第14話 迷い込んだ四人
僕たち四人はお化け屋敷が開催されている六年生の教室へと向かった。
教室の前の廊下には児童たちが長蛇の列を作っていた。僕たちもそれに倣って最後尾に並ぶ。
六年生たちがテキパキとした動きで、受付や入り口周りの列制をしていた。
勿論、六年生たちはみんなおばけの格好している。ちょっぴり怖い。
「見て見てつばさくん! あの背のちっちゃいお姉さんの目、両目の色が違うよ! どうやって目の色を変えてるのかな〜? 髪の毛もサラサラでキラキラに輝いててすっごく可愛い!」
「へっ?」
両目の色が違って髪の毛がサラサラでキラキラに輝いて……?
春風さんに促されて廊下を歩く背のちっちゃいお姉さんが居る方へ視線をやった。
ん〜……どこかで見覚えのある横顔だ……。
「か、夏奈!?」
「かな?」
「あいや! 別に、何でもないよ、あははは、はは……」
夏奈は一瞬だけ僕の方へ振り向き、パチリっとウィンクして見せた。キラキラと輝く小さな光が夏奈の目元を横切った。
「ねぇねぇ! あのお姉さんの目からキラキラとした光が見えたよ! どんなトリックを使ってるのかな〜!?」
「そ、そ、そ、そ、そう!? 一瞬だったから、よく見えなかったな!? あはははは、ははは……」
「あのお姉さんがおばけ役なら、可愛すぎて全然怖くないね!」
「そ、そうだね〜……」
夏奈は涼しい顔をして、すーいすいっと六年一組の教室へと入って行った。
受付をしていた六年生は夏奈が教室の中へ入った事に気付いていないみたいだった。そりゃそうだよね、だって夏奈は歩いても足音は一切しないんだから。
お化け屋敷へ続く長蛇の列は徐々に短くなってきて、とうとう僕たち四人がお化け屋敷の中へと入る順番になった。
開かれた扉から教室の中へと足を踏み入れる。
教室の中は真っ暗だった。校庭のある外側の窓、廊下側の窓も全て大きな黒いカーテンが取り付けられていて、外からの光が教室の中へと入り込まないように工夫されていた。
通路は机や椅子、ダンボール等を繋ぎ合わせて仕切られている。そして、教室のどこからともなくホラー映画に使用されていそうな曲が聞こえてくる。
随分と手の込んだ作りだ、六年生たちの意気込みがひしひしと伝わってきた。
「暗闇に目が慣れるまで、ゆっくり歩いて行こうぜ」
「そうだねぇ、ゆっくり歩こうか」
こくいとまひろが、僕と春風さんの一歩前を歩く。
「きゃぁっ!」
「びっくりしたぁー!」
前方から、僕たち四人より先に教室の中へ入っているグループの悲鳴が聞こえてきた。
「やだっ、この先になにかあるの?」
隣を歩いていた春風さんが僕の腕を掴んできた。
そぉ〜っとそぉ〜っと前へと進んで行く。
──バァンッ!──
「わあっ!」
ダンボールで作られた壁と壁の隙間から、おばけに扮した六年生がおどろかしてきた。
「きゃあっ!」
「うわぁ!」
六年生は無言で、すぅっとダンボールの壁の中へと戻っていく。
「びっくりしたよ〜もぉ〜!」
「あはは、ちょっとびっくりしたねぇ」
「余裕余裕〜」
春風さんはびっくりしてたけど、こくいとまひろは笑っていて、どこか楽しそうだった。
暗闇に目が慣れて、道なりに歩いて行く。
天井から冷たくてヌメっとしたものが竿と糸で吊り下げられていたり、どこからか直接そっと体に触れられたり、おばけに扮する六年生たちは様々な手法でおどろかしをしてきた。
僕たち四人はびっくりしたり、お互いに笑い合ったりしながらお化け屋敷を楽しんでいた。
六年一組を通り過ぎ、六年二組の教室へと進んで行く。
この教室では、やたらと悲鳴や驚きの声がたくさん聞こえてきた。
「なんだか凄い悲鳴だねぇ?」
「おうよ! 全然怖くないから、じゃんじゃんおどろかしてほしいぜ〜」
僕たちは悲鳴の多かったポイントへ着いた。
暗闇の中で青白く光る手首が、教室の床の上を勢いよく縦横無尽に走り回った。まるで蜘蛛のよう動きだ。
──テトテトテトテトテトッ!──
「わぁぁあっ!」
「きゃあっ!」
「すげぇ! ど、どうなってるんだよ!」
「ひっ……」
暗闇の中で青白く光る手首がジャンプして、まひろの頭の上に飛び乗った。
「わあああっ!」
青白く光る手首はまひろの頭の上から、こくいの肩の上へと飛び乗る。
「うぎゃあああっ! 冷てぇ!」
こくいの肩の上からジャンプした青白く光る手首は、次は春風さんの左手に握手するように掴まった。
「きゃぁぁぁあっ! やだっやだーっ!」
その次は、春風さんの手首からジャンプした青白く光る手首は、僕のほっぺたをぎゅっとつまんだ。
「ひぃっ! いでっ! 冷たっ! なんで僕だけぇっ!」
僕のほっぺたからジャンプした青白く光る手首は中を舞い、あっちへ進めと意思表示をするように指を指し示した。
「信じられねぇ、マジですげぇぜ!」
「随分とハイクオリティなお化け屋敷だねぇ」
「やだっ、怖いよ……」
夏奈だ、これは間違いなく夏奈の仕業だ!
