第16話 白い大玉

 夏奈が言葉に詰まっていると、まひろが開口した。


「つまりそれは……あたしたちだけ……狙われた……って事だよねぇ……?」


 笑顔をたやさない元気いっぱいの夏奈の様子が、今日はいつもと違っていた。

 少し俯きながら難しい表情を浮かべ、どこか遠い記憶を辿っているかの様だった。


「夏奈……そうなの……? これは全部夏奈の狙い通りって事……? 夏奈とポコタローのおばけの化け力のせいなの?」

「私の力じゃないよ、もちろんポコタローの力でもない、私とポコタローの化け力を合わせても、こんなにも大きな幻の小学校は作れないよ。私以外に、誰か別に本物のおばけが居るってこと」

「本物の……おばけ……?」

「そのおばけは、信じられないくらいの強大なおばけの化け力を持ってる」


 春風さんが夏奈になにか言いたそうにしている。こくいも、まひろも、春風さんと同じ気持ちで「本物のおばけ」というワードに関することだと僕は感じた取れた。


「本物の……おばけ……?」


 夏奈は一呼吸してから、みんなに打ち明けた。


「私は……本物の……おばけだよ……」


 僕たちの居る教室内になんとなく重苦しい沈黙が流れている……と思ったその時。


「凄い凄い! 本物のおばけなんだ!? おばけってこんなに素敵で可愛いんだね! 私もおばけになりたい!」

「ふぇっ?」


 春風さんは心底感動した様子で夏奈の手を両手で握った。


「わっ! 手が冷たいよ! 冷たい手っておばけの証拠なんだね!」

「ふぇっ……え……えっと……」

「まひろも触ってみて!」

「どれどれ? わーっ! ほんとだ、アイスクリームみたいに手が冷んやりしてる!」

「あのちょっと……!?」

「夏奈ちゃんの手、小さくて冷たいけど温かいよ」

「ほんとだねぇ、冷たいけど温かいねぇ」

「…………」


 夏奈の両手は春風さんとまひろにしっかりと握られていて、照れている様に見えなくもない困惑した表情を浮かべていた。

 夏奈はきっと、みんなに自分の正体が本物のおばけだと知られたら、怖がられて逃げられると思っていたんだと思う。

 星空の様にキラキラと輝く夏奈の瞳から、一雫の涙が頬を伝う。

 春風さんとまひろは夏奈を包み込むようにぎゅっと抱きしめた。


「これでもっともっと温かいね」

「ぁぅ……」

「ぽかぽかするねぇ」


 僕とこくいは無言でお互い顔を見合わせた。


「俺たちもハグしようぜ! ぽかぽかになろうぜ!」

「ええっ!?」

「ほら! 来いよ! つばさ! カモン!」


 こくいがパンッ! と手のひらを一度叩き、両手を大きく広げて一歩近付いて来た。


「ぼ、ぼ、ぼ、僕たちは別にしなくても良いんじゃないかな!?」

「遠慮すんなって! ヘンテコたぬきも来いよ! 男子の友情、男子の絆を強く深めようぜ!」


 ポコタローは露骨に嫌な表情を見せている。


「男子〜? 眠たい事言いなや? わては♂ちゃうで! わては♀やからな! レデェに向かってなんちゅう事言いさらすねん! ほんまいてこますで!」

「はぁ!?」

「えぇ!?」


 ポコタローはプイっとそっぽを向いた。


「ポコタローって♀だったの!?」

「なんや? 文句あるっちゅうんか? 名前のポコタローを勝手に脳内でポコ太郎に変換しとったんとちゃうか? せやろ? 図星やろ? どないや?」

「う……うん……ずっとポコ太郎だと思ってたよ……」

「せやから前から言うてたやろ、わてはイギリス生まれ、大阪育ち、賢そうな奴はだいたい友達、名前は『パール・ポ・コタ・ロー』や! 略してポコタロー! どや、覚えたか? しかと胸に! 心に! あぁっ刻んどぉきぃなぁはぁれえぃ! デデンデンデデン!」


