The World of the Library in the Sky

 そこはまるで、どこかのRPGにありそうな場所だった。


 ———前に“世界”に来てから、二年ほど経ったか?


 いつの間にかそんなに経ってしまっていた。しかし趣味嗜好はほとんど変わらないようで、前に訪れた"世界"は、今も変わらず動いている。最近も、また来ないかという手紙が届いたのだ。


 いやいや、今はそんなことはどうでもよく。


「こりゃあまた、すごいなぁ……」


 思わず呟く。

 目の前には、まるでバベルの塔かのような、大きな城がそびえ立っていた。




 見かけは大きかったが、中は思ったよりはこじんまりとしていた。例えるならば、体育館くらい。見た目の大きさゆえに狭く見えたが、そんなことはなかった。

 どういう仕掛けかは不明だが、天井にはエリアごとに、朝から夜までの空がある。屋内にいるのに、まるで外であった。


 曙、黎明、早朝、白昼、黄昏時、宵。

 それぞれに空気も匂いも違っているが、不思議なことに、それらが違和感なく混じりあっていた。


 そんな空に映るのは、星、雲、陽光。そして、巨大な本棚であった。

 部屋全体を囲むようにして並んでいる。上の方はうっすらと霧がかっているように見えたし、そんな場所に本を置くなとも思った。


「しかしまあ、読書には最適そうな空間だな」


 分厚い一枚板のような机もあれば、いかにもふかふかしていそうなソファも並んでいる。

 入口側の隠されるようにある部屋には、手の汚れないお菓子類や飲み物が並んでいるし、それこそ空によって時間感覚がなくなるので、読むという点だけで言えば快適そうであった。


「ただ、ダメ人間になりそうな空間だ」


『あいつ』がそうなる姿は、容易に想像できる。課題やらなんやらをほっぽり出して、まるで何もかもから逃げたい時のためのような。


「———その通りだよ。僕らの主人は、どうしようもないやつだからね」


「うお」


 物陰から聞こえた声に身構えてしまった。


 ゆっくりと出てきた“住人”は、腰まで届く千草色の髪をなびかせる。つり目の瞳は、まるで春を詰め込んだような色をしていた。服はシンプルな白いワンピースに、編み上げブーツと皮のコルセットを合わせている。


「今回もわかりやすいな」

「うーん。困る反応だね。そりゃあこの場所がある時点でそうなるだろうさ」


 本人がそう言うならそうなのだろう。

 ふむと頷くと、目の前の青年は満足そうに笑う。


「さあさあこっちに来て座ろう。我らが主人について語ろうじゃないか」


 そう言いながら青年は、円を描くように指先を動かす。すると小さくぽんと音を立てた後、机に菓子とティーカップが現れ、宙に現れた急須からは緑茶が注がれた。


「文句を言うつもりはないんだが、ティーカップには紅茶じゃないのか?」


「そりゃあ僕もそう思ってるさ。けど主人の話をするならば、彼女の好きな物で飾った方がいいだろう?」

「……なるほど、一理ある」


 きのこ型の椅子に腰かけ、ローテーブルを囲む。置かれたティーカップと急須には蓮の花が描かれていて、案外合っているように見える。

 菓子は予想通り、チョコのたっぷりと入ったパウンドケーキであった。ずっしりとした見た目で、フォークで切れ目を入れてもしっとりとしている。


「それにしても。この城……図書館は変な場所にできているじゃないか」


 ひとくち食べ、緑茶を飲んだところで私は言った。


「変な場所というのは、天空に浮かんでいることのことかい?」


 ひひ、と笑いながら青年は言う。

 その通りであった。ここは空にあるのだ。来る際に風が強く、ふと下を向いて驚いてしまった。まるでジャックと豆の木のように、巨大な蔓によって橋などが支えられていたのだ。この図書館は浮かんでいたが。


「そうだねぇ。実は僕にも何故かはわからないのさ。しかしそれを聞くのは野暮ってもんだよ、ほら、ってやつじゃないのかい」


「そりゃあそうだ。悪かったよ」

「なんの。気にすることはないさ」


 まるで芝居の様な話し方をするやつだ。こちらも少しつられてしまった。


「そうだ、自己紹介が遅れてしまったね。ここの図書館の司書をやらせてもらっている者だ。名は無いから、適当に呼んでくれたまえ?」


「自己紹介をしてくれたやつは初めてだよ。私はあいつの友人だ。同じく、好きに呼んでくれればいい」


「ふむ。これは確認だが―――君は“来訪者”かい?」


「……厨二くさくてかなわんが。正式にはそう呼ばれているな」


 久しぶりに聞いたその言葉に、頭が痛くなる。何故こんな言葉にしたのかと思ってしまう。もう少しマシな、一般的な言葉で良かっただろうに。それはこの“世界”が存在する上で考えてはいけないことな気もしたが。

 そんな私をちらりと見てから、青年は口を開いた。


「僕や他の“世界”の住人はそう呼ばれない。知っての通り、僕たちは主人の一部であり、ある意味では主人だからね。しかし君は違う。“来訪者”であり、“番人”だろう?」


「よく知っているな。誰かから聞いたのか」


「言っただろう、僕は司書だからね。いち読書好きにとってこういう『物語』の想像はほとんど生きがいのようなものなのさ。この予想が、真実であったと知れて嬉しいよ」


 心底嬉しそうに、青年は言う。


「ただ、少し違うな。私は君たちとそう違わない。あいつとの距離が君たちとは違うだけだ」


 人肌ほどの温度になった緑茶を口に含む。

 青年はというと、予想外だったという風な表情をしていた。しかしすぐに、好奇心旺盛な子どものような顔をする。そしてティーカップを傾け、飲み切った。


「ふむ、謎が増えてしまったな。だがこれも面白い。また今度答え合わせをしてくれるかい?」

「次はいつ会えるか分からないが、約束しよう。それでもいいか」

「もちろんさ。ああ、楽しみだ」


 それは私も同じであった。時にはこういった話も面白いもんだと思った。


「ところで本題だが。あいつの居場所を知らないか?」

「なんだそれが知りたかったのかい。残念だけれど、最近は忙しいのか週に一回会えればいい方でね……。また喫茶店にでも現実逃避をしに行っているんじゃないのかい?」


「はぁ、なんでこうもすれ違いというか、会えないもんかね。だが助かったよ、ありがとう」

「こちらこそ話し相手になってくれて助かったんだ。気にしないでくれたまえ」


 何故か上から目線のその言葉に、思わず笑ってしまう。

 少しでもこんな平和な時間が続けばいい。そう考えた。

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私と“世界” 葉月林檎 @satouringo

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