第21話 さよなら、夏奈
「るるる! 何かこっちへ向かって来るぞ!」
「えぇ……? 本当だ……あれは何だろう……?」
こくいが指を差す方へと目をこらした。
台風の時に聞こえる、激しい風が吹く時の音が聞こえてきた。
大きな椅子は風を切る様に、もの凄く早いスピードで地面を滑る様にして向かって来た。大きな椅子が通った後、地面の砂が周囲に勢いよく飛び散っているのが見えた。
「「七瀬先生!」」
大きな椅子は突然、急ブレーキをかけた。
──ギィギィィィィイッ!!──
「うおぉぉおおっ!」
──ガァゴッ!!──
こくいは雄叫びを上げて七瀬先生が座っている大きな椅子を全身で受け止めた。
「ふ……ふぅ……止まったぜ……」
「七瀬先生! 大丈夫!?」
「先生! 寝てるのか……? まさか……死んでないよな……!?」
「だ、大丈夫だよ! 身体が動いてるし、ちゃんと呼吸もしてるから! 旧校舎の中で気を失っちゃったのかな? この大きな椅子は夏奈ちゃんのおばけの化け力なのかな」
「あっはっはっはっはっは、左様」
「きゃっ!」
「うわっ!」
突然、大きな椅子が人間の言葉で喋った、しかも凄く渋い声で。
七瀬先生のもたれている背もたれに、人の顔らしきものが徐々に浮かび上がってきた。
「やだっ……」
「か、顔が!? これじゃまるで人面椅子じゃねぇか!?」
大きな椅子に、くっきりと顔が浮かび上がった。
その顔は、なぜだかわからないけど、校長先生みたいにダンディな雰囲気を醸し出していた。
「校長先生の……椅子……?」
「びびび……びっくりしたぜ……。でも……七瀬先生が無事なら良かった!」
「大きな椅子さんが、気を失った七瀬先生をここまで運んできてくれたんだね、どうもありがとう! みんな……大丈夫かな……」
「どういたしまして」
「凄ぇ渋い声だな! 校長先生みたいだ」
「あっはっはっはっは、左様」
「マジかよ……校長先生なのか……」
「昔々、そのまた昔のね」
人面椅子の言葉は、それが最後の言葉だった。
つばさくんと、まひろは、夏奈ちゃんと七瀬先生の事が心配になり、二人の後を追いかける様にして、幻の木の葉小学校へと再び入って行った。
私は足を挫いたせいで、この場所に残る事となった。
この場所で一人で残り、万が一の事があったら危ないからと、こくいはこの場に残ってくれた。
本当はつばさくんと、まひろと一緒に、夏奈ちゃんと七瀬先生の後を追いたかったはず……。
こくい……私の為にごめんね……どうもありがとう。
しばらくしてから、私の視線の先にある旧校舎の正面玄関に人影が見えた。
それは夏奈ちゃんを抱きかかえて歩く、つばさくんの姿だった。
「つばさくん! 夏奈ちゃん!」
「まひろ! あと……あの子が夏奈の言ってた旧校舎に取り残されてた子か!」
まひろが抱きかかえている少女は、眠ってしまっているかの様に動いかなかった。
「つばさくん! まひろ!」
「つばさ! まひろ! 急げ! 早くしねぇと旧校舎が全部崩れちまう!」
私は立ち上がり、挫いた足を引きずる様にして、つばさくん達の元へと向かった。
──ざりっざりっ──
「るるる! 大丈夫か! 無理するなよ!」
こくいはそう言って私に手を貸してくれた。
「大丈夫、どうもありがとう!」
つばさくんと、まひろが旧校舎の正面玄関から出て来た直後、幻の木の葉小学校は倒壊し、瓦礫の山の様になって立ち込める砂埃に埋もれてしまった。
「きゃあっ!」
「す、凄ぇ音だ!」
◆
「夏奈! 戻って来れたよ! 僕たちみんなで帰って来たんだよ!」
「……………………………………………………………………………」
「……………夏奈? …………夏奈? ……か……っ……夏奈……」
……。
そんな……。
嘘だ……。
嘘だよ……。
ありえない……。
夏奈が……。
どうして……。
どうしてだよ……。
夏奈はおばけなんでしょ……。
おばけは死なないんでしょ……。
死なないって言ってよ……。
ねぇ……。
夏奈……。
お願いだから……。
返事してよ……。
お願い……。
夏奈……。
……。
…。
。
「うぅ……ぅぅ……ぅう……うう……ぅう……」
僕は夏奈を力いっぱいに抱きしめた……。
本当は眠っているだけ……そう信じたかった……。
夏奈は小さくて……アイスクリームの様に冷たかった……。
僕の溢れ出る温かな涙が……夏奈の冷たい頬へと伝った……。
◆
僕たちは幻の木の葉小学校から脱出することに成功した。
倒壊寸前の旧校舎の廊下で倒れ込んでいた夏奈と、もう一人、木の葉小学校の旧校舎に取り残された少女も一緒に外へと連れ出した。
夏奈の抱き抱え正面玄関から出たところで、幻の木の葉小学校は倒壊した。
巻き上がる砂埃に埋もれた後、幻の木の葉小学校は跡形もなく消え去ってしまった。
そして……僕の腕の中で……夏奈を抱きかかえる感触が消えた……。
夏奈の姿は……跡形もなく消え去ってしまった……。
春風さんが抱きかかえていたポコタローも……いつの間にか消え去っていた……。
夏奈と手を繋ぎながら倒れていた少女も……まひろの抱きかかえる腕の中から消え去ってしまっていた……。
全ては……まるで……夢の中の出来事の様に思えた……。
◆
その翌日から、僕は普段と変わらない日常の生活を送っていた。
学校では春風さん、こくい、まひろと一緒に過ごす事が多かった。
他のクラスメイトとも、よく喋るようになり、友達もたくさん増えた。
三階の教室の窓から、以前旧校舎があった場所へ目をやる。
風が舞い、ゆったりと新しい季節がやってくるの感じた。
夜が来れば、遥か彼方の星は毎夜幾千も流れ続け、星空はキラキラと輝きを増すだろう。
夏奈と過ごした日々を僕は昨日のことの様に思い出せる。
僕はおばけの夏奈と出会い、色々な出来事を経験する事ができた。
たくさん夏奈におどろかしをされたけど、夏奈と一緒に過ごした日々は本当に楽しくて、心から幸せだと感じていた。
夏奈のおばけの化け力は、ただ人におどろかしをするものじゃなくて、おどろかしをされた人が幸せになるものだった。
僕に初めての大切なおばけの友達ができた。
春風さんは学校で失くしてしまった、大切な宝物を理科室で見つけることができた。
こくいは、まひろと図書室でケンカしてしまったけど、アイスクリームを食べて仲直りすることができた。
まひろは僕と、春風さんと、こくいと親友になった、これから何年も何十年も付き合う事になるだろう。だってホラーでファンタジーに溢れる冒険を一緒に体験したんだから。
七瀬先生は夏奈への長年の想いを伝える事ができた、あの日、七瀬先生は夏奈と凛ちゃん守る為に落下してきた天井の下敷きになって気を失ってしまったそうだ。もちろん七瀬先生は無事で、今もすこぶる健康だ。旧校舎に取り残されていた少女の名前は、後で七瀬先生に教えてもらった。
旧校舎に取り残されていた凛ちゃんは、一人ぼっちじゃなくなった。夏奈とポコタローも一緒なんだから何も心配いらないね。
そして今の僕には、たくさんの友達がいる。
そして、春風さん、こくい、まひろ、三人の親友がいる。
僕の身に起こった数々の不思議な出来事を一つ一つ思い返してみると、全ての出来事は、夏奈がきっかけとなったものだった。
夏奈と繋がりを持ったみんなが、幸せな気持ちになっていた。
夏奈……。
またいつか……。
会えるかな……。
ずっと……ずっと忘れないからね……。
たくさんの素敵な思い出を……ありがとう……大好きだよ……。
幻の木の葉小学校があった場所には、たくさんのひまわりが元気いっぱいに花を咲かせていた。
どこまでも広がる澄み切った青空、遥か彼方できらきらと輝く太陽を見ると、元気いっぱいの夏奈の笑顔を思い出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます