第13話 逃惑


 俺は只今、赤いドラゴンからひたすら逃げ回っていた。ってか、は? 誰だよドラゴンを試験会場に放った奴。冒険者になろうとしてる奴に倒せるわけないだろ。


 そもそもドラゴンなんて一匹を解体して売るだけで相当な儲けが出るだろうに、それをせずにこうやって野放しにするっていうのは相当、財政状態が宜しいんだろうな。


「グロォオオオオオオ!!」


「あっつ!」


 そんなことを考えていると、先方からファイヤーブレスを放たれた。その炎は当然のように俺の頭上を通り過ぎ、髪の毛の先端を焦がした。


 ちょっと待って本当に聞いてない。なんでこんな強敵が試験なんかにいるの!?


 ずっと足を動かし続けないといけないから、頭も全然回らないし、火事場の馬鹿力なんてものも発動してくれそうにない。あ、そうだ。


「おい、あの盗賊を倒した時の天底であのレッドドラゴン倒せたりしないか?」


 俺は一縷の望みをかけてルシファーにそう尋ねた。この状況を打破できるのは、コイツしかない。だが、


『無理だろ』


 で、ですよねー。流石に堕天使といえど神とタメ張りそうな格を持ったドラゴンが相手だと厳しいですよねー。


『ただし』


 半ば絶望の最中、ルシファーはこう続けた。


『やりようはある』


「ほ、本当か!?」


『あぁ、何も別にドラゴンを倒す必要はないってことだ。俺が、いや俺たちが死ななければいいんだ。絶望するにはまだ早い』


「そ、そうか。で、どうするんだ?」


『いいか? まずは、大きくて丈夫な木を見つけろ』


「大きくて丈夫な木?」


 俺は足を全速力で動かし続けながら、頭にハテナマークを浮かべて首を振り、ルシファーの言う木を探した。幸いなことに、森の中ということもあって、目的の木を見つけるのにはそこまで時間は掛からなかった。


「お、おい。あれでいいか?」


『あぁ、まあ欲を言えばもうちょっと頑丈そうなものの方がよかったが、まあアレでいいだろう。じゃあ、そこまで全力で走れ。その木の下に着くまでにドラゴンとの距離を少しでも伸ばすんだ』


「わ、分かった」


 俺は迫り来るドラゴンを背中で感じながら、とにかく走り続けた。ルシファーが憑依して身体能力が上がって無かったら、とっくに疲れ果てて食べられていたことだろう。


 ……まあ、憑依されなかったらそもそもこんな場所にすら来ていないだろうが。


「着いたぞ」


『あぁ、じゃあ木の幹に触れろ、そして天在と唱えるんだ。そして、その後すぐに……』


「え、なんだって? テンザイ?」


『おい、バカ何してる! 早く逃げろ!』


「え、は?」


 ガブッ


 ルシファーとのやりとりに全神経を持っていかれて、今が危機的状況だということを完全に忘れてしまっていた俺は、とうとうドラゴンに噛まれてしまった。

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