「それはっ……⁉︎ 令状が無ければ犯罪だ! 何でだっ⁉︎」

「信用する根拠無き、知らねぇ人だ。……馬鹿とお人好し以外は備えるだろうよ」

 傍受令状の発付は無い。それ以前に、羽月達には請求が出来る権限すらない。だが、当然のように羽月は言い放つ。

「人を見たら泥棒と思え、と言いますから。——移動します」

 穏和な笑顔で言い終えると、那智は車を発進させた。

 魔界では、自然界に金や銀、プラチナに真珠が豊富に存在している。その為、魔界での価値は低い。市場の混乱を避ける為に、人間界への輸出は国際条約で禁止している。人間界に、これ等を持ち帰れば犯罪行為になる。

 ——車は、赤坂にあるアーク森ビル地下駐車場に入った。

 防犯カメラを遮る大型ワゴン車の隣に、那智は駐車した。

「おもてなしも、悪く思ってしまうくらい過剰でしたよね? 要求を受け入れ易くする常套手段です」

 物柔らかに那智は言う。

「その通りです。ですが、大臣は間抜けじゃない。人が好いんだ! あの人は、誰よりも国民を思う政治家だ‼︎」

 大臣への思い入れが、秘書官の語気を強める。

「分かっていますよ。悪人は善人を利用しますから」

 物柔らかなまま言う那智だが、振り向きはしない。冷たく感じる背中を向けている。

「アンタ等以外は、金に目が眩んで共犯に堕ち、ビビって隠秘。それと、賞賛欲しさに罪を重ねる連中だった」

 襲撃後に、迅速な復旧活動をしてくれたと、アーチェ・レガイロは賞賛されていた。それが、事業の斡旋は善意だと信じてしまう原因になった。

 分かってくれているか……。

 米田の安堵は束の間だった。

 羽月は、内ポケットに仕舞ったUSBを取り出し、秘書官に見せ付ける。

「これは潔白の証拠だ。アンタ等が提出した事にすればいい。但し、アンタ次第で破棄する」

「……何をすればいい?」

 これで大臣は助かる。米田は逸る気持ちを抑え、羽月の言葉を待った。

 ——羽月の口元が、フッとニヤつく。

「ダイナマイトを仕掛けろ」

「まさかっ、洋館を爆破する気か⁉︎ 」

「あぁ、そうだ」

 大臣の思いを知らないとはいえ、平然と踏みにじろうとする羽月に、秘書官は憤った。

「絶対に駄目だ‼︎ あの洋館は、夢見る若者に贈る遺産だ! その為に、子供のいない大臣は、代々受け継いできた大切な洋館をシェアハウスにしたんだ! 慈愛を踏みにじれるのかっ‼︎」

 怒鳴る秘書官を無視し、羽月は車から降りる。

 秘書官側に回り込んだ。右手でドアを開け、左手で秘書官の頭を掴む。

「っざけてんのか⁉︎ てめぇ‼︎ 」

 羽月は隣の大型ワゴン車に、秘書官の頭を激しく叩き付けた。

 ぐらつく秘書官の首を左手で掴み、左右の頸動脈を圧迫する。右手は、拳銃をみぞおちに押し込んでいる。 

 歪む視界で、秘書官は羽月を見た。

 端整な顔立ちに、戦場を生きる狂気が現れている。切れ長の目が、呼吸も心臓も止められるほど冷酷に歪んで見えた。

「命を懸けるのは俺達だ。頼る事しか出来ねぇ弱者は、大人しく従ってろよっ。……犯罪者になりたくねぇよなぁ?」

 色気溢れる低音の声が、誰もが憶する恐怖の脅しを言い放つ。

 言い終えると同時に、羽月はみぞおちを強烈に突く。蒼白く怯える秘書官は、苦痛に悶え膝を震わせ嘔吐いた。

「どこで調達しますか? このまま向かいましょう」

 車を降りて、穏和な笑顔で言う那智だが、秘書官の歪む視界では恐怖の対象だ。

 ——暫くして、秘書官は電話で建設会社に交渉した。

 承諾を得て、三人は受け取りに向かった。

 羽月達は、アーチェ・レガイロが一度目に入国して直ぐに、公安に協力要請し、内密に捜査を開始した。秘書官から公安に通報があったのは、国内外から情報収集をしている最中だった。

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