第2話 ロイヤルチルドレン
西暦二千三十六年三月。ドイツ、ベルリン近郊——。
「ようこそ、おいで下さいました。サキュバス王国の皆様、このホテルのアフタヌーンティーは、とても有名なんですよ」
中年の男が、高級ホテル内の庭園を見渡せる、立派なテラス席で両手を広げて歓迎している。
中年の男は、国際対イーブル軍、ドイツ陸軍局、内部組織第一部部長アーチェ・レガイロ大佐だ。国際対イーブル軍に加盟する国の軍制は、各国により異なっている。
招かれたのは、サファイア・テレジア女王、サリノ・セシル近衞隊長、リリア・テレジア第二王女、王女のボディーガード兼第二王女の教育係シェリー・ミッシェルだ。
常時、軍服のサリノ・セシル近衞隊長以外は、ドレスコードに合わせたセミフォーマルな服装で来た。だが、シェリー・ミッシェルのスカートは、スリットが入ったミニ丈だった。
魔人の体感温度は常に適温に保たれているが、ほとんどのサキュバスは季節相応の服装をし、TPOを弁えている。……が、露出は多い。
サキュバス達が軽く挨拶をする中、初対面のリリア王女が自己紹介をする。
「初めまして。サキュバス王国、第二王女のリリア・テレジアです。お会いできて光栄です」
覚醒前で白髪の頭を下げ、礼儀正しくお辞儀をした。
「リリア様は、おいくつですか?」
「今年で十三歳です」
「えっ、十歳かと思いました。小さいですね」
一番気にしている事を言われ、リリア王女はしょんぼりした。
身体の成長する早さは、二十歳までは魔人と人間は同じだ。
皆が席に着くと、テーブルにスイーツやサンドイッチが乗ったティースタンド運ばれ、レストランスタッフが紅茶やコーヒーを淹れていく。
「少しは、慣れてきたか?」
ミルクティーを口にしたサファイア・テレジア女王が、問い掛ける。
コーヒーを飲んでいたアーチェ・レガイロ大佐は、ビクっと身体を引き攣らせた。
「前回は、着任したばかりで不手際があり、本当に申し訳ありませんでした」
「不手際が多く、本当に面倒だった」
「……すみませんでした」
無表情の上、感情すらない様な声で、サリノ・セシル近衞隊長が言う。
その上、味覚すらない様に、見るからに美味しそうなサンドイッチとケーキすら、無反応で口に運んでいる。
こえー、この人苦手だ。と内心で呟き、アーチェ・レガイロ大佐は青褪めた。
「ただでさえ、担当の移り変わりが激しくて困る。ちゃんと引き継ぎ、情報共有くらい出来るだろ!」
続いて、シェリー・ミッシェルが叱責する。
「はぁ——。これでは、信頼関係を築くのは難しい」
コーヒーを飲み、溜息を吐き、シェリー・ミッシェルは決定打を漏らした。
「……本当にすみません」
痛い指摘を受け、アーチェ・レガイロ大佐の顔は、いっそう青褪めていく。
そりゃ、六百から七百年も寿命があれば色々違うだろっ!
青褪めながらも、心の中では反論していた。
「こ、ここのケーキ、本当に美味しいです。帰ったら、お姉ちゃんにお勧めします。ありがとうございます」
と言うリリア王女だが、場に緊張して、まだ食べていない。ミルクと砂糖がたっぷりのコーヒーを飲んだまでだった。
助け船になろうとしているリリア王女は、ローズピンクの瞳を泳がせながら、アーチェ・レガイロ大佐に礼を言っていた。
「よかったぁ、前回のお詫びにと思って……」
安堵の溜息が出た。
「関税緩和は可能だ。三割以上は安くなる」
「えっ! もう決まったんですか?」
サファイア・テレジア女王の発言に、アーチェ・レガイロ大佐は驚いた。
今日から始まる話し合いの為に、五日前に電話でアポを取った。事前に交渉内容を伝えると、サファイア・テレジア女王は、直ぐに働き掛けてくれたのだ。
「人間界との貿易で、ドラキュラ帝国の植民地だった小国は、一気に経済成長した。断る理由もない」
「とても速く事が進んで、助かります」
「魔界では、多くの小国が経済発展を遂げ、魔科学が生まれた。人間との交錯は魔人に恩恵を与えたが…… 人間には災いをもたらした」
「女王陛下、悪いのはドラキュラ帝国と差別国家です。どの道、不公平を作る国政は、積もる不満に潰されます」