 ポコタローは堂々と胸を張ってどや顔の表情を浮かべていた。


「わ……わかったよ……大阪育ちなんて初めて聞いたけどね……なんだか最後歌舞伎っぽかったし……」

「まぁ、大阪では、たこ焼きポコ太郎って言うもんもおったけどなぁ」

「「やっぱりポコ太郎じゃん!」」

「ちゃうわい! ポ・コタ・ローや! 何べんも言わすな! れっきとしたレデェや!」


 今の今までポコタローが♀だったなんて、全然分からなかった、本当にびっくりしちゃったよ。

 夏奈も教えてくれれば良かったのに。いや、待てよ、レディに対してレディと説明する必要なんてないよね……。


「あのぉ、お取り込み中悪いんだけどさぁ、もう終わったぁ?」


 まひろの声が後ろ側から聞こえてきた。


「どうしたの?」

「わーわー三人で騒いでたからさ、まだかなー? って待ってたんだよねぇ」

「えぇ……いつの間に……ごめん、お待たせ!」


 夏奈はみんなへ向かって話し始めた。


「木の葉小学校で開催されていたお化け屋敷の異変に気付いた私とポコタローはこの場所へ来たの。この旧校舎を歩いているとね、幻の木の葉小学校はおどろかしの為に作られたんじゃない事が感じ取れたの。暗闇……不安……孤独……恐怖……そんな想いをたくさん感じる……。長年の憎悪と怨みの力を紡いだ化け力で作られた旧校舎だよ……」

「怨みの力を紡いで……?」

「怨みの力はね……生きてる人達を傷つけちゃうかもしれないの……」


 ──ォ”ォ”ォ”オ”オ”オ”ォ”オ”ォ”オ”──


「夏奈、急ぎや! もう時間が少ないでぇ!」

「なに! 今の音!?」

「校舎が唸ってる……どこかで見た光景……まさか……デジャブ……?」


 夏奈が顔を歪めて、両手で胸を抑えて息苦しそうにしていた。


「夏奈!? どうしたの!? 大丈夫!?」

「予感……嫌な予感がする……早くこの学校から抜け出さないと!」


 ──メ”ギ”メ”ギ”……バ”リ”ィ”ン”バ”リ”ィ”ン”──


 教室の窓ガラスにひびが入り、ガラスが次々と砕け散っていく。

 慌てながらも全員で教室を駆け出し、廊下へと飛び出た。


「こっちだよ!」


 夏奈の先導で廊下走り切ってから階段を使って下の階へと下りる。


「廊下が、歪んでる! さっきと全然違う廊下みたいだ!」

「みんな! 私に着いて来て!」


 ドス黒く変色した長い廊下を走っていると、前方にある何かの教室の扉が勢いよく廊下へと吹き飛ばされてきた。


 ──ド”ゥ”ガ”ァ”エ”ド”ゥ”ガ”ア”ン”ッ”!──


「ひぃっ!?」

「なんだぁ!?」

「どうしたの!?」


 破壊された教室の扉から、サッカーボール、バスケットボール、フラフープ、平均台、跳び箱、マット等の体育の授業で使う用具が一人でに飛び跳ねて出てきた。

 それはまるで、たくさんの用具が危険な香りを醸し出す奇妙な踊りを踊っているみたいだった。


「す……すっげぇ……」

「やだっ……」

「引き返すよっ!」


 夏奈がそう言い放った後、たくさんの用具たちが標的を見つけた! という風に僕たちの方へ向かって凄い勢いで飛んでくるのが見えた。


「早く! 走って!」


 廊下を走りきり、階段へと続く角へと曲がろうとしたその時だった。


「きゃぁっ!」


 春風さんの悲鳴と共に廊下へと誰かが転んだ様な音が後方から聞こえた。


「伏せてぇっ!」


 夏奈は廊下に倒れ込んだ春風さんを守るようにして、小さい体で覆い被さった。


「夏奈!」

「つばさ! 危ないよ!」


 僕はまひろに強引に引っ張られて角を曲がった所へ尻もちをつく。

 もの凄いスピードを出した空飛ぶ用具たちが、僕のすぐ目の前をヒュンヒュンッと風を切りながら通過していく。


 ──ヴ”ィ”イ”ジ”ェ”ッ”ル”ブ”ゥ”ラ”ァ”ン”!!──


 たくさんの用具たちが突き当たりの壁に、勢い激しく衝突して次々と壊れていく。

 夏奈と春風さんが危ない! 今すぐ助けに行かないと!

 僕は勢いよく廊下へと飛び出した。次の瞬間、ゴールへ向かって鋭いシュートを放たれた様に、空中を加速するサッカーボールが体にぶつかってきた!


