第6話 黒幕
「ってめぇら、ふざけんなっ‼︎」
怒号と共に入って来ると、応接室のテーブルを蹴り飛ばした。
大臣の机にある翻訳機から、空中に日本語が浮かび上がる。
「っすみません! 本当にすみません!」
国土交通大臣、
怒号の主は、昨晩の対イーブル軍がリリア王女を奪還した事に、電話で激怒していた。都内に滞在しているから、直接出向くと言い、今朝一番に来た。
「昨晩のザマは謝罪じゃ済まねぇ! 捕まる前に、てめぇは拷問死刑だっ!」
「大丈夫です。こうなった時の為に、罠を用意しております」
大臣の隣に立つ大臣秘書官が、恐怖を感じながらも冷静に話す相手は、アーチェ・レガイロだ。
——彼こそが、リリア第二王女誘拐事件の黒幕だった。
高級スーツに身を包み、左手には一千万円以上する時計と指輪が光る。四年前に、ドイツの高級ホテルでサファイア・テレジア女王等と会った時とは、態度も身なりも全然違う。
「こちらの指示通りにして下されば、問題なく解決出来ます」
応接用のソファーにドカリと座るアーチェ・レガイロは、秘書官の発言を翻訳機から浮かぶドイツ語で見た。
「海外へのインフラ事業を斡旋してやるのに、こっちは命張ってんだ。魔サツ(対イーブル軍警察部隊)にバレりゃ、人生ごとパァーだっ!」
「わっ、分かっています。戦火の復興事業で、多くの企業が利益を得る。国益に貢献して頂いて、大変感謝しておりますっ」
恐縮しながら椅子に腰掛け、大臣は感謝を口にする。
「こちらは、魔サツの人間と内密にやりとりをし、昨晩の件は計画の一部です」
「あぁ⁉︎ 嘘じゃねぇだろうな……?」
意外な事情を説明する秘書官に、アーチェ・レガイロは不快と不信感を抱いた。
「こちらが裏切る理由は、一切ありません」
断言する大臣に、アーチェ・レガイロは反論しようとしたが、自身のスマートフォンに遮られた。
ちっ、と露骨に舌打ちをする。
「そういえば、洋館のどっかに密輸した金槐が二十億分くらいあったなぁ」
ニヤつきながら、アーチェ・レガイロが話し出す。
「何だって⁉︎ 知らないぞっ、そんな物!」
机を激しく叩いて、大臣は立ち上がり怒鳴った。
「他にも、あったらいけない物が色々あったなぁ」
「あなたの物でしょう」
大臣の隣で冷静に指摘する秘書官を、アーチェ・レガイロは笑い飛ばした。
「そんな事実、誰が信じる? 当然、見返りに受け取ったと思うだろうよ。てめぇらは確実に共犯、犯罪者だ! ——裏切りなんて、もう出来ねぇよ」
最後に釘を刺し、アーチェ・レガイロは出て行った。
「——すみません、大丈夫ですよ。いいえ、私が裏切る訳ないじゃないですか。今後も、皆様に尽力致します——」
四年前に、サファイア・テレジア女王等と会っていた時のように、腰低く謙虚に電話で話している。電話の相手は、当然ドラキュラだ。
「建築技術の参考も兼ねて、洋館に関係者を泊めて欲しいと言うから……。借したら、ドラキュラに占拠された……」
アーチェ・レガイロが出で行った後、脱力して椅子に腰を下ろした大臣がボソボソと呟く。
「とんでもない卑劣な男ですね。前職の肩書きで信用させ、国際事業の斡旋を餌に犯罪に加担させた。挙句、嘘のでっち上げ……。悪党がっ……」
嫌悪に顔を歪ませ、秘書官は片手で頭を抱えて吐き捨てた。
「米田君が怪しんで、事前に監視カメラを置いてくれたから、監禁にも気付けた。サキュバスの子供が助かって、本当によかった」
言葉通りに、大臣は秘書官に心底感謝していた。
大臣秘書官の米田圭介は、洋館に泊まりたがるアーチェ・レガイロを怪しんだ。見つからないように監視カメラを設置し、ドラキュラの存在とリリア王女の監禁に気付き、知らせたのだ。
「君の判断は、いつだって正しかった。今回も、アーチェ・レガイロと無関係の警視庁公安部に出向き、秘密裏に魔サツの人間と接触してくれた。おかげで大罪を暴ける。この国に必要なのは、間抜けの私じゃない。——君だ」
疲労していた大臣の顔に、強い決意が浮かび上がる。
「藤井大臣、どういう意味ですか?」
大臣は机から封筒を出した。封筒には、推薦状と書かれている。
「私が捕まる前に、これを持って小池議員に会いに行きなさい。君のような、勇敢で有能な若手を活かしてくれる人だ。日頃から、君の功績と優秀さは伝えてある」
小池議員は現野党だが、国民と与党内部からも支持が高く、次期閣僚候補の一人だ。
「そんなっ、私はあなたに仕えたい! 藤井大臣は被害者です。説明すれば分かってくれますよっ!」
「それは無理だろう。レガイロは、どこまでも罠を張っている。何よりも、私は君を巻き込みたくない」
推薦状を受け取ろうとしない秘書官に、大臣は懇願の眼差しを向けた。
「藤井大臣、でもっ……」
「っ頼む‼︎ 君は、これからを創る若者だ!」
大臣は、椅子から立ち上がった。
深々と頭を下げ、推薦状を前に差し出す。
大臣の懇願に押し負け、秘書官は推薦状を受け取った。
「あの洋館の事だけ、お願いしたい。ずっと先代から継いできたが、夢追う若者の為にシェアハウスとして改修したんだ。先代達も、若者の輝く目が見たい筈だ」
「畏まりました」
秘書官は、目を潤ませてお辞儀をし、顔を上げ大臣を見た。
「分かっています。どんな時代でも、若者が希望を持てる世の中にしたいから、政治家になった事も——。あなたに御使い出来た事は、私の永遠の誇りです」
深々と頭を下げながら、秘書官は強い決意を抱いた。
絶対に、この人を終わらせない!
終わるのは、アーチェ・レガイロだけだ。
必ず、あいつは叩き潰す!
大臣と秘書官は、監禁されていたサキュバスの子供が、リリア王女だとは知らなかった。
そして、大臣がたった今戻った机の裏側に、盗聴器が仕掛けられている事も……。
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