第7話 羽ばたく本、そして……

 お昼休みが終わる五分前に自分のクラスへ戻ると、教室内がやけに騒がしかった。


「こくい、どうしたの? 泥だらけじゃん、大丈夫なの?」

「うるせぇ、関係ねぇだろ」


 冬麻くんの服にはたくさんの泥が跳ね付いたように、雨に濡れ汚れていた。


「転んだんだねぇ? 膝を擦りむいてるよ?」

「まひろ、俺が雨で滑って転んだって事をからかいてぇのか?」

「どうしてそうなるの? あたしはこくいの事が心配なだけだよねぇ?」

「へっ! まひろに心配してもらう筋合いはねぇよ!」


 二人のやりとりの様子を見ていた周りの児童たちが、心配そうに状況を見守っている。

 冬麻くん……秋川さん……大丈夫かな……二人とも仲直りしてほしいな……。


「こくい、あたしたち……友達じゃん?」

「友達……? 俺の事を全然信用しないやつなんて、もう友達でもなんでもねぇよ!」


 秋川さんは驚いた表情で、冬麻くんの顔をじっと見つめていた。


「こくい……」


 5時限目の授業開始のチャイムが鳴る前に、担任の先生が教室に入ってきた。

 それに気付いた春風さんが先生の元へと、あわてて駆け寄り声を掛ける。


「先生、冬麻くんが転んで膝を擦りむいてて、ケガをしてるから保健室へ連れて行きます」


 先生が冬麻くんへ視線をやった。


「冬麻くん、大丈夫? 服も濡れてるじゃない?」

「なんともねぇって」


 先生に対してぶっきらぼうに答える冬麻くんの元へと、春風さんが心配そうな表情で歩み寄る。


「冬麻くん、保健室へ行こ?」

「なんでだよ、なんともねぇって言ってるだろ?」

「服が濡れたままだと風邪引いちゃうからね? 私と一緒に保健室へ行こ、ねっ?」


 春風さんは優しく言葉をかけて、冬麻くんの顔を微笑みながら見つめていた。


「わぁ、わかったよ。行けばいいんだろ、行けば」


 冬麻くんはばつの悪そうな表情で春風さんから目線を逸らし、そっぽを向きながら席を立ち上がった。その際に冬麻くんは一瞬、膝を擦りむいた痛みで顔をしかめた。

 春風さんはその一瞬の冬麻くんの表情を見逃さなかった。


「つばさくん、一緒に来て肩を貸してくれないかな? 私一人じゃ保健室までは無理だと思うから、手伝ってくれないかな?」


 まさかの春風さんのご指名で、僕はバチッと静電気に触れたように体が動いた。


「へっ? う、うん。僕も一緒に行くよ」

「つばさくん、どうもありがとう」


 授業開始のチャイムが鳴ったけど、先生から許可を得て冬麻くんを保健室まで連れて行くこととなった。

 冬麻くんは膝が痛むのか少し足を引きずるような歩き方をしていた。

 教室から廊下へと三人で退出し、僕と春風さんは天城くんに肩を貸すようにして、冬麻くんのペースに合わせてゆっくりと歩き出した。


「冬麻くん、膝は大丈夫?」

「別に……どうってことねぇよ……」

「それなら良かった。秋川さんと……なにかあったのかな?」

「別に……」

「少し言い合いみたいになってたから」

「別にどうでもいいだろ、もう友達じゃねぇし」


 春風さんは急にピタリとその場に立ち止まった。僕も春風さんと一緒に冬麻くんへ肩を貸している為、必然的に僕と冬麻くんもその場に立ち止まる。


「そんなこと言うのはよくないよ……冬麻くんと秋川さんは凄く仲が良かったじゃない?」

「へっ! あんなやつ絶交だ絶交!」


 春風さんはすごく悲しそうな表情で冬麻くんを見つめていた。

 春風さんの澄んだ瞳がうるうると潤んでいる。


「私たちクラスのみんなは……お友達だと思うの」

「クラスのみんなはお友達?」

「うん、クラスのみんな一人一人とお話する機会は中々ないけれど、みんなで一緒に授業を受けてテストに挑んだり、ワクワクしながら理科の実験をしたり、音楽の時間に楽しく歌を歌ったり、休み時間に面白いお話をしたり、一緒に遊んで思い出を作ったりしてね。一年間という長いようで短い時間をクラスのみんなで一緒に過ごすから、私はクラスのみんなのことをお友達だと思ってるの。もちろんお話をした事がない子もいるけれど……。この間はね、初めてつばさくんとお話したんだよ! 私たち、たったの一日で仲良しになっちゃったんだよ! ねっ?」

「うん、そうだね?」

「だから……冬麻くんと秋川さんも元の通り仲良しに戻ってほしいな」


 しばらく黙って春風さんの話しを聞いていた冬麻くんが口を開いた。


「春風と京乃は仲が良かったんだな、全然知らなかったぜ」


 春風さんは笑顔で冬麻くんに視線を向ける。


「そうだよ、私とつばさくんは仲良しなんだよ」


 僕と春風さんは仲良しなんだ……? そうだったのか……それは僕も全然知らなかった……友達ってこういう感覚なんだな……なんだか嬉しくて急に胸が……ドキドキしてきた……。


「冬麻くんは、これから私とつばさくんとも仲良しになってくれるよね?」

「俺が……春風と京乃と?」

「仲良しになれないかな……?」

「……いゃ、なれると思う」

「そうだよね、ありがとう!」

「……あぁ」


 冬麻くんはどこかもどかしそうな表情を浮かべて、何か言いたそうにしていた。

 僕と春風さんと冬麻くんの三人は、再び長い廊下をゆっくりと歩き出し保健室を目指した。


「春風と京乃に……変な事っつうか……少し変わった事……聞いてもいいか……?」


 冬麻くんは声のトーンを少し落としながら言った。


「どうしたの?」

「うん?」

「変なものって……見たことあるか?」

「変なものって? 例えば、どんなもの?」

「その……なんだ……おばけ……とか……さ」

「おばけ!?」


 僕と春風さんは、冬麻くんの口からは出てきそうにない「おばけ」というキーワードを聞いて驚きながらお互いに顔を見合わせる。


「私は……この間……理科室で……ううん、なんでもない! つばさくんは見た事ある?」

「えぇ! 僕は……その……」


 春風さんはこの間の理科室での出来事をどう思ってるんだろう……?

 おばけを見たなんて、安易に言えることじゃないのはなんとなくわかる……。

 だって普通は見えないものだからね……冬麻くんに証明も簡単にできるようなものじゃない……。これは……空気を読めってことなの春風さん……?

 見たことあるっていうか……そもそも友達の一人がおばけだし! ……なんて言える訳ないよね……。冬麻くんと春風さんをおどろかしちゃうことになるだろうし、大体おばけが友達だなんて、そんな事を信じられる訳がないよね……ちょほほ……。


「俺さ……図書室で見たんだよ……」


 僕が必死に思考を巡らしていると、冬麻くんは俯きながら暗い表情でボソリと言った。


「図書室で見たって……その……おばけ……ってこと?」

「あぁ……たぬきのおばけを見たんだ……」


 たぬき!? 間違いなくポコタローのことだ! ポコタローが図書室で姿を見られた相手って、冬麻くんの事だったんだ!


「ははっ……信じれる訳ねぇよな……図書室でたぬきのおばけを見たなんてよ……俺……どうかしてるよな……」


 僕はどう答えようかと迷いあぐねていたら、隣から春風さんの声が聞こえてきた。


「私、信じるよ! 冬麻くんが言うんだから本当のことなんだと思う!」

「春風……」


 僕は春風さんの淀みない真っ直ぐな言葉に背中を押された気持ちになった。


「僕も信じるよ、冬麻くんが図書室でおばけを見たって事」

「京乃……」


 そりゃそうだよ……僕は天城くんの言っているおばけの正体を知っているんだから……。


「二人とも、俺の言うことを信じてくれてありがとな。そう言ってもらえただけでモヤモヤしてた気持ちが、なんだかすっとしたぜ」


 春風さんがにこりと目を細めて、冬麻くんと僕に視線を合わせた。


「決めた!」


 唐突に冬麻くんは立ち止まり声を張り上げた。


「今日の放課後、図書室へ行って確かめてくる!」

「確かめるって、たぬきのおばけが居るかどうかって事?」

「おう!」

「えぇっ! やめておいた方が良いんじゃない?」

「なんでだよ?」

「だってだって……おばけなんだよ……? 怖い……でしょ……?」

「おばけなんて、怖くもなんともねぇよ。春風と京乃も一緒に行くか?」

「「えぇ〜っ!?」」


 静かな廊下へと響き渡る、僕と春風さんの重なる驚きの声。


「俺が嘘を吐いていない事を証明したいってぇのもある」

「だ、大丈夫だよ! 僕と春風さんは冬麻くんは、決して嘘を吐いてないって信じてるからさ?」

「あぁ……分かってる……だけどやっぱり……俺自身がもう一度……しっかりとこの目で確かめたいんだよ」

「つばさくん、放課後に冬麻くんと一緒に図書室へ確かめに行こう」

「えぇ……本当に?」

「本当に」


 春風さんはキリッとした表情で僕の目を見つめてきた。春風さんは、冬麻くんが一人でおばけがの存在を確かめに行こうとしている事が心配なんだと僕に伝わってきた。そんな表情を見せられたら、断るなんて事はできないよ。春風さんは僕の大切な友達なんだから。


「わかった、僕も一緒に行くよ」

「決まりね!」


 冬麻くんを保健室へ連れて行くと、保健室の先生がケガの手当をしてくれるとの事だった。大したケガじゃないから、先に教室へ戻って授業を受けなさいと促され、僕と春風さん保健室を後にした。


「つばさくん、ごめんね……」

「どうしたの?」

「おばけの存在を確かめに行こうなんて、無理やり付き合わせるような形になっちゃって。知ってると思うけど……私……凄く怖がりなの……」

「だったら……どうして……?」

「冬麻くん、秋川さんと言い合いになっちゃって、落ち込んでるんじゃないかなって思ったの。なんだか放っておけなくて、冬麻くんを一人にしちゃだめって思ったの。自分が落ち込んでる時に、お友達がそばに一緒に居てくれるだけでも嬉しいものでしょ?」


 春風さんの言うことは、僕には痛いほど理解することできた。

 僕は友達が居なかった期間が長かったから……ずっと一人ぼっちだったから……困っている時や落ち込んでいる時……ただひたすらに胸がつまるように心が苦しくなるだけだった……。