「うがぁっ!」


 僕は後ろ側へ数メートル吹っ飛んだ。視界の端に、夏奈が春風さんを支えながらこっち側へ向かって歩く姿が見えた。


「「つばさ!」」


 こくいとまひろの声が重なって聞こえた。

 夏奈と春風さんの後ろから、巨大な白い玉が転がって来ているのが見えた。

 あれは運動会の大玉転がしの時に使う大玉だ。

 徐々に回転を増す白い大玉が、二人に迫り来るのが見える。

 僕は必死に起きあがろうとするけど、体が中々いう事を聞いてくれなかった。


「ぐっ、夏奈と春風さんが!」

「つばさ! こっちだ!」

「僕のことは良いから!」

「いい訳ねぇだろぉお!」


 廊下で動けなくなった僕はこくいとまひろに体を掴まれて、強い力で廊下と隣接する踊り場へと引きずられた。


「僕は大丈夫だから! 先に二人を……!」

「距離が離れてて間に合わないねぇ!」

「つばさも一緒にぶっ飛ばされちまうだろ!」

「あかん! 轢かれてまう!」


 ポコタローが素早い動きで夏奈と春風さんの元へ駆け出した。倒れ込む二人の頭上を高くジャンプして通り越える。ポコタローは走る速度を落とさずに、全速力で夏奈と春風さんに迫り来る白い大玉へ向かって突進していく。


「息吹けぇえー! うらめしやぁあー!!」


 ポコタローのお腹が空気の入った風船の様にどんどん大きく膨らんでいく、次第にポコタローのお腹は白い大玉と同等のサイズになっていた。


「ぶちかましたらぁー! 行ったるでぇー!」


 ──ゴォォオオギャァァアアンンッッ!!──


 宙を飛びながら高速回転し尚も加速を続ける白い大玉に向かって、ポコタローはまるで通せんぼする様な形で真正面から激しくぶつかった。

 白い大玉は気合いの入ったポコタローに押され、一瞬速度を落としたかの様に見えた……けれども……。

 次第に、白い大玉は強引に風を切り裂くように異様な回転音を掻き鳴らし、ぐいぐいと前へ前へ猪突猛進に突き進む。

 今度は逆に、ポコタローが白い大玉に力づくで押し出される形になっていた。


「くうっ! やるやんけ! 舐めたらあかんでぇー!」


 ポコタローは自分を鼓舞しながら白い大玉に力強く何度も頭突きを喰らわした。


 ──ガシュッガシュッガシュッガシュッガシュゥウ!!──


「ぐはぁっ! 夏奈ぁあ! 今の内に逃げるん、や、でぇーっ!」


 風をも切り裂く高速回転する白い大玉がポコタローの額へ当たり続ける。

 険しい表情を浮かべたポコタローは一瞬、夏奈の方へと振り返った。


「もぅ、あかん!!」


 ──ズ”ガ”ガ”ガ”ガ”ガ”カ”ラ”ヴ”ァ”ッ”ヂ”ヨ”ッ”ン”!!──


 強い摩擦音が聞こえ、ポコタローが白い大玉に弾き飛ばされる衝撃音が廊下から旧校舎全体へと響き渡った。


「キュゥゥウウンッ!!」


 ポコタローから溢れ出た鳴き声と共に、木の窓枠ごと校舎の外へと勢いよく放り出され、暗い夜の空へ浮かんだ後、中庭へと沈んでいった。


「ポコタロー!」

「ポコ…………」

「そんな…………」

「くそぉおっ!」


 ポコタローがぶつかった衝撃により、ばらばらに散らばった窓ガラスが月明かりに照らされている。不気味な雰囲気をわざと演出するかの様にキラキラと廊下が怪しく輝いて見えた。

 夏奈に支えられた春風さんは足を引きずりながら、懸命に前へと進んでいた。

 風を切る異様な音が次第に大きく聞こえてきた。白い大玉がすぐそばまで迫って来ている事が理解できた。

 僕のすぐ目の前で……夏奈と春風さんが白い大玉に轢かれると思ったその時……。

 目の前を黒い影の塊の様なものが素早く横切った。

 その直後、白い大玉は高速回転しながら廊下の突き当たりの壁に激しくぶち当たり大破した。


 ──グ”ゥ”パ”ァ”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ン”ッ”!!──


「夏、夏奈……? 春風さん……?」


 ドス黒い色をした長い廊下に、夏奈と春風さんの姿はなかった。

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