The Sweet and Bitter World

 そこはまるで絵本のような世界だった。


 じゃり、と靴を鳴らしつつ道を進む。と言っても鳴らしたくて鳴らしているのではない。ここはほぼ砂糖でできているからだ。


 ピンクに黄色、水色のマーブルな空。そこに浮かぶのはもくもくとした綿あめの雲である。綿あめから見え隠れする月はいくつかあって、どれも三日月型をしていた。

 木々はチョコレートに砂糖菓子、地面には虹色のグミが敷き詰めてあり、歩道と車道を分けているのはロープキャンディ。ところどころ石ころのようにアラザンが散らばっている。遠くに見える紫の湖は、どうやら液状のゼリーらしい。


 近くまで寄って湖に指先を付けてみると、何故だか吸い込まれる感覚がした。


(見た目は可愛いが、近寄らない方が良さそうだな)


 予想はしていた。これで甘く可愛いだけの世界であれば、きっと持ち主は別の奴だったろう。あいつは、スリルがないとなんて言う奴なのだ。


 建物はパステルカラーのラムネブロック、屋根や長椅子はビスケットで出来ていた。街灯は飴玉、車はクッキーで、よく見ると排気口からはもうもうと粉砂糖が噴き出している。……どういう原理なのだろうか?


 ともかく、全てがお菓子で出来た街だ。


 辺り一面にはふわりと甘い匂いが漂っていて、誰もが一度は夢に見るような場所。蜂蜜の運河に浮かぶバナナボートへ乗り込み、ようやく目的地へと到着した。


 そこは手紙に書かれている通り、先ほどまでとは空気が違う場所であった。ふわふわ、よりもずっしり。お菓子の“家”というよりかはお菓子の“洋館”である。

 外壁のチョコレートも先ほど見たものより随分と暗い。庭の草花のお菓子も何だか禍々しい。さっき見たような紫の池まであるし、その周りの植え込みはぐにゃぐにゃと曲がっている。


 かなり入りにくい雰囲気を醸し出しているが、招待されている以上入らないわけにもいかないだろう。そう決心し、ドアノッカーに手を掛けたときだった。


「どうぞお入りください。お待ちしておりましたのよ」

「さあさあ。紅茶を淹れておりますわ」


 ギギィっと軋む扉が開かれ、瓜二つの少女が顔をのぞかせる。濡羽色のロブヘアに、アメジストのような丸い瞳。落ち着きのある紺色のワンピースの胸元には、ため息をついてしまうほどに綺麗な、つまみ細工の花のブローチがあった。


「……あ、ありがとう」


 しばらく黙っていた私を不思議そうに見ていた双子だったが、そう答えると満足そうに笑ってくれた。さあ、ともう一度促され、洋館の中へ足を踏み入れる。


 双子の後ろをついて歩いていると、この洋館は外から見たものとは違うということに気が付く。あんなに大きなステンドグラスはなかったし、明るくもなかったのだ。大きな絵画や花、壺の飾られる廊下には埃一つないレッドカーペットが敷いてあり、きっと双子の他に使用人でもいるのだろうと思えた。


「そうだった、わたくしたちのことはこちらのリボンの色で見分けてもらえればと」

「姉さまは赤で私は青ですわ」


 そう言って指さすのは、髪に一緒に編み込んであるリボンだ。見分ける方法があるのはありがたいが、まだ名前も知らないのだ。恐らく活用することはないだろう。ああ、だとかおお、だとか曖昧に返事をしながらそう思ってしまった。


 そうこうしているうちに目の前に一つの大きな扉が現れた。廊下も豪華だったが中にも様々な絵画や調度品が飾られていて、いかにも応接間という感じだ。ただ漫画で見る貴族のようなやり過ぎ感はなく、品のいいお嬢様の部屋、ぐらいの度合いである。


「その、簡単な話だけだったしここまでしてくれなくても良かったんだぞ」


 こんな立派なところに招待されるとは思っていなかったため、カジュアルな服装で来てしまった。少し居心地が悪い。


「本当に久しぶりのお客様ですもの、おもてなしをさせてくださいな」

「姉さまの言う通りですわ。こちらの焼き菓子流行しているものですのよ、どうぞ召し上がって」


(数ヶ月前に訪れた“世界”とは大分違うな)


 良いとも悪いとも区別しがたいものだ。


 横にあった革張りのソファに座ると身が沈んだ。ふぅと息を吐く。

 ささっと出された焼き菓子――フィナンシェだろうか? とすっきりしたジャスミンティーはとても美味しく、思わず笑みがこぼれてしまう。


「ね、美味しいでしょう?」

「ああ、うん。ありがとう。……えっと、本題に入っても大丈夫か?」

「ええもちろん」


 双子もお菓子をそれはそれは上品に食べつつ、しかし食べるスピードがかなり速いが、そう答えてくれた。


「その、君たちの主人のことなんだが」

「ああ! あの全然こちらに帰ってこないご主人さまのことですの?」


 やっぱり。あいつは、可愛く大人しい見た目をしている子は少し口が悪いぐらいがいいんだ、なんて言いそうな奴なんだ。


「じゃあ君たちの方にも来てないのか。困ったな」

「色んな“世界”を持つ方ですもの。仕方ない部分もありますわ」


 頬を膨らませ、双子たちは同時に紅茶を口に含む。


「まったく、あいつはそういう奴だったよ」

「ふふ。そうですわね」


(しかし、次はどこへ行こうか)


 双子たちと笑いながら世間話をしつつ、平和な時間は過ぎてゆく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私と“世界” 葉月林檎 @satouringo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