 自分が困っている時や落ち込んでいる時に友達がそばに居てくれたら……それだけで寂しさや不安な気持ちがやわらいで、胸がつまるような感覚は消えてしまうだろう。

 嵐のように吹き荒れる気持ちが落ち着いて、どこまでも晴れ渡る空のように心がぽかぽかと暖かくなって、きっと穏やかな気持ちになるにちがいない。


「そうだね、友達が落ち込んでる姿なんて、見たくないからね」

「私とつばさんくんは、天城くんのお友達だもんね?」

「うん!」

「つばさくん、悪いんだけど先に一人で教室へ戻っててくれるかな? 私、お手洗いに行きたくなっちゃって……」


 春風さんは少し恥ずかしそうな表情で小さな声でそう言った。


「わかった、それじゃあ先に教室へ戻ってるね」


 僕は階段に連なる踊り場で春風さんと別れた。

 保健室のある一階から、自分のクラスがある三階までの階段を上りきった直後、冷たい空気を首筋に感じて、唐突に背後から声を掛けられた。


「ふふっ。面白いことになってきたじゃない?」

「夏奈!」


 振り返るとすぐ後ろに夏奈がイタズラっぽい笑みを浮かべて立っていた。

 口元には夏奈のチャームポイントの一つ、真っ白な八重歯はチラリと見える。


「今日の今日におどろかしができるなんて、ツイテル憑いてるツインテール♪」

「まさか、さっきの話しを聞いてたの?」

「ぬ、盗み聞きした訳じゃないからねっ! 廊下を散歩してたら偶然つばさの話し声が聞こえてきたの!」

「ほんとに偶然?」

「ほ、ほんとだってばぁ! コ、コホンッ。それよりつばさ、放課後にポコタローと図書室で待ってるからねっ♪」

「放課後に図書室でポコタローと待ってる? ちょ、ちょっと待ってよ! 夏奈、まさか図書室でおどろかしをするつもりじゃないよね!?」

「ふふっ、楽しみ楽しみっ♪」


 夏奈の返事はその一言だけだった。

 僕が先程上がってきた階段を、夏奈はキラキラと星のように輝く長い髪を揺らしながら足音を立てずに降りて行く。

 僕が佇むこの場所から耳に聞こえてくる音は、どんよりと灰色の空から相も変わらず降りしきる雨の音だけだった。


「夏奈……放課後の図書室で一体なにを企んでいるんだ……」


 ◆


 放課後、僕と春風さんと冬麻くんはクラスメイトのみんなが教室を出て行くのを見送った。僕たちの三人以外で最後のクラスの教室を出たのは、秋川さんだった。

 秋川さんは教室を出る際に、冬麻くんの事を気にかけるような素振りだった。

 お昼休みに二人が言い合っている所を目撃した僕と春風さんが教室に残っていたから、秋川さんは冬麻くんに声を掛け辛かったのかもしれない。

 教室を背にする秋川さんの後ろ姿は、どこかしら少し寂しそうに僕の目に映った。

 秋川さん……ごめんね……。僕は心の中でそう呟いた……。


 僕たち三人は放課後特有の静けさに包まれたクラスの教室を出た。

 向かい側の別棟校舎にある図書室の前まで辿り着き、お互いに顔を見合わせる。

 図書室の扉を開けて中へと足を踏み入れる。

 天城くんが先頭に立って図書室の中をゆっくりと歩き出した。広い図書室には大きな本棚がずらりと立ち並び、本棚に置かれた本は自分の役目が訪れるまで静かに眠っているみたいに思えた。

 図書室には案の定、僕たちの三人意外に誰も居なかった。

 放課後にわざわざ図書室まで来て、本を借りようとする児童は非常に少ない。


「この辺りで、おばけのたぬきを見たんだけどな」

「何も居ないね」


 ──バサッ、バササッ、バサバサッ!──


 冬麻くんがきょろきょろと周囲を確認していると、図書室内のどこからか奇怪な音が聞こえてきた。

 

「やだっ、なんの音?」

「わからねぇ、見に行ってみようぜ」

「なんかさ、だんだんと音が激しくなっていってるような……」


 ──バサッ! バササッ! バサササッ! バサバサッ! バサバサバサッ!──


 僕と春風さんと冬麻くんの三人は奇怪な音が聞こえてくる方へゆっくりと近付いて行った。

 目の前にある大きな本棚で身を隠しながら、本棚をまるで盾にするかのようにして、奇怪な音が聞こえてきた方をそぉ〜っと覗き込んだ。


 とっても……とぉ〜っても不思議な光景を目の当たりにした!

 周囲に誰も居ない大きな本棚から、次々に本が床へ向かって落下している。

 本たちは自分の意思を持っているかのようで、これまた不思議と一人でに本棚からぴょんぴょんっと飛び降りていく。

 それはまるで、親鳥から雄大な空の飛び方を教わっている、ひな鳥の羽ばたく姿を彷彿ほうふつさせた。


 ──バサッ! バサバサッ! バササササッ! バッサッ!──


「なんだよこれ……?」

「本が羽ばたいている……?」

「飛ぼうとしてるのかな……?」


 僕たち三人は驚きながらお互いに顔を見合わせる。

 次の瞬間、図書室のどこからか、この状況とは別の大きな音が聞こえてきた。


 ──バァアンッッ!! ファッサ! ファッサ! ファッサ! ファッサ! ファッサァッ!──


 身体全体がビクッと反射的に動くほどの大きな音だった……なんだか嫌な予感がする……。


「まさか……すげぇ大きな本が、向こう側で羽ばたいてるって事はないよな……?」

「僕も同じことを想像した……」

「私も……」


 雨音が先ほどよりも、いっそう強く聞こえてくる。

 ゴクリと息のを飲み込んで、お互いにアイコンタクトを取りながら一斉に後ろを振り返った。

 振り返ると、図書室の窓が全開に開け放たれていた。

 天井の辺りから吊り下げられた大きなカーテンが突風に煽られ、激しい波のうねりのように揺れ動いている。


「なんだよカーテンかよ! おどろかしやがって!」

「図書室に雨が入ってきちゃうよ!」

「あわわぁ〜っ! 本がぁ、本が雨で濡れちゃう!」


 僕たち三人は慌てながら開け放たれた窓を急いで、ピシャリと閉めた。

 外からの風が遮断され、荒波のように揺れ動いていた大きなカーテンが必然的に動きを止める。

 窓の外から入ってきた雨が図書室の床を濡らしているのが見える。


「良かったぁ、この辺りに置かれてる本は濡れてないみたい」

「京乃ってっとに本が好きなんだな」

「本だけにほんってこと?」

「んぁ?」

「えぇ?」

「あっ……? ぁぁぁあああああっ! 居る居る! 居るじゃん! たぬきぃっ!」


 突然、冬麻くんがボリュームを間違えてセットしてしまった拡声器のように興奮した声を張り上げる。

 冬麻くんが力強く指を差した方へ視線を向けるとそこには、たぬき? と思われる、モッフモフの尻尾だけが大きな本棚の向こう側から、ちょこんと顔を覗かせるように見えていた。

 モッフモフとした尻尾は、ゆらりゆらりと左右に心地良さそうに動いている。


「捕まえるっ!」


 冬麻くんはそう言い放ち尻尾を目掛けて走り出した。

 僕と春風さんも後を追うように走り出す。上履きの底面が雨に濡れたせいか、一歩踏み出すたびにキュッキュッっと図書室の床と上履きが擦れる音が鳴る。


「捕まえたっ! 逃がさねぇぞ!」


 冬麻くんが屈んだ状態でモッフモフの尻尾を両手で握っているのが見えた。本当に尻尾を捕まえちゃってる!


「あれ? 変だな?」

「どうしたの?」

「尻尾を捕まえたけど、このたぬき、逃げる気配もしないぜ?」


 言われてみるとたしかに変だ。普通の動物なら、いきなり背後から尻尾を鷲掴みにされると、ビックリして動き回ったりするはずだから。

 この尻尾は微動だにしない。このモッフモフの尻尾ってポコタローの尻尾だよね……? 

 ……ポコタローじゃないなんて事はないよね……? えっ……違う……? まさか……そんなこと……ある訳ないよね……?

 冬麻くんは少しずつ険しい表情になり、眉間にはしわが寄っている。


「くっ! まじかよ! 引っ張られてる!」

「えっ?」

「この尻尾! 力が、強い! 体ごと、持っていかれそうだ!」


 次の瞬間、屈んでいた冬麻くんは尻尾の強引な力で引っ張られ、勢いよく前のめりに図書室の床へと倒れ込んだ。

 冬麻くんは、僕と春風さんの立ち位置からは見えない、大きな本棚の向こう側へと引きずり込まれようとしている。


「冬麻くん!」

「待って!」


 僕と春風さんは咄嗟に冬麻くんの体にしがみついた! 二人で力いっぱいに引っ張って抵抗したけど、僕と春風さんも尻尾の強い力に引っ張られてしまい、先ほどの位置からは見えなかった本棚の向こう側へと引きずり込まれてしまった。

 僕たち三人はズルズルズル! っと尻尾に引きずられ、勢いよく壁のようなものに頭や体をぶつけた。それは弾力があり柔らかかった為、ぶつかった際の痛みは全然なかった。

 一体なにが起きたんだろうか? 僕は状況が理解できないまま顔を上げて、辺りを確認した。

 隣には凄くおどろいた表情をしている春風さんと冬麻くんが見えた。二人はまるで茫然自失しているかのようだ。

 なにか声を掛けようと思ったけど、僕は二人の視線の先へと目をやった。

 僕は突然、瞬きをすること、開いた口を閉じること、息をすることを忘れてしまった。

 いや、全部ひっくるめてできなかったと言った方が正しい気がする。だってそこには……現実ではありえないもの目の当たりにしたんだから……。


 僕たち三人が、大きな本棚の向こう側へと強引に引っ張られた先に見たものは……。

 

 

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