第7話 テクノロジー
羽月の住まいであるニ七〇一室の二階部分で、リリア王女は寝ていた。
部屋の中央にある窓から、カーテンの隙間に陽射しが差し込んでいる。部屋の隅に置かれたベッドで、深く寝ていたリリア王女は目を覚ました。
この部屋は、普段からゲストルームにしている。その為、十畳の部屋には、ガラステーブルとベッドにもなるソファーが置かれ、ベッドには寝具が揃っていた。
「ふわぁーぁ、よく寝た」
身体の半分を布団から出し、両腕を上げ伸びをする。
言葉通り、よく眠っていた。
ヘッドボードの棚にある時計は、昼の三時半を回っている。ベッドに入ったのが、午前四時半というだけじゃない。監禁されていた心身の疲労、何より保護された安心感から、よく眠った。
ふふっと、笑いが込み上げる。
ファミレスでの、伊吹と羽月のやり取りを思い出したからだ。
保護された後、先に帰った旭を除いた三人に、誘拐と監禁時の詳細、洋館の事を話した。
その後、羽月と伊吹に連れられてファミレスに寄った。
「これで大丈夫かな?」
隣に座った伊吹が、タブレットメニューの画面を魔界言語に変換し、リリア王女の前に置いた。
現在、高級店以外の飲食店はタブレット端末での注文、接客はロボレスかロボターという機械が担当している。
「ありがとうございます。でも私、日本語は大体読めます」
「つーか、こっちだろ?」
羽月は、自分達のメニューをメニュースタンドから取った後、お子様メニューを取り、リリア王女の前に置く。
「お子様じゃないです。今年で十七です」
リリア王女は苦笑いで、両手を左右に振り拒否を示す。
「お子様サイズだけどな。って事は、伊吹の逆だな」
「ひでぇの。そうだ、せっかくだし……。羽月、朝御飯にケーキ買ってよぅ」
「いいぞ。なら、ここの支払いはお前な」
伊吹は、リリア王女を見ながら「やったね」と言い、あれっと小首を傾げた。
「……どっちが高いんだ?」
「なっ。頭ん中、お子様だろ?」
同意を求められ、リリア王女は困りながら苦笑いで返す。
だが、メニューを見ながら喧嘩調ではなく、楽しげに言い合う二人を見ていると、緊張が解け和んでくる。
結局、ファミレスでの飲食代は伊吹が支払った。代わりに繁華街にある夜間営業のスイーツ店で、羽月が志保を含めて四人分のケーキを購入した。
マンションに着いた後、隣の部屋から出て来た志保から、衣類や洗面用具等が入った袋を貰った。礼儀正しく挨拶をし、御礼を言うリリア王女は、志保の色香に頰を染めていた。
志保に貰った袋から、羽を出しやすいトップスとチュチュスカートを取り出し、着替える。
一階に降りるのに、端にある階段は使わない。羽を出して回転する。
右手に刀と左手にシールドを出し、空中で体を動かす事にした。
リリア王女の刀は、刀身は日本刀と同様に見えるが、湾曲している。小太刀より長さがあり、西洋風の見た目だ。
「よしっ! 動くっ」
手の刀とシールドを消し、羽も消し、クルクルと上下と左右に回ってみる。羽を出さない場合、飛翔力はあまり出ない。
「わわっ」
……突然、バランスを崩し、床に落下してしまった。
「はぁー、随分鈍ってしまった」
尻尾が体を支えたので、打ち付けずには済んだ。
栄養を摂り、よく寝た。回復の早い魔人だから健康体には戻ったものの、四年間も魔力を使っていないので、体は随分鈍ってしまっていた。
威嚇する猫のようなポーズを取った。
「にゃおーんっ!」
吠えて勢い付け、尻尾の先からシールドを出し、頭から触角を出す。
「よしっ、大丈夫かも」
確認し終えると、消した。
立ち上がり、部屋を見渡す。
部屋の間取りは、3LDK。二十畳のリビングを挟んで、寝室と仏間。二階部分の下が、ダイニングキッチン。廊下に出ると浴室と洗面室、トイレがある。
設備等は、羽月から説明を受けた。
ダイニングテーブルに目を留める。テーブルには、メモと羽月が着けていた公用の腕時計型端末に、OW《ワンワールド》ペイというカードが置いてある。
OWペイは、世界で一番多く使える交通系ICカードで、Suicaと同様にショッピングでも使える。モバイル端末からでも使用可能だ。
メモには、綜合スーパーの位置を示した地図、私用スマートフォンの電話番号。『俺以外から連絡があった場合は電源を切るか無視。非常時は要TEL それ以外は志保に言え。相良』と止め、跳ね、払いが完璧な達筆で書かれていた。
「あい……? よい……? これで、さがらって読むんだっ」
新たな発見をした直後、ウィーンという音に触角を出す。
設定した時刻になり、全自動掃除機が可動し始めた音だ。四角い掃除機は、二階の廊下から階段に移動する。下の四隅から伸縮する棒を出し、階段を器用に掃除している。興味を引かれたリリア王女は、羽を出さずに飛び観察を始めた。
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