第9話 仲直りはアイスクリームで♪
「うわあああぁぁぁっ!!」
僕は両目を
ピンク色の舌はビクビクッ! っと驚いたように、ビュルルルルルッ! っと高速で大きく開かれた口の中へと戻る。
春風さんの足にまとわり付いていた、ヌメヌメとした無数の髪の毛も一緒にシュルシュルルルッ! っと巨大な顔の方へと引っ込んでいった。
「はぁはぁ……」
「京乃、やるじゃん!」
座り込んでいた春風さんが立ち上がろうとしていて、僕と冬麻くんは手を差し伸べた。
「つばさくん、冬麻くん、ありがとう」
「へへっ、どういたしまして」
「おうよ」
ふい僕たち三人は違和感を感じた。
その違和感を感じた方へ視線を向けると、巨大な人の顔がわなわなと震えているのが見えた。
次の瞬間、耳をつんざくような、怒気を含んだ絶叫が図書室内へと響き渡る。
「ギ”イ”ィ”ィ”ィ”イ”イ”イ”ヤ”ア”ァ”ァ”ァ”ァ”ア”ア”ア”ァ”ァ”ァ”ア”ア”ア”ァ”ア”ア”ア”ア”ッ”ッ”ッ”ッ”!!!!」
巨大な人の顔の大きく開かれた口の中、まるで闇の奥底で絶叫が木霊しているかのようだった。
僕たちは
「なんだか、やばい感じがするよ……」
「京乃……俺もそんな気がする……。京乃が……思い切り踏んづけたからな……。京乃……やっちまったな……」
「えぇっ!? 冬麻くんが踏めって言ったんじゃん!? しかも三回も僕の名前を強調しないで!?」
声と声が何重にも折り重なった絶叫が唐突に止んだ……次の瞬間!
「ィ”ィ”ゥ”ゥ”ァ”ァ”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ァ”ァ”ィ”ィ”ィ”ィ”ッ”」
血のような赤色の液体が轟音を轟かせ、巨大な人の大きく開かれた口から大量に噴射された。
それはまるで巨大な人の顔の心臓部が爆発し、その衝撃を受けた底なしの大きなダムが決壊したみたいだった。
「ひぃぃっ! 血だぁっ!」
僕たちは瞬く間に血に飲み込まれ、勢いよく後ろ側へとぐんぐん流されてしまった。
「うわぁぁぁぁあ!」
その液体は僕の腰の辺りくらいまで量があり、広い図書室の中は即座にして血の海と化した。
「血だ! 血だよ! 大変だっ!」
「つばさくん! 落ち着いて! これは血じゃないよ!」
「ち! チ? 血だよぉ!」
「京乃落ち着け! 匂いを嗅いでみろ!」
「匂い!?」
僕は鼻をヒクヒクと動かして、クンクンと赤色の液体の匂いを嗅いでみた。
「甘い……? 匂い……?」
「そうだよ、これは私たちがよく行く駄菓子屋の飴ちゃんの匂いだよ!」
「飴……ちゃん……?」
「京乃! 飴だぜ! 大丈夫だ! ほら! 舐めてみろよ!」
冬麻くんは自分の指に付いた血のよう液体をペロっと舐めた。
「なっ? 問題ねぇ!」
「無理無理無理無理無理ぃっ!」
「さすがにそれは私も引いちゃうよ……」
冬麻くんは、ニカっと口角を上げ歯を見せながら笑顔だったけど、春風さんはゾッとした表情を浮かべてドン引きしているみたいだった。
ふいに胸騒ぎがした……どこからか凄く強い視線を感じる……。
僕は視線を感じた方へ目を向けると、そこにはあの巨大な人の顔があった。
濡れている長くて太い髪の毛の間から、片方だけの大きな目がびかっと見開いた状態で僕たちの方をじぃ〜っと凝視していた。
「はわわわわわわっ!」
「つばさくん、どうしたの?」
僕は春風さんと天城くんの後ろ側を震えながら指を差す。
「う、うぅ、うしろ、後ろぉぉおおおお!」
春風さんと冬麻くんがくるりと後ろへと振り返る。
そこには片目を見開いた巨大な顔の眼から、血のような赤色の液体をガバババババババッっと大量に放出しながら僕たちの方へ移動してきていた。
巨大な人の顔はズルズルズルズズッ!っと床を滑るように動きながら、見境なしに大きな本棚をばったんばったんとなぎ倒している。
「うぅう! きっと来るっ! きっと来るぅ!」
「来るじゃなくて、来てるじゃねえかっ!」
「出入口の扉へ行こう! 早く! 二人とも急いで!」
春風さんは先頭を切って両腕を交互に大きく振り、血のような液体を掻き分けて前へ前へと進んで行く。
逃げるが勝ち! 目指すは図書室の出入口だ!
「なかなか、前に、進めない!」
「頑張れ、京乃、もう少しで出口だ!」
「うん!」
「ア”ァ”ァ”ァ”ァ”ア”ア”ア”ァ”ァ”ア”ア”ア”ァ”ア”ア”ア”ァ”ア”ォ”ォ”」
後ろから迫り来る巨大な人の顔が、悲鳴にも似た
来る!
来るっ!
どんどん近付いて来てる!
巨大な人の顔は着実に僕たちとの距離を縮めて来ている!
僕の心は、恐怖という
迫り来る巨大な人の顔と自分との距離を確認しようと思い、その場で立ち止まり後ろを振り返ろうとした。
立ち止まったと同時に、冬麻くんの大きな声が瞬時に耳に入り込んでくる。
「京乃っ振り返るな! 後ろに俺が居るんだぜ! 安心して前へ進むんだ!」
僕は気付いた、立ち止まって後ろを振り返ると前に進むスピードが遅くなってしまう。
僕の後ろには冬麻くんが居る、それだけで、十分安心できるじゃないか。
「わかった!」
僕は振り返らずに返事をする。
「おうよ!」
ありがとう、僕は心の中で冬麻くんにそう呟いた。
「出入口の扉までもう少しだよ!」
僕の前を進む春風さんが出入口の扉に辿り着きそうだった。
「グ”ゥ”ギ”ィ”ュ”ヴ”ア”ァ”ァ”ア”アア”ァ”ァ”ォ”ア”アア”ァ”ア”ア”ア”ァ”ア”」
巨大な人の顔から解き放たれる
「ひぃっ!」
春風さんが出入口の扉へと辿り着き、扉を開けようとする姿が見えた。
「春風さん! 開けて!」
春風さんは後ろを振り返らなかった。
「開けようとしてるんだけど! 扉が開かないの!」
「えぇっ!?」
僕も出入口の扉へと辿り着き、春風さんと一緒に扉を開けようと力強く横に引っ張る。
「開か、ない、よぉ!」
「鍵は? 扉に鍵は掛かってない?」
「さっき確認したんだけど、鍵は掛かってないの!」
「そ、そんなぁ!」
冬麻くんの叫ぶ声が背後から聞こえてきた。
「早く扉を開けてくれぇぇ!」
僕は勢いよく後ろの方へと振り向いた。
巨大な人の顔が、冬麻くんのすぐ背後まで接近しているのが見えた。
「春風さん! 一緒に力を合わせて扉を引くよ!」
「うん!」
「「せーのっ!」」
「くぅぅう!」
「開いて、お願い!」
扉はびくとも動かなかった……。
次の瞬間! 僕の肩にずしりと何かが触れたような重みを感じた! 咄嗟に後ろへと振り返る!
「早く開けてくれよ!」
冬麻くんだった、僕は心臓が口から飛び出そうなくらいおどろいた。
「扉が開かないんだよ!」
「はっ?」
「冬麻くんも手伝って!」
「マジかよ!」
僕たちは三人で力を合わせて図書室の扉を開こうとしたけど、扉はピクリとも動かなかった……。
「あれ? 灯りが消えた? なんだか図書室の中が暗くなったような? 気がする……」
辺りをキョロキョロと見回し、ある事に気が付いた……。
「灯りが消えたんじゃねぇ……」
「もしかして……」
「……」
図書室の灯りが消えたんじゃない……。
巨大な人の顔がすぐ後ろまで来て……。
僕たち三人に覆い被さるようにして大きな影を作っているんだ……。
振り向いた僕は無意識に巨大な顔の方へ半歩前に出て、右腕で春風さんを、左腕で冬麻くんを自分の立っている後ろ側へと追いやった。
「つ、つばさくん……」
「京乃……」
息切れしている。自分の鼓動がドクドクと早鐘をうっているのを感じる。
「グ”ィ”イ”ド”ォ”キ”ョ”ォ”ヴ”ゥ”ヂ”ィ”デ”ェ”ル”ヂ”ャ”ナ”ィ”イ”」
巨大な顔が何か喋ったような気がしたけど、あまりにも怖すぎて僕は一言も理解できなかった。
顔を上げると、目の前にある巨大な顔がズズッズズッっと近付いて来た。
「きゃぁぁあああっ!」
「うわぁぁあああっ!」
僕の鼻と巨大な顔の鼻が触れそうなくらいの至近距離だ!
巨大な顔は大きく開けた口で僕たちを飲み込もうとした……!
…………もうだめだ!!
そう思った瞬間、ガラガラガラッっと扉が開く音がした。
「きゃあ!」
「うわぉ!」
「わひぃ!」
僕たち三人は開かれた図書室の扉から、派手な音を立てて廊下へと背中から転がり倒れた。
仰向けの状態になったまま目を開くと、誰かが僕たちを見下ろしている。
あれ……どこかで見たことのある顔だ……。
「まひろ……?」
僕たち三人を不思議そうな顔で見下ろしていたのは、クラスメイトの秋川さんだった。
「なにしてるの?」
あれ……?
巨大な人の顔は……?
血の海は……?
服も濡れていない……?
一体どうなってるんだ……?
冬麻くんが立ち上がり図書室の中を少し覗き込んだ後、秋川さんの前に立った。
「まひろが……図書室の扉を開けてくれたのか……?」
「そうだけど? 昼休みに本を借りてなかったから、もう一度ここへ来たんだけどねぇ」
「まひろのおかげで……助かったぜ」
「んー?」
「ありがとな」
「どうしたの急に? 変なこと言うねぇ?」
「まひろ……さっきは……ごめん」
「……」
「俺たち……友達だよな?」
「……」
僕と春風さんは、冬麻くんと秋川さんの会話を固唾を呑んで見守っていた。
冬麻くんの問いかけに秋川さんは返事をしなかった。
やっぱりまだ……秋川さんは怒ってるんだ……そう思った時だった。
「そうだねぇ……」
秋川さんは微笑みながら冬麻くんに答えた。
「アイスクリーム」
「ぁん?」
「アイスクリームが食べたいねぇ?」
「……」
「こくい、あたしはアイスクリームが食べたいよ?」
「わ、わかったよ、奢ればいいんだろ奢れば」
「あはは」
冬麻くんは、はにかみながらもどこか嬉しそうに見えた。
「冬麻くん、私もアイスクリームが食べたいな?」
「はっ?」
春風さんが僕に向かってウィンクしてきた。つばさ、空気を読んで、きっとそんな感じの合図なんだろうと感じた。
「冬麻くん、僕もアイスクリームが食べたいなぁ! なんちって……」
「おまえらな〜! ……ったくもう。あのさ、二人とも別に俺の事を苗字で呼ばなくても、名前だけでもいいんだぜ?」
僕と春風さんはお互いに顔を見合わせて笑顔になった。
「それじゃあ……こくい、よろしくね♪」
「よ、よろしく、ごぐい……」
「ごぐいってなんだよ? まぁ、別に良いけどよ、よろしくな」
「あぁ〜ずるい! 三人だけで仲良くなっちゃって、あたしもまぜてほしいよねぇ?」
秋川さんが、僕たちの前に歩み寄った。
「もちろんだよ! え〜と……秋」
秋川さんが春風さんの言葉を遮った。
「まひろ、まひろでいいよ」
「うん! まひろ、よろしくね♪ 私の事は、るるるって呼んで♪」
「ぼ……僕はつばさ……よろしく……」
「るるる、つばさ、よろしくねぇ」
ふいに春風さんが視線を外し、廊下の窓の外を見上げる。
「雨、止んだね」
「そうなんだ?」
「本当だねぇ」
「ついてるな〜雨に濡れず家に帰れる」
僕たちは図書室の前の廊下から、窓の外を眺めていた。
窓から運動場を覗くと先ほどまで降っていた雨のせいで地面が濡れているのが見える。
「みんなで一緒に帰ろっか」
春風さんがそう言って図書室を背にして歩き始める。
僕はふと夏奈のことを思い出して、廊下から図書室の方へと振り返った。
さっきの出来事がなにもなかったかのように、図書室は静寂に包まれて、すやすやと眠っているかのようだった。
「つばさ? どうしたの?」
「ううん、なんでもない。行こう」
僕は、春風さん、こくい、まひろの三人の後ろ姿を追うように歩き始める。
◆
「ふふっ。ポコタローとおばけの化け力を合わせて、ちょ〜っとやりすぎちゃったかなぁ?」
「かまへんかまへん、一ヶ月もせんうちに今日の出来事なんて忘れてまうやろ」
「忘れちゃうのかな……」
「そんなもんや」
「そっか……。それにしても、ポコタローにあれ程の化け力があったとは思わなかったよ?」
「がははっ! せやろ? わての力を思い知らせることができたやろ?」
「そういえばポコタローって妖精なのに、どうしておばけの化け力が使えるの?」
「それは、その、あれや、ひ、秘密や! がっはははははっ!」
「秘密〜? なにそれ! まぁでも、ポコタローって見かけによらず凄いんだねっ♪」
「そない褒めんでもって、んん? 見かけによらず?」
「ふぇっ? いやいや、なんでもないよ!」
「夏奈〜? どういうこっちゃ?」
「だからなんでもないってばぁ! ポコタローの聞き間違いじゃないの〜?」
「ほんまか〜?」
「ほんまほんま♪」
「なんで関西弁やねん!」
「ふふっ。ポコタローの口癖が移っちゃったみたいっ♪」
「まぁ、ええわ。久々に化け力つこぉたから、眠たぁてしゃあないわ。わてはそろそろ帰るでぇ」
「もう帰っちゃうの?」
「イギリスに帰るわ、ほなさいなら!」
「あっ……行っちゃったぁ……」
広い図書室の中で、夏奈は一人きりになった。
図書室の窓際に立ち、つばさ達が学校から帰って行く後ろ姿を見つめる。
「みんな……楽しそう……」
まるで夏奈の声が聞こえたかのように、つばさが後ろを振り返り夏奈の居る図書室を見上げていた。
つばさは夏奈の存在に気付いたのか、気付いていないのかは分からない。
けれども、つばさは夏奈の居る図書室へ向かって二、三度手を振ったあと、背を向けて走って行ってしまった。
「ふふっ」
どこか寂しげな雰囲気が感じられる図書室に、一人きりの少女の笑い声が小さく響いた。
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