第4話 暴かれる夜

 

 

 二千四十年三月。日本、東京都練馬区——。

 石神井公園から徒歩数分、周りを森林で囲んだ広大な土地に、歴史を感じる三階建ての大きな洋館が建っていた。

 バルコニーに面した三階の窓から、ローズピンクの光が一筋、月に向かって伸びている。

 ——光の主は、リリア・テレジア第二王女だ。

 ローズピンクの光は、月に照れされた王族ゲートパス。この刻印は、満月に照らすと光る特質を持っている。

 窓際に立つリリア王女は、頰が痩け、目の周りには隈があり痩せ細っている。瞳は、一切の輝きを失い曇り切っていた。

 身体は四年前から成長していない。原因は、首に付けられた首輪型爆弾の周りにある赤黒い穴、吸血痕だ。

 縋る思いで照らしているが、深夜一時を過ぎ、辺りに人の気配はない。

 ……だが、一本の木が揺れた。

「いたっ! 間違いねぇ」

 迷彩を施し姿を見えなくする、ステルスマントを被っている男がいた。

 男は、スマートフォンのカメラを使い拡大撮影をする。撮ると、木から飛び降りた。

 マントを脱ぎ、手に持ち走り出す。

 赤と焦げ茶のツートンカラーの髪、服装はウインドブレーカーにジーンズ、十八から二十歳くらい見える。猫目でヤンチャな感じのする若い男だ。

 若い男は、走りながら腕時計型のウェアラブル端末で電話をかけた。

羽月はづきさん、当たりです! 画像で確認して下さい」

「了解。あさひ、手筈通りに進める」

 ——プレイヤーが勝利しました。賞金、百万円を指定口座に振込みます。

 AI将棋を終えた電話の相手は、二十代後半の男だ。

 羽月さんと呼ばれた男は、一般的な二十代後半には手が届かないであろう、池袋の夜景を見渡せる高層マンションの最上階、二十七階に住んでいる。

 物が少ない広いリビングで、羽月はソファーに座り煙草の煙を吐き出す。短くなった煙草を、灰皿に押し当て消した。

 レイヤーが入った鎖骨に掛かる長さの黒髪、身長は百八十三センチあり手足が長い。着ているダークスーツの上からは、モデル体型の様に見えるが、手がゴツゴツしている。相当鍛え抜いているだろうと、誰でも分かる程だ。

 色男という言葉がよく似合う容姿だが、纏う空気が違う。狂気が溢れている。

 羽月はタブレットを開き、送られた画像を見る。手首の王族ゲートパスを拡大し確認すると、フッとにやけた。

 こんな宝を隠してたか……。

 また、画像が送られてきた。首輪型爆弾の解析図だ。矢印でセンサーの位置を示してある。

「羽月君、届きましたか?」

 腕時計型のウェアラブル端末から、画像の送り主が問い掛けた。

「届いた。那智なち、手筈通りだ」

「了解です」

 最小の会話を終え、電話を切る。

 両腕に巻いた五十キロの重さが掛かるように設定したリストウェイトを、ゼロキロに戻し電源を切った。

 羽月は、腕時計型端末で電話し出す。

伊吹いぶき、行くぞ」

「了解。あーぁ、せっかく志保しほが店休みなのに……」

「大丈夫。帰って来るまで、起きてるよ」

 高級クラブのホステス風な美女と、豹柄のソファーで寛いでいた伊吹は、紫煙と溜息を吐き残念がった。

 伊吹と呼ばれた男は、一見ホストの様だが目つきが悪い。チンピラほどではないが、ガラが悪い。

 傷んで金髪になった部分がある茶髪に、右耳にはピアス。黒い七分シャツの上からでもよく分かる程、筋骨隆々で体格が良い。

 伊吹は、煙草を咥えながら立ち上がる。種類の違う拳銃が二丁入ったショルダーホルスターを身に付け、ブルーグレーのテーラードジャケットを羽織った。

「気を付けてね」

 やや伏し目がちに言い、志保は煙草を咥えライターを手に取った。

 すると、伊吹が近付いて来た。

「うん——」

 返事をした伊吹は、片手をソファーの背もたれに置き、口に咥えていた煙草の先端で志保の煙草に火を点けた。

「行って来ます」

 そう告げ、伊吹が体を離した直後、玄関から激しい衝撃音が響いてきた。

「うわぁ! 何だよっ、相変わらず物騒だなぁ」

 羽月が、玄関のドアを蹴り飛ばした音だ。

 伊吹と羽月は、同じマンションの同じ二十七階、隣に住んでいる。

 志保は短く笑い「早く行かなきゃ」と言い、送り出した。

 羽月が、扉を開けたままでいるエレベーターに、伊吹は慌てて乗り込んだ。

「あれって、リリア王女だよな? 合法ロリじゃん」

「残念ながら違法。今年で十七だ」

 戯けた様子で尋ねる伊吹に、羽月は目も合わさずに素っ気なく答えた。

 伊吹の方が背が二センチ高いだけなので、二人の目線は変わらない。

「ドイツの襲撃事件、直ぐに報道されなくなった。だから何かあるって、羽月の言ってた通りだったな」

「あぁ、リリア王女が病気は嘘。まさか、誘拐されていたとはな……。宝を見つけた」

 羽月の瞳が、禍々しく黒く光る。

 地下二階の駐車場で、二人は降りた。

「この、どう見たってヤクザの車で行くの?」

 羽月の車は、黒塗りの上にフルスモークが貼られたジャガーのFタイプ、スポーツカーだ。

 伊吹の質問を無視し、羽月は運転席に乗り込む。伊吹も助手席に乗り込んだ。

 外車だが、日本仕様に設計されている為、運転席と助手席の位置は日本車と同じだ。

 深夜の都会を、二人を乗せたジャガーが走り出した——。 

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