こんな超常現象みたいなこと、六年生のお兄さんやお姉さんたちが、いや大人でもできやしないよ!
みんながすっごくおどろくに決まってるよ〜……だってお化け屋敷の中に本物のおばけが混じってるんだから!
僕たち四人は順々に前へと進んで行く。
順調にお化け屋敷を進んでいるようだった、その後のおどろかしをしてくるおばけたちは、それほど怖くはなかった。
やっぱり本物のおばけの夏奈と比べると、おどろかし方が全然違う。僕は歩きながら夏奈のことを感心していた。
ずいぶんと歩いてるような気がするけど、六年二組を抜けて、知らない間に六年三組へと入ってるのかな?
そろそろお化け屋敷の出口かな? 僕はのんきにそう考えていた。
「長いお化け屋敷だねぇ?」
「おばけが全然出てこなくなってねぇか?」
たしかに、随分と長い距離を歩いている気がする。それに……。
──ギィ……ギィ……ギィ……──
僕たちが歩くたびに床が軋む音が鳴っている。
「六年生の教室の床って木でできた床なんだ?」
「えっ? そう言われてみれば……たしかに……」
「ほんとだねぇ、今時木造なんてめずらしいねぇ」
「ここ、なんだかおかしくねぇか?」
「えらく広い通路になったねぇ、それにこの窓の小道具、精巧にできてるねぇ」
まひろが木で作られた窓枠を手で触りながら感心していた。
そういえば、悲鳴やおどろきの声、他のクラスメイトの声すら聞こえなくなっている。
「ねぇ、窓の外を見て」
「まひろ、どうしたの?」
まひろが教室のカーテンを捲っていた。僕たちはまひろが居る窓際へ寄って外の方へ視線をやった。
「な、なんだぁ?」
「夕焼け……?」
「外が夕焼け……? どういうこと……?」
「さっきまで朝だったよな?」
これも夏奈のおばけの化け力なの? なんだか妙な胸騒ぎがしてきた。
──コ”ツ”コ”ツ”コ”ツ”コ”ツ”──
どこからともなく木造の床の上を歩く音が聞こえてくる。
僕たちはお互いに顔を見合わせて、教室の出口へと足早で向かった。
廊下へ出ると、そこは今までに一度も見たことのない木造校舎の中だった。
廊下の窓から校舎内へと差し込む夕日が、寂れた雰囲気をいっそうに強めている。
──コ”ツ”コ”ツ”コ”ツ”コ”ツ”──
だんだんと足音が大きく聞こえてきていた。
近付いて来てる? その足音は次第に……早くなり……やがて走っているようだった……。
「なに? なに?」
「なにかが走って来る!」
──コ”ッ”コ”ッ”コ”ッ”コ”ッ”コ”ッ”!!──
なんの姿も見えない、足音だけが目の前辺りにまで来た瞬間!
──キ”ィンコ”ォンカ”ァンコ”ォン──
──ギィン”ゴォン”ガァン”ゴォン”──
学校の歪んだチャイムが僕たちの居る校舎内へと響き渡った。
「一旦……来た道を戻ろうか〜……」
「うん……そうだね……」
「帰ろうぜ、なんだか気味がわりぃよ」
閉まっていた扉を開けて教室の中へ戻ると、もうそこは僕たちの知っている教室じゃなかった。
木造の教卓、木造の机、木造の椅子、教室の中は古めかしいものばかりで、差し込む夕日が教室内を赤く染めていた。
「はぁ!? どうなってんだよ!」
「やだっ……」
「不思議なことってあるもんだねぇ」
一体どうなってるんだ……?