憂いを帯びた表情で言うサファイア・テレジア女王に、シェリー・ミッシェルは靄を払うように言い切った。
ドラキュラ帝国と安全保障条約を結んだ国では、被差別者が兵士や吸血奴隷として略取されていた。国際対イーブル軍は、国際治安維持の下、これに対し武力行使に出ている。現在、戦火に晒されている国は、人種差別が横行している国が大半だった。
「製造業の景気は良好ですし、新たな業種も生まれ、部分的には経済成長もしています」
アーチェ・レガイロ大佐は災いを否定し、続ける。
「ヨーロッパの中でも、このドイツを含め、加盟国の大半は戦火を逃れています。サキュバス王国は、ずっと人間の救世主です」
にっこりと言うアーチェ・レガイロ大佐に、サファイア・テレジア女王は安堵の笑みを浮かべた。
「加盟してなくっても、島国の大半は戦争してないです。ドラキュラ帝国に戦艦を作る技術がなくて、魔界に海上戦はないからです」
リリア王女が、学校のように挙手し発言する。
国際対イーブル軍に海軍はない。その為、自国の海軍が必要に応じ出動している。
「おっ、よく勉強されてますね」
アーチェ・レガイロ大佐が感心し褒める。
「去年、大学を卒業した」
そう言うと、サファイア・テレジア女王は、リリア王女に母性の微笑みを向けた。
「リリア様はとても勤勉です。読み書きは英語は勿論、ロシア語、フランス語、イタリア、ドイツ、アラビア語、日本語も出来ます」
「えっ、日本語も⁉︎ 漢字の読み書きもですか?」
「小学生程度ならですけど……」
誇らしげに言うシェリー・ミッシェルに照れて、リリア王女は小声になり、両手で赤くなった頰を押さえている。
「今年から留学予定で、候補に人間界を挙げている」
サファイア・テレジア女王は、リリア王女を横目で見ながら、アーチェ・レガイロ大佐に言った。
「流石は王族ですね。広い視野をお持ちだ」
「ママみたいになりたいから、頑張ります」
——あどけない瞳には、強い意志が込められていた。
「そろそろ、行きましょうか?」
そう尋ね、サファイア・テレジア女王はバッグから財布を出す。
「えっ、お詫びになりませんから、ご馳走させて下さい」
アーチェ・レガイロ大佐は慌てて、手と口で拒否を入れた。
サファイア・テレジア女王は薄笑みをつき、サリノ・セシル近衛隊長にレストランスタッフを呼ばせた。
「ご馳走様、とても美味しかった」
レストランスタッフに礼を言い、サファイア・テレジア女王はカードで会計を済ませた。
「私は政治家だ。奢ってもらう訳にはいかないよ」
「本当にすみません」
サファイア・テレジア女王に、アーチェ・レガイロ大佐は恐縮しながら頭を下げ、自身の飲食代を渡した。
「ご馳走様です。美味しかったし、素敵なレストランだし、また来たいです」
リリア王女が、レストランスタッフとアーチェ・レガイロ大佐に頭を下げる。
「リリア様、屋外プールの一つにイルカを用意したんですよ。魔界には海洋生物がいないと聞いたので……」
そうアーチェ・レガイロ大佐が言うと、リリア王女は、驚きと喜びに目をキラキラさせた。
「嬉しいっっ! イルカ観たかったんです。ありがとうございます!」
「じゃあ、行きましょうか」
アーチェ・レガイロ大佐は、別れて会議場に向かうサファイア・テレジア女王とサリノ・セシル近衛隊長に一礼し、案内を始める。シェリー・ミッシェルが付き添い、リリア王女等は屋外プールに向かった。
「初めまして、リリア様」
二人の日本人、ドルフィントレーナーが挨拶する。
「初めまして。観れるだけでも贅沢なのに、本当にありがとうございます。——わぁ、イルカだぁ」
リリア王女は、一番深いプールにいる二頭のイルカに心躍らせ、キラキラした目を向けた。
「規制がありますので、少しだけですが、ショーをお楽しみ下さい」
言い終えると、ドルフィントレーナーはイルカに合図を送る。
二頭のイルカが、大きくジャンプし後方に回転すると、リリア王女は歓声を上げた。
「逃げろっ‼︎」
——突然、頭の小さい羽を僅かに動かすと、シェリー・ミッシェルは怒鳴り命じた。
