第17話 初恋相手は人体模型?
「良かった、ギリギリなんとか間に合った、間一髪だったね」
僕が倒れ込んでいる踊り場から、廊下を隔てた向かい側の教室の扉が開かれた状態で見えた。教室の中に夏奈と春風さんを抱え込む様にして倒れ込んでいる大人の女性の姿があった。
「二人とも大丈夫? どこか痛い所はない?」
大人の女性は担任の七瀬先生だった。
七瀬先生が息を切らしながら夏奈と春風さんを向かい側の教室の中へと引き入れてくれたんだ。
「七瀬先生、どうもありがとう」
春風さんは痛む足を手で押さえながら、七瀬先生に感謝の気持ちを伝えた。
「七瀬……? 先生……?」
夏奈はじっと七瀬先生の顔を見つめている。
その熱い視線に気付いたのか、七瀬先生も夏奈の顔をじっと見つめている。
お互いに少しずつ顔を近付けて、全身の至る部分を覗き込み合っている様だった。
夏奈と七瀬先生の二人の間に何処か通ずるものがあるんだろうか?
「ここ擦りむいて赤くなってるよ? 痛くない?」
「ふぇ、ほんとだ。これくらい大丈夫だよ♪」
「冷たっ! 体温低いんだねぇ、低血圧?」
「ふぇ? まぁ、普段からこんなもの、かな?」
「そう? 大丈夫なら良いんだけど」
僕達は夏奈と春風さんと七瀬先生が居る、向かい側の教室へと駆け寄った。
「夏奈! 春風さん! 大丈夫?」
「私は大丈夫だよ、夏奈ちゃんと七瀬先生が助けてくれたから」
「夏奈……ポコタローが……弾き飛ばされて……それで……」
「ポコ……」
「僕がポコタローを探してくるよ! きっと中庭にいるはずだから!」
夏奈は俯いて唇を噛み締めていた……。
「ダメ! 今は先に出口を見つける事が先決だよ! 誰かが逸れちゃうともう会えなくなっちゃう……」
「そんな……だってポコタローが!」
「大丈夫だよ、ポコタローの息吹きは感じる、それにポコタローだったら「わての事はええから早よ出口探しやって言うはずだよ?」
「で、でも……」
確かにそうだ、ポコタローならきっとそう言うはずだ。
だけど……こんな時に助ける事ができないなんて……不甲斐ない……僕はなんて無力なんだ……。
「そうだ! 夏奈のおばけの化け力を使ってポコタローをここに呼び寄せれば良いんだよ!」
夏奈は数回首を横に振った。
「どうして!?」
「おばけの化け力を使うと凄く体力を消耗するの、もし次に何かあった時、使えなくなっちゃうでしょ……」
「ポ、ポコタローは友達でしょ!? 友達が死んじゃうかもしれないのにどうして助けないんだよ!?」
「…………」
「僕は間違った事を言ってる!? ねぇ、返事してよ夏奈!!」
夏奈は無言で俯いていた。
「ポコタローは……もう死んでるの……」
「えっ…………」
「だからここに呼ぶ必要はないの……」
「そんな……」
嘘だ……嘘だ嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ……。
「今は感傷に浸ってる場合じゃないよ、このままだと、みんながダメになっちゃう、辛いけど気持ちを切り替えないと」
「…………」
沈黙を破る様に、まひろの声が耳に入ってきた。
「七瀬先生はどうして此処に?」
「どうしてって、クラスの子たちと一緒に六年生の作ったお化け屋敷へ入って、何だか凄く暗いなぁって思いながらゆっくりと歩いてたら、いつの間にかクラスの子たちと逸れちゃって、気が付いたら先生が子どもの時に辛うじて残っていた木の葉小学校の旧校舎の中を歩いてたの。なんだか知らない間に夢の中へ来ちゃったみたいだね? それにしても妙にリアルな夢だなぁ。走ったら疲れるし、お腹も空いてきたし、現実と同じ様に全ての感覚があるんだからね! ん〜不思議な事ってあるもんだねぇ」
七瀬先生はしみじみと語っていた。
「「「夢じゃないよ!」」」
春風さんと、こくいと、まひろの四人が同時に声を荒げた。
「や、やっぱり? そうなの? そうだよね〜……さっきから何度もほっぺた捻ってるんだけど、その度に涙が出そうになるくらい痛かったもん」
「信じられないけど、ここは、今は、現実だよ!」
「早くここから脱出したほうが良いよ!」
「おばけが出るの!」
「お、おばけって、さっきの白い大玉の事?」
「そうだよ!」
「他にも変なのがいるんだよねぇ」
「マジでシャレになんねぇぜ」
「分かった、分かったよ、取り敢えず出口へ向かおう? ところで……出口は何処にあるの……?」
「わからないねぇ……」
「俺も……」
「私も……」
僕は居ても立っても居られなくなり、その場を駆け出してた。
「つばさ!」
「つばさくん!」
「待てよ! つばさ!」
みんなおかしいよ……。
どうして平気でいられるんだ……。
友達が……ポコタローが死んじゃったのに……。
みんな自分の事が一番可愛いんだ……。
自分さえ良ければ……自分さえ助かれば良いと思ってるんだ……。
僕は友達をこんな場所に置き去りにする事なんてできない……。
夏奈は……夏奈は間違ってるよ……。
みんなも……間違ってる……。
僕は間違った事は言ってない……言ってない……言ってない……。
階段を駆け降りる度にギシギシと木製の床が軋む音が鳴る。
「待っててねポコタロー、今向かってるから!」
◆
「先生が必ず京乃くんを連れて帰るから、出口を見つけたらすぐに外へ出るんだよ?」
「七瀬先生……」
「大丈夫、京乃くんと先生の事は心配しないで」
七瀬先生はそう言い残して、走ってつばさの後を追って行った。
「つばさくんと七瀬先生、大丈夫なのかな……」
「七瀬先生は大人だからねぇ、ここは存分に甘えて、任せちゃって大丈夫だと思うよ」
つばさは分からず屋さんなんだから……私は胸中でそう想いながらみんなの前へ一歩躍り出た。
「実はこの場所ね……過去に一度だけ来た事があるの……」
「ほんとに!?」
「ずっとずっと随分と前の事だから……記憶が曖昧なんだけど……」
「出口がどの辺りにあるか分かるの?」
「はっきりとは分からないんだけど、記憶を思い出しながら進むね」
「夏奈、頼んだぜ!」
ポコ……。
ポコタロー……。
お迎えに行ってあげられなくて……。
ごめんね……。
「早く出口を探さなきゃね……」
私はそう言って歩を進めた。
「──ひひひっひひひっ──」
耳元で少女が囁く声が聞こえた。
ここに居るみんなの体がビクッと一度動いたのが見えた、どうやら私だけに聞こえた声じゃないみたいだ。
「──誰も……ぉぅちへ帰れないよ?──」
「やだっ!」
「なにっ! なにっ!?」
「耳元で声がする、気持ちわりぃ!」
さっきのトイレで聞いた時と同じ声……あの女の子の声だ。
「──ひひっひひひっ……誰一人逃がさないから……いひひっいひひぃっ──」
──バリンッバリンッガシャガッシャン!!──
「──みんな道連れにしてやる……みんな道連れにしてやる……みんな道連れにしてやる……──」
突然、廊下に備え付けられている窓ガラスが勢いよく割れて弾け飛び出した。
旧校舎全体がグラグラと地震が発生した時みたいに揺らぎ始める。
「声が消えたと思ったら、今度は地震か!?」
「急がないと……校舎が崩れる……」
「待って!」
「春風さんが動けないみたい」
「ごめんね……飛んできたボールが足に当たって挫いちゃったみたい……」
「大丈夫?」
両手を顔の位置まで上げ、手の甲で両目を隠し、息吹く。
「息吹け! う・ら・め・し・やー!」
周囲に一陣の強い風が吹いた。
「ヴェッハ! ヴゥワッハハハッ!」
木の葉小学校の理科室に置かれている人体模型が姿を表した。
「きゃぁあっ!?」
「理科室の人体模型!?」
「これがお化けの化け力なんだねぇ!?」
「おぉ……おどろかねぇ……おどろかねぇ……もももも……もうなにが起きてもおどろかねぇぞ!」
「こくい、すっごくおどろいてるよねぇ……?」
人体模型が屈んで春風さんに背中を向けている。
「ヴェハ、ハッヴェハッハァ!」
「やだっ……なに……?」
私は人体模型に向かって、ウンウンと何度か相槌をうった。
「るるる、オイラの背中に乗りな! って言ってるよ?」
「ほ、本当に?」
「本当に♪」
人体模型が屈んだまま、両方の手首をクイックイッと動かしている。
「ど……どうもありがとう……人体模型さん……」