僕たちは木の葉小学校の、六年生の作ったお化け屋敷の教室の中に居たはずだ……。
これも夏奈の仕業なの? それだったら、少しは安心できるんだけど……。
でも、夏奈に空間をガラリと変えてしまうほどの化け力があるとは思えない……。
さっきも手だけのおばけで、僕たちをおどろかしていたのに……。
まさか、ほんとのお化け屋敷に来ちゃったってこと……?
「なぁ、ここは古い小学校みたいだけど、どうやって元の場所へ帰るんだ?」
「わからないねぇ、とりあえず出口を探してみようか」
この異様な状況、こくいとまひろは大丈夫そうだけど、春風さんは無言で泣きそうな表情をしている。
「春風さん、みんなが居るから大丈夫だよ、一緒に出口を探そ?」
「そうだね……みんなが一緒に居るから大丈夫だよね……」
春風さんはコクリと一度だけ頷いた。
僕たちは教室から再び廊下へと出た。
「あたしたちは元々三階の教室に居たからね、とりあえず階段を降りて、一階へ行ってみようか」
「昇降口へ行って外へ出ようぜ」
四人で校舎内の長い廊下を歩く。
「ねぇ、私たちの他に誰か居る?」
「るるる、どうしたの?」
「なんだか、一人多いような気がして」
「誰も……居ないよ……?」
僕たちは辺りを見回す。
「ずっと……視線を感じるの……」
「視線?」
辺りを見回したけど誰も居なかった。春風さんはホッとして一息吐く。
なにを思ったのか、僕はふと天井を見上げる。ゾッとして体が強張り、開いた口が閉じれなかった。
廊下の天井に……目玉が二つあった……。それは天井にびたりと張り付いていて、時折まばたきをしながら僕たちをじぃっと見下ろしていた。
「つばさ? どうしたの?」
「はわわっ……」
僕は腕を震わしながら人差し指を天井へ向ける、うまい具合に言葉が出てこなくて内心焦っていた。
みんなは首をゆっくりと後ろ側へそらしながら天井を仰いだ。
「……」
「目……」
「今度は一体なにが起きてるんだよ……」
天井に張り付いた目と、僕たちの目がバッチリと合ってしまった。
その目は嬉しそうに、ニィタァァッと下弦の月のように目を細めた。
「「うわあぁあっ!」」
「「きゃあああっ!」」
叫び声を上げながら僕たちは駆け出し、天井に張り付いた目から逃げるように長い廊下を走った。
廊下の突き当たりに階段を見つけ、急いで階段を駆け下りる。
「目はっ!?」
「付いて来てる?」
「わかんない!」
僕たちは手分けして天井や壁を確認し、目が追ってきていないことを確かめた。
「追って来てないみたいだねぇ」
「良かった……」
「これじゃあ、まるで本物のお化け屋敷じゃねぇか」
こくいの言う通り、まさにここは本物のお化け屋敷だった。
木の葉小学校の六年生の教室から、いつの間にか木造校舎の小学校へと足を踏み入れてしまったみたいだ。
「ここは一階だから、一度昇降口まで行ってみる?」
「うん、そうだね」
しばらく廊下を歩いていると、校舎の正面玄関の所のような場所へ着いた。
玄関の扉へと近付きドアに手を掛ける。扉に鍵は付いていないように見えたけど、扉はピクリとも動かず開かなかった。
扉のガラス部分から外の様子を伺う。
体躯の小さな三人の子どもの姿があった。
──ドンドンドンドンドンドンッ!──
「おーい! 聞こえるか!」
「ねぇ、こっちだよー!」
こくいとまひろは扉を叩き、外に居る三人の子ども達へ向かって大きな声を上げた。
「まったく気付いてねぇな」
「うーん、そうみたいだねぇ?」
「なんだか……色褪せて見えるのは俺だけか?」
「そう言われると……あの子達……色褪せて見えるね……」
「おかしくねぇか……人間が色褪せるって……」
まひろが正面玄関の周りをきょろきょろと見回している。
「これで、窓ガラスを割ってみるねぇ」
そう言って、まひろは重たそうな傘立てを両手で持ち上げようとしていた。
「「ええっ!」」
「おい! そんなことして大丈夫か?」
「ここ、普通の学校じゃなさそうだし問題ないと思うよ? ガラスの破片が飛び散るかもしれないから離れててねぇ」
まひろは勢いよく、傘立てを窓ガラスへ向けて振りかざした。
──グチャッ……──
奇妙な音が聞こえた。
「あれっ?」
少し助走をつけて、傘立てをもう一度振りかざした。
──ドチャッ……ピチャッ……──
再び、奇妙な音が僕たちの居る正面玄関へと広がる。
まひろは何も喋らず、その場から動かなかった。
「まひろ……?」
「どうしたの? 大丈夫?」
何かがおかしい……そう思った時、まひろがゆっくりと僕たちの方へと振り返った。
「きゃっ!」
「おい!」
「ま、まひろ!」
まひろの顔には大量の血飛沫が飛び散っていた……。
「割れないねぇ……」
そう一言だけ発したまひろは苦笑いを浮かべている。
「──イタィ……──」
「んっ? なんか言った?」
「──イ”タ”イ”ヨ”ォ”……──」
校舎のどこからか、訴えてくる様な呻き声が聞こえてきた。
まひろの立っている、後ろ側にある窓ガラスから血がドクドクと流れ出ている。
血は窓ガラスを伝い床をも濡らし始め、次第に血のカーペットが敷かれたみたいだった。
──ピ”チ”ョ”ピ”チ”ョ”ビ”ヂ”ョ”──
まるで水たまりを手で触れているような音がする……次の瞬間!