場に、動揺が走る
「えっ! 何ですか?」
アーチェ・レガイロ大佐が驚きながら尋ねると、シェリー・ミッシェルは、背中の羽と十字槍を出す。
「シェルターまで走れっ!」
険しい顔を向け、シェリー・ミッシェルは怒鳴った。
リリア王女は、慌てて二人のドルフィントレーナーの手を取る。背中から色と上部の角がない羽を出す。頭から先端がスペードの形をした触角、尾骶骨から先端がスペードの形をした尻尾を出した。
サキュバスは、二度覚醒し完全体になる為、一度も覚醒していないリリア王女は形態が異なる。
間も無くして、斜め上空から大量の
『迎撃シールド!』
シェリー・ミッシェルは、瞬時に左手から広域の迎撃シールドを出す。血刃が勢いよく跳ね返っていく。
跳ね返った先に、二十人前後のドラキュラがいる。軍服ではなく私服、軍隊ではない。
何人かが血刃に当たり、地面に墜落していく。
「リリア様、急いでっ!」
腰のホルスターからマシンピストルを抜き、撃ちながらアーチェ・レガイロ大佐が走り出す。
「お二人、掴まってて下さい」
二人のドルフィントレーナーの手を取り、リリア王女は飛び逃げる。
私がいたら足手纏いだ。情けない、逃げるしか出来ない……。
リリア王女は、逃げながら自身の非力さを内心で嘆いていた。
跳ね返った血刃を武器で払ったドラキュラ達が、シェリー・ミッシェルに襲い掛かる。シェリー・ミッシェルは十字槍で応戦する。
十字槍の長い柄で攻撃を難なく躱し、十字槍から放つ無数の赤い刃と斬撃で仕留め、シェリー・ミッシェルは圧倒していく——。
アーチェ・レガイロ大佐を先頭に、屋外プールから一番近い地下シェルターに四人は向かう。
通れて大人二人だけの狭い通路の前で、高さ一メートルの鉄柱に青で光るスイッチを、アーチェ・レガイロ大佐は押した。
すると、入口の地面が上にずれ、下り階段が見えた。下りた先がシェルターだ。
満員だった場合、鉄柱のスイッチは赤く光る。シェルターがある場所は、空中ディスプレイか標識を設置し、分かり易くしてある。
「リリア様、入ってっ!」
アーチェ・レガイロ大佐が促す。
「民間人が先です!」
リリア王女は、ドルフィントレーナーの二人を優先した。
「——えっ⁉︎」
リリア王女は、気付くと同時に驚愕した。
通路の先に、ドラキュラが二人いる。
二人のドラキュラは長身で大柄な男だ。一人は私服、もう一人は黒い軍服を纏う軍人だ。
リリア王女は、右手からシールドを出し、左手でスイッチを押して入口を閉めた。
アーチェ・レガイロ大佐も気付き、マシンピストルを向けた。
——が、引き金を引くより先に踏み込まれた。シールドを切断され、マシンピストルを持った右手を斬り飛ばされた。
「ぐはぁっ」
腹に猛烈な蹴りを受け、アーチェ・レガイロ大佐の身体は壁に叩きつけられる。
「——っ‼︎」
吐血し倒れるアーチェ・レガイロ大佐を見て、リリア王女は声も発せず固まってしまった。
その瞬間に、心臓の上に雷撃を受け気絶した。
放ったのは軍服のドラキュラだ。左手を前に向け、にやりと意味深な笑みを浮かべている。
軍服のドラキュラは、倒れたリリア王女を片手で抱えて飛び立つ。
二人は攫って行ってしまった。
しばらくして、全てのドラキュラを倒したと思っているシェリー・ミッシェルが来た。
「っ⁉︎」
「おいっ! どういう事だ⁉︎ リリア様はどうした⁉︎」
右手を拾い、息も絶え絶えのアーチェ・レガイロ大佐に問い質すも、返事がない。
シェリー・ミッシェルは、頭を抱えて左目を見せた。アンティファクトを使い、右手を接合させ、再度問う。
「リリア様は、何処だ?」
「……げほぉっ」
黒い血を吐いた。
胃も破裂したか……。
そう気付き、アンティファクトで治癒を施す。
「リリア様は、何処にいる?」
「はぁっ……。リリア様が、誘拐されました」
「っ何だとっ⁉︎ 貴様っ‼︎」
事態に怒り、シェリー・ミッシェルは慌てて捜索するも、リリア王女は見付からなかった——。
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