るるるは戸惑いながら人体模型背中に手で触れて後、ゆっくりと全体重をを預けた。
人体模型はるるるを軽々とおんぶして、ヒョヒョイっと立ち上がった。
「私、身長が高いから体重が……重たいよね……ごめんなさい……」
「ッチッチッチ」
人体模型は片腕だけでるるるを支え、もう片方の手を自分の唇の前まで持ってきて、人差し指を立てながら左右に小さく振った。
「ヴェッハハ、ヴェハァハハッ」
「小鳥が一羽、乗ってるみたいだ。と申しております」
「えぇ? やだぁ、もぅ……でも……ありがとう」
こころなしか、るるるは頬を染めている様に見えた。
「さぁ、急ごうっ!」
「どこへ向かうの?」
「少しずつだけど……遠い記憶を思い出してきたよ……」
「こうなったら夏奈に着いて行くしかないぜ!」
私は教室を足早に出てから、先頭を切って走り出した。
るるる(人体模型)、こくい、まひろの三人も後に続く。
折れて崩れてしまいそうな階段を駆け下りて一階の廊下へと躍り出る。
「もう少しだよ! みんな頑張って!」
ドス黒い色をした木製の長い廊下を走っている最中、ふいに私は立ち止まった。
るるる(人体模型)、こくい、まひろの三人は走っている最中急ブレーキをする形になり、私を含めて重なるようにぶつかった。
「わわわっ」
「ぁ痛っ!」
「ちょっとこくい、急に立ち止まらないでよ?」
「俺のせいじゃねぇ夏奈が急に止まったからだろ!」
──コ”ツ”コ”ツ”コ”ツ”コ”ツ”コ”ツ”──
「待って……なにか居る!」
「なに!?」
「今度はなんなんだよぉ!」
「あれは……」
私たちの前方から、学校の理科室に置かれているガイコツの標本が、廊下のど真ん中を一人でに歩き、こっち側へと向かって来ていた。
──コ”ツ”コ”ツ”コ”ツ”コ”ツ”コ”ツ”──
どうしようか……このまま無視して素通りできると良いんだけど……。
──コ”ツ”コ”ツ”コ”ツ”コ”ツ”コ”ツ”──
ガイコツの横を通る時に急に襲われるかもしれない……。
──コ”ツ”コ”ツ”コ”ツ”コ”ツ”コ”ツ”──
いっそのこと……骨だから走って勢いに任せて体当たりをすれば何とかなる……。
──コ”ツ”コ”ツ”コ”ツ”コ”ツ”コ”ツ”──
そんな訳ないよね……あれ……? まさか……? あのガイコツが私たちの方へ近付いて来るにつれて、どんどんと大きくなってる気がする……。
「なんかあのガイコツでかくなってねぇか?」
「大きくなってるねぇ」
「やだっ……」
小学校の理科室にガイコツの標本として置かれている通常のサイズから、どんどんと身長が伸び骨太になっていくのが見える。
やがてガイコツの顔は教室の扉くらいの大きさになり、首、肩、腕、手、背、腰、脚の骨も顔の大きさに準じて肥大化していく。
全身が大きくなりすぎたガイコツは二足歩行ではなく、顔を全面に出し四つん這いの状態で全身の至る骨を床や壁や天井へと豪快にぶつかりながら私たちの方へと迫って来ていた。
このまま普通に直進はできない、通路を完全に塞がれてる。
「夏奈ちゃん……」
「出口はこの先なんだろ? なら突っ切るしかねぇじゃねぇか!」
「あっ……」
「こくい!」
そう言ってこくいは一人、全速力で大きなガイコツに向かって駆け出した。
こくいはどんどんとスピードを加速する。
「うぉぉおおっ! ポコタローの仇だぁぁああっ! くらいやがれぇ!」
こくいは大きなガイコツの顔へ向かって大きくジャンプした。勢いに乗せて飛び蹴りを放つ。
──ゴヤッ!──
大きなガイコツはびくともしなかった。
全速力で向かって行った、こくいの体が弾き飛ばされていた。
「いっててててぇ……」
大きなガイコツはガタガタガダガダッと騒音を立てて、ドス黒い色をした木製の廊下へと倒れ込んだこくいへと這い寄り、大きな顔で押し潰そうとしていた。
「うわぁぁああっ!」
──ダ”ァ”ン”ッ”リ”ィ”ル”ソ”ォ”オ”オ”!!──
「くうっ!」
こくいは倒れ込んだまま素早い動作でくるくると全身を回転させ、大きなガイコツの一撃を間一髪の所で避けた。
「やべぇえ!」
ためらっちゃダメ! ここで使うしかない!
「息吹け!う・ら・め・し・やー!」
私の右手首が大きなガイコツへ向かって宙を加速しながら飛んでいく!
その手は肥大化したガイコツの顔と同じくらいの大きさに突如成長した!
手首が通過した箇所にキラキラと光る残像が見える。
──モ”ネ”ェ”ェ”ェ”ェ”エ”エ”エ”ッ”!!──
こくいを狙う大きなガイコツが再度、顔で押し潰そうとしていた。
──ル”ゥ”ド”ォ”ォ”ォ”オ”ァ”ア”ア”ア”ン”!!──
私の右手は大きなガイコツの顔を鷲掴みにし、床から天井へ向かって力強く押し上げた。
──ゴ”ォ”オ”ッ”ホ”ッ”ボ”ッ”!!──
「逃げてぇ!」
「夏奈!」
大きなガイコツは骨の左手でこくいの足を掴んでいた。
「くそっ! 放せ! コンニャロー!」
うぅ……重い……! 私の手が押し返されてる……!
「もぅ、もたない、よぉ!」
「俺の足に触るんじゃねぇ! 骨の手を離しやがれぇー!」
もう限界だ、私の右手とこくいは大きなガイコツに押し潰される!
そう……思った時だった。
──ドガガガガェドガァドガァアンッ!!──
突然、大きなガイコツの後方、出口の方からけたたましい音が鳴り響いた。
「グ”ゥ”ア”ァ”ァ”ァ”ア”ア”ァ”ア”ア”ァ”ア”ッ”!!」
その瞬間、巨大な獣の様な咆哮がどんよりとした湿った空間を切り裂いた、まるで遠雷だ。
咆哮がどんどんと近付いて来る!
「なにっ!? 今度はなんなのさぁっ!?」
「うわぁわぁぁああああああっ!」
大きなガイコツの後方から、巨大な何かが校舎の壁を突き破って来たのが見えた。
それは、床下から天井程の高さまである巨大な人の顔だった!
巨大な人の顔はもの凄く早いスピードで大きなガイコツへ突進するように向かっていく!
「うわわぁぁあああ! 落ちる落ちるっ!」
「京乃くん! 髪にしっかりと掴まって!」
「先生! 頭が天井にぶつかっちゃうよ! 気を付けて!」
「うわ! 危なっ! 大丈夫! しっかりと見てるから!」
巨大な人の顔の上に、つばさと七瀬先生の姿が見える。
「ポコ……タロー……?」
「つばさ!」
「七瀬先生も居るねぇ!」
「図書室で見たのと同じだ……」
巨大な人の顔はドス黒い紫色の唇をブルブルッと振るわせた後、口をガバァッ! と大きく開いた。
まるでお前の全てを飲み込んでやる、そんな意思が感じられた。
巨大な人の顔は一息に大きなガイコツを飲み込もうと突っ込んで来る!
「イ”ィ”タ”ァ”ダ”ァ”ア”キ”ィ”マ”ァ”シ”ュ”ゥ”ウ”!!」
──ガポポポガッポンポポポンポンッ!!──
巨大な人の顔に一息に飲み込まれてしまった大きなガイコツは、跡形もなく、骨一本残さずに消え去っていた。
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