──バ”ン”ッ”バ”ン”ッ”バ”ン”ッ”バ”ッ”バババババッ!!──
窓ガラスや扉を力強く叩く音が鳴り、次々と血の手形が現れた! 血の手形は所狭しと床や天井にまで乱暴に押し当てられている!
血の手形はまひろの周囲を取り囲むように広がり迫ってきていた。
「まひろっ!逃げてぇ!」
「うわぁぁぁあああっ!」
「きゃぁぁぁあああっ!」
僕たちは一目散に廊下へと走り出した。
「まっ、待ってよー! 置いてかないでー!」
「待てる訳ねぇだろっ!」
先ほど走ってきた廊下を引き返すように走り、二階へと続く階段を登った。
手前の教室へと飛び込み、扉を閉めようとした。
血塗れの顔をしたまひろが走って来るのが見えた。僕はまひろの顔にびっくりして扉を慌てて閉めかける。
「うわわわわわっ!」
「閉めないでよー!」
まひろが教室へ飛び込んで来たのを確認し、僕は教室の扉を勢いよく閉めた。扉が開かないようにしばらくの間、両手で押さえ、やがて扉を背にしてもたれこむ。
夏奈はいつまで僕たちをおどろかし続けるつもりなんだろう? 本当にびっくりするから、そろそろ終わりにしてほしいよ……ちょほほ……。
「どうして窓ガラスから血が流れでるの?」
「傘立てをぶつけた時、柔らかい感触がしてたねぇ」
「柔らかい?」
「なんか、お肉にぶつかったような感触」
「やだっ……」
「不思議だねぇ」
「まひろ、顔拭けよ、おっかねぇ……」
春風さんはスカートのポケットからパステルカラーの可愛いらしいハンカチを取り出し、まひろへ手渡した。
「るるる、ありがとねぇ。今度洗ってから返すねぇ」
「だ、大丈夫だよ、そのハンカチ、まひろにあげるよ……」
「そんなの悪いよ、洗って返すねぇ」
「ほ、本当に大丈夫だから! 気にしないでっ!」
「そう〜? それじゃあ、もらっておくねぇ?」
「う、うん……」
まひろは顔に付着していた血飛沫を、春風さんから貰ったハンカチで拭きとっていた。
パステルカラーのハンカチはみるみるうちに鮮血色へと染まっている。
「わー、あたしの顔はこんなに血塗れだったんだねぇ」
春風さんはドン引きしている、そりゃそうだよ、おばけの血に染まったハンカチを洗って返してもらっても、今後は使いずらいと思う……。
「もう我慢できねぇ!」
いつになく真剣な表情をしたこくいが声を上げた。
「どうしたの?」
春風さんが心配そうな表情でこくいへ近付いた。
「トイレに行ってくる!」
僕たち三人はどっとよろけ、春風さんは苦笑い浮かべていた。
「行ってらっしゃい、気をつけてね」
「おうよ」
「一人で大丈夫ー?」
こくいは僕に向かってニカッと白い歯を見せる。
「こくい、僕も一緒に行くよ」
「俺一人でも大丈夫なんだけどな〜、つばさもトイレに行きたいんじゃねぇかって思ってよ」
「僕も一緒に行こうか」
「私とまひろはここに居るから、早く戻ってきてね」
「おうよ」
「変な事が……多くなってきてるから……」
「春風さん、大丈夫だよ。すぐに戻って来るから」
「絶対、戻ってきてね」
「約束するよ」
「うん!」
教室に春風さんとまひろを残し、僕とこくいは冷んやりとした廊下へと出た。トイレが何処にあるか分からないから、まずは探し歩かないといけない。
トイレに我慢できなくなったこくいが、漏らさなかったら良いんだけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます