第3話 ロイヤルチルドレン二話

 リリア王女が誘拐されてから、一月が過ぎた。

 ——未だ行方不明だ。

 公務を終え、夜になり、サファイア・テレジア女王は自室に戻った。

 金髪の長い髪を下ろし、上着を脱ぐ。百七十センチの身長に、優れたスタイルが露わになる。豊満なバストと細いウエストをビスチェが目立たせ、ロングスカートの深いスリットからは長い綺麗な脚が覗かせる。

 ソファーに座り、写真立てを手に取る。

 薄い唇から深い溜息が出た。切れ長の目に翳りが表れる。

 手に取った写真立ての中では、家族三人が笑顔で写っている。

 何時も通りに公務をこなし、人前では平静を装っていたが、もう溢れ出しそうな程に心労は募っていた。

 リリア、一体何処にいる?

 酷い目に遭っているだろう?

 今直ぐ助けたい! 

 何よりも抱き締めたい!

 胸中では、そんな思いが渦巻き、溢れ返り、今にも破裂しそうだった。

 ピロリーン

 呼鈴が鳴り、ドアに施されたディスプレイに、来訪者の名前が表示された。

「どうぞ」

 写真立てを置き、女王の顔になる。

 どれだけ辛くても、威厳を保つ。

 人の上に立つ王だから——。

「失礼致します、女王陛下」

 来訪者は、サリノ・セシル近衛隊長とシェリー・ミッシェルだ。

 左手を心臓の上に置き、右足を引く。右手を後ろに回し、二人はお辞儀をする。サキュバス王国の敬礼を入室と同時に行った。

 敬礼をするサリノ・セシル近衞隊長は、何時も以上に人形の様に見える。無表情だけじゃない。すらりとした百七十三センチの長身で、小顔で手足の長い人形の様な体型が、そう見せている。

 入室したシェリー・ミッシェルは、百六十八センチの身長に、むっちりとしたグラマラスな体型が目立つ服装をしている。深い谷間の見えるブラウスの上にコルセット、ガーターベルトが見える丈のミニスカートという服装だ。

 サキュバスは、ボディーラインを強調した方が綺麗という美的センスの為、この服装でも咎められることはない。

「本日の捜索結果ですが、有力な情報はありません。身代金の要求、及び犯行声明もありません」

 近衞隊長は、お決まりの無表情に無感情の声で、お決まりになってしまった悲報を知らせた。

「申し訳ありませんが意見させて頂きます。内密ではなく、公開捜査すべきだと思いますが……」

 焦りと動揺の浮かぶ顔を向け、シェリー・ミッシェルは意見した。

 内心、とても焦っている。そして、とても悔やんでいた。

 シェリー・ミッシェルに非はないが、王女のボディーガードだから衛る責任があった。自分の落ち度だという後悔、何よりもリリア王女を大切に思っているから、一刻も早く助けたいという強い思いが焦りに繋がった。

「駄目だ。善良な人が見付けるとは限らない。ゆすりたかる輩かもしれない。……国益を損なう可能性は全て避ける」

「しかし、このままでは不在が発覚するのは時間の問題……。それに、リリア様が危険では?」

 女王の確固たる国益優先の意向に臆しながらも、シェリー・ミッシェルは反論した。

「それなら心配はない」

 そう言うと、女王は左手首の黒いレザーに紫のレースが付いたリストバンドを、腕にずらした。

 左手首の内側には王族ゲートパスが刻印されている。

 魔人の大半が知っている事だ。王家の血筋を継ぐ者だけが、王族ゲートパスを刻印出来る。王政国家の多い魔界で、王族を護る為にこの刻印が開発された。

 通常は、ゲート(扉)の鍵を申請時に登録した場所と、人間界を繋ぐ駅との行き来しか出来ない。だが、王族ゲートパスは、鍵さえあれば危険が及ぶ場所以外には、自由に移動が可能。即、危険地帯から避難が出来る。全ての鍵で、王族ゲートパスは使用可能となっている。

「リリアには王族ゲートパスがあるが、王家を滅ぼしたドラキュラ帝国にはない。これがあれば、世界中容易に移動が出来る。……殺しはしない」

 女王は断言した。

「何か聞かれた時は、リリア様は発育障害、中等症と言いましょうか? それなら公には出て来れません。四、五年は誤魔化せます」

「良案だね。そうしよう」

 近衞隊長の発案を、女王は快く了承した。

 発育障害とは、成長期の魔人が稀に発症する病気だ。有病率は二千人に一人程度で、身体の成長より魔力の成長が早過ぎる事が原因で発症する。魔力のコントロールが出来なくなる他、心身に様々な症状が現れる。

「リリア様が不都合な思想を刷り込まれていた場合と、犯罪に加担していた場合はどうしますか?」

 他は、恐れ多くて絶対にしない質問を近衞隊長は、髪と同じシルバーグレーの瞳を一切揺らさずに投げ掛けた。

「無礼過ぎます! リリア様に限って……」

「——親の間違いは、そこから始まる」

 シェリー・ミッシェルは怒りと驚きで、声を荒げながら否定しようとしたが、女王に一蹴された。

「リリアだって、影響を受けやすく判断力がない子供だ。可能性は大いにある」

 そうシェリー・ミッシェルに言うと、女王は近衛隊長に向き直る。

「子供の不始末に責任を取るのは親の義務——。その場合は私が殺す。命を持って王国の信用を守らせる。王族なら当然だ」

 意志のある強い目で女王は言い切った。

「畏まりました。女王陛下——」

 承知し、近衛隊長は敬礼をした。

 まずい……まずい! どんな手段を使っても見付けなければ……リリア様が危ない!

 シェリー・ミッシェルは、かなりの重圧を感じ、入室前より遙かに焦っていた——